第4話 バイゼルにて
翌日僕達の馬車は王都バイゼルに入城するための車列に並んでいた。ナイザール王国はこの大陸屈指の大国であるから、その首都たるバイゼルには多くの人が訪れていた。
「凄い、バイゼルって初めて来たけど大都会ね。」
メアリーが馬車の車列の多さに驚きの声を上げていた。
「これだと中々街の中に入れないんじゃいの、ハンス?」
「そうだな。俺も王都に入るのは初めてだから、まさかここまでとは…」
ハンスも顔を歪めた。
僕は馬車から身を乗り出して辺りを見渡した。すると後方から列を無視した馬車が近づいてくるのが見えた。その馬車は豪華な装飾が施されたものだった。
「ハンス、あれは…」
「アベール侯爵家の紋章ですね…。坊ちゃま、外套を被って身を隠してください。」
アベール侯爵家の馬車は尚も近づき、僕達の馬車の横に止まった。
「これはこれは、ジーメンス伯爵家の馬車ではないか!」
大袈裟な物言いの男が馬車の中から姿を現した。いかにも名門を鼻に掛けた、と言うのがぴったりな男だ。
どうやら、この男がアベール侯爵らしい。
「アベール侯爵様、私はジーメンス伯爵が家臣、ハンスでございます。この度は王命にて登城する為に王都に罷り越しております。」
ハンスが下馬し一礼した。
「ふむ、ハンスとやらそれは遠路御苦労な事であるな。幾分粗末ではあるが、馬車でという事はジーメンス伯の奥方殿かな。」
「いえ、奥様は体調が思わしくなく…」
「ふむ…」
アベールがハンスの脇を抜け、馬車を覗き込んだ。ハンスは止めようと体を動かそうとしたが、一介の兵が貴族を止めようとするのは不可能だ。
アベールと僕の目が合ってしまった。
「何やら獣臭いと思ったら、獣人がいるではないか。」
アベールの目はあからさまな侮蔑な色を浮かべた。
「ハンスとやら、この者は?」
「ジーメンス伯爵の義息子、カール様にございます。」
「ほう、ジーメンス伯は獣人を養子にするなど、何ともまあ!」
嫌な笑顔だ。
僕は俯いて視線を逸らそうとした。
「フン、穢らわしい獣風情が王都に入るのは気に入らんが、この度は事態が事態だ。我が馬車に付いて参れ。」
「え、あの、侯爵様。それはどういう…」
僕は再びアベールの顔を見た。
「ジーメンス伯爵は国王陛下をお守りになられた傷が原因で一昨日亡くなられたそうだ。儂には昨日、その知らせが来た。そうか、お主はまだ知らなかったのだな。」
アベールはマントを翻し、自分の馬車の方に向き直った。
「儂は獣人は嫌いだが、
少しして、アベールの馬車が出発した。
その後を僕達の馬車が続く。
「……」
馬車の中は重苦しい空気が流れた。
まさか
僕は顔を覆った。
「坊ちゃま…」
メアリーが僕の方をぎゅっと抱いた。
伝わってくるぬくもりが、逆に悲しさを増大させた。
それから、僕達は冷たくなった義父・ジーメンスと対面した。あちこちに出来た傷が最期の戦いを形容していた。
腹部の傷が、致命傷だろうか。
僕は、数カ月ぶりの親子水入らずの、最後の一夜を過ごしたのだった。
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