断れない系男子と家出姉妹
界達かたる
Introduction
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――断ることが、なにより苦手だった。
だからってこんな状況に陥るなんて、誰が想像できる?
「――……すぅ……すぅ……」
一定のリズムで鳴っている可愛らしい寝息。
ずっと聴いていると、こちらまで眠くなってくるような、不思議な心地よさがある。
しかし矛盾するようだが、その寝息を間近で聴いている俺はちっとも眠れる気がしていない。
なんたって間近過ぎるのだ――まさかこんな、幼馴染の女の子から抱き着かれながら眠る破目になるなんて。
「おい、寝惚けてるのか……?」
望み薄とは思いつつ問いかけてみるも、寝息が乱れることはない。やはり完全に眠っている。
それはそうだろう。もし彼女に意識があれば、自分からこんな行為に及ぶはずがない。俺と寝床を共にすること自体あんなに嫌がっていたのだから。
もしなにかの弾みで目を覚まされて、こんな状態になっていることを知られたら……恐らく俺は血を見ることになる。俺が悪いわけではなくとも。
とりあえず、タイミングを見計らって抜け出しておかなければ――。
「……すぅ、んんっ……」
一瞬、彼女の寝息が乱れ、なぜか抱擁が強まる。
同時に彼女の甘ったるい匂いや、腹の辺りに押しつけられている二つの柔らかな感触がより確かなものとなった。
……くそっ、なんでこういう時だけ無防備なんだよ!
普段は抱き着いてくるなんて絶対にしてこないくせに。眠った途端こんなことをしてくるなんてわけが分からない。
眠ったら人が変わるとかあるのか? 雷の呼吸とか言っちゃう系か? 箍が外れた俺に襲わせたところで霹靂一閃をかましてこようって算段なのか?
……いや、彼女はそんな分かりやすい流行を取り入れたユーモアや打算をする奴じゃない。大体それじゃ間違いなく俺は死んでるしユーモアで済むレベルじゃない。
あえて馬鹿馬鹿しいことを考えて冷静さを取り戻そうと試みた俺だが、速まった鼓動は中々落ち着く気配がない。
むしろ彼女が俺の懐で身じろぎをする度に、ふにっとした感触が温もりと共に伝わり、こちらの体温に上乗せされているような気さえする。
正直なことを言うと、その感覚は心地がいい。
なんならこちらから抱き締め返したいほどだった。そうすればもっと彼女の柔らかさを肌で感じることができるはずだ。
しかしそんなことをすれば、彼女を起こしてしまうかもしれない。そうすればやはり霹靂一閃だ。でなくとも死あるのみだ。
けれどやはり、心地いいものは心地いい。思春期のちっぽけな自制心だけでは抗いがたいものがある。
葛藤の末、俺の手は自然と、彼女の背に触れていた。
そうして吸い寄せられるように、彼女のたわやかな温かさを抱き締めようとした――その時。
「……ユウ、君……」
ふと、俺の胸元で寝息ではない声が鳴り、ハッとさせられる。
彼女の声に間違いなかった。けれど微かに覗く彼女の目蓋は開いてはいない。どうやら寝言を呟いたらしい。
「約束……まだ、覚えてて……」
そんなくぐもった声だけが聞こえたあとは、また寝息に変わって聞き取れなかった。
――約束。
それは幼い頃の彼女と、確かに交わしたはずのもの。
――『ねえ、ユウ君……お願いがあるの』
忘れてはいけないはずの、大切な約束。彼女からお願い。
けれど俺は――ずっと思い出せずにいる。
――『ユウ君は、大きくなったら、私の――に、なってくれる……??』
大事なところが欠けているような、ノイズがかかっているような感じで、どれだけ思い返そうとしても修復されることがない。
ただ、約束を交わしたという事実だけは、決して忘れてはいけない――そんな曖昧な気持ちだけを抱えたまま、彼女の目の前にいる。
「すぅ……すぅ……」
再び聞こえてくる穏やかな寝息。
微かに垣間見えた寝顔は本当に可愛らしくて、昔の彼女のようだった。ずっと眺めていたいと思うほどだった。
だからこそ俺は、彼女を抱くことを躊躇したのだと思う。
彼女を起こしてしまうことを恐れてではなく――彼女に対する気持ちの曖昧さに、自分自身の不確かさに嫌気が差して。
そんなことを考えているうちに俺は――
――どうして俺が、こんな風に女の子と寝床を共にしているのか。
それを説明するためには、高校二年に進級してまだ間もない、ある四月の日にちまで遡る必要がある。
幼馴染である三人が四年ぶりに顔を合わせることになった、ある出来事を語るために。
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