第19話 sideアイナ-たぬき伯爵との邂逅

私の名はアイナ。アイナ・オールブリンク。


ある日、私は父に呼び出され屋敷の中を父の執務室へ歩を進めていた。


ここは商業国家オルロヴァ。その名の通り、商業を国の主要な産業としている国だ。

私はその国の太守ディオンの娘である。

とは言っても兄が二人いる末っ子であり、自分自身に太守の継承権はない。


この国の国家元首の事を“王”とは呼ばない。

かと言え公選制でも無いから実質“王”なのだが、その国の成り立ちの為か、王族とは呼ばれないのだ。

この国の歴史はそれほど長くない。元々は隣国ナイザール王国の一地方であった。

しかし数十年前に発生したナイザール王国を中心に発生した戦乱を機に、オルロヴァはナイザール王国から独立したのだ。

独立した理由は戦争の混乱から、自分たちの商業の権利を守る為だった。

その時に中心になったのがオールブリンク家であり、結果、国を治めることになった。


「お父様、入りますね。」


私は父の執務室に入った。


「来たか、アイナよ。まぁそこに座るがいい。」


私の目の前にいるのが、父・オルロヴァ太守のディオンだ。

私は


「それでお父様、私に用と言うのは?」


「ああ。そろそろナイザール王国へ2年に1回の使節を送る時期なのはお前も知っているだろう。いつもは海路でマルゴワール経由でバイゼルへ向かうのだが、今回は国所有の船が大規模修理を行っていて使用できないのだ。」


2年に1回の使節、と言うのは独立の条件としてナイザール王国から示されたものだった。

オルロヴァは独自の政府を持ち強力な自治権を保持した。貿易なども自由にできる。

しかし軍備を持たず国防はナイザール王国に依存しており、また2年に1回の使節団の派遣を義務付けられた。


「船が使えないのは私も知っています。では今回はどうするんですか?」


「今回は陸路で向かわざるを得ないな。バイゼルへの街道へ乗る為には、この道、ナイザールのジーメンス領を通っていく事になるな。」


ジーメンス領。それはジーメンス伯爵家が治める地で、その家は元々はナイザール王国の重臣であったそうだ。


「そのジーメンス伯爵家だが、最近当主を獣人の子供が継いだらしい。」


「…獣人が、ですか?」


獣人の貴族がいない、と言うわけでは無い。

しかしこの大陸の多くの国の支配層は人間でありそれは非常に珍しい事だ。


「…それは珍しい事ですね。」


「そうだろう。私としては非常に興味が湧いたのでな。今回は私自ら使節団を率いて行こうと思うのだ。…どうだ? お前も一緒に来ないか?」


私は顎のあたりに手を添えて考えた。

人間が治める国の貴族を獣人が継ぐ…、それは実に面白そうだ。

最近兄達も政務を学んだりしていて遊んでくれないし、暇で仕方なかった。

いい暇つぶしになりそうだ。


「分かりました。私も一緒に行きます。」


そんなことがあって、私はカール君の治める地に向かう事になったんだ。

そして私達一行がジーメンス領を訪れた日…


目の前にいたカール君、カール・ジーメンスはとても可愛らしい姿をしていた。

私よりも2歳年下の子供の筈なのに変に大人びていて、必死に人の為に働いているのが分かった。

私がカール君に惹かれていくのに、それほど時間が掛からなかった。


そして半年ほど経って、私はカール君と婚約することとなった。

祖国・オルロヴァからしたらナイザール王国の丁度良い位置に拠点を持つことが出来るため、政略結婚と言えなくもない。


ある日私はカール君に訪ねた。


「ねえ、カール君。私、カール君にとって迷惑じゃなかったかな?」


「迷惑? 何で?」


カール君がきょとんとしながら聞き返してきた。


「え…っとなんかうるさいとか、本当は他に好きな人がいるとか、そう言うの無いのかなって。」


「うーん、最初は何かやたら距離感が近いなあって思ったけど…」


カール君がそっと私の手を取った。


「一緒にいてとても楽しいよ。僕、まだ結婚とかよく分からないけど、アイナがいると凄く楽しいんだ。」


カール君の笑顔がとても眩しかった。


「そ、そう? ありがとう!」


私は思わずカール君を抱きしめた。

私達はまだ子供だ。本物の夫婦になれるのはまだ何年も先の事だろう。


だけど、私はカール君と一緒ならきっとうまくやっていける。

カール君のぬくもりを感じながら、私は心の中でそう思った。








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