第52話「決戦:その六」
ギリー連合王国の精鋭、ロングモーン騎兵がラント率いるグラント帝国軍に突撃し始めた頃、グラッサ王国軍ではグラント帝国軍の天翔兵団の攻撃を受け、対応に追われていた。
「五番結界停止!」
「三番と六番でカバーしろ! 十六番! あとどれくらいもたせられるか!」
「もって二、三分です!」
「了解だ! 十八番、二十四番でフォローの準備を……」
可搬式結界装置の操作者の焦りを含んだ報告とそれに対応すべく命令を発する指揮官の声が響いている。
「八番砲、もっと仰角を上げろ!」
「二十二番砲、次弾装填が遅い!」
その他にも魔導式弩砲の指揮官が細かな指示を送っていた。しかし、弩砲による攻撃は高速で飛翔する天翔兵団の戦士たちを掠めることすらなく、徒労感だけが募っていく。
そんな中、総司令官であるジョナサン・モートラックはこの状況に危機感を抱いていた。
(そろそろ結界が限界だ。このままでは龍たちの攻撃を受けて全滅する……やはりあれを使うしかないか……)
モートラックは普段通りの表情のまま、一輌の荷馬車を見つめる。
「ロングモーン騎兵の足が止まりました! 巨人たちが騎兵に突撃していきます!」
モートラックの命令でグラント帝国軍の動向を監視していた幕僚が報告する。
その声にモートラックも視線を東に向けた。
数万の騎兵が立ち往生し、そこに巨人たちが踏み込んでいく様子が見える。
「古代遺物三号の封印を解除。全軍、後退を開始せよ」
モートラックの命令に幕僚の一人が驚きの表情を浮かべる。
「この状況であれを使うのですか!」
「仕方あるまい。このままではギリー連合王国軍は壊滅。我が軍もその後を追って全滅するしかない」
「し、しかし……」
「議論している時間はない。直ちに封印を解除し、攻撃を命じよ」
モートラックは冷静さを失うことなく、命令を繰り返す。
「りょ、了解しました!」と幕僚は答え、命令を実行するため、大型荷馬車に向かった。
モートラックの命令を受け、グラッサ王国軍はゆっくりと西に向かう。
そんな中、大型荷馬車だけはその場に残り、相対的に大型荷馬車だけが突出する形になった。
「全員走れ! 上からの攻撃は無視しろ! 今は距離を取ることだけを考えるのだ!」
それまで冷静さをかなぐり捨て、モートラックはそう叫ぶと、自身も馬首を翻し、小高い丘から駆け下りていく。
その様子を神龍王アルビンは不可解に感じていた。
(いきなり逃げ出したが、何があったのだ?)
そこまで考えた時、妻でありエンシェントドラゴン隊の副隊長でもあるシャーロットが念話を送ってきた。
『あの荷馬車の箱は危険よ! すぐに離れるべきだわ!』
アルビンにも彼女の言いたいことがすぐに分かった。
荷馬車の荷台に置かれた箱から膨大な魔力が漏れていたのだ。その強さは初代魔帝グラントが全力で攻撃を放った時に匹敵し、アルビンですら恐怖を感じていた。
『全員、この場から離れろ! すぐにだ!』
その直後、荷馬車に載せてあった大型の木箱が爆発する。
爆発と共に巨大な火柱が天に向かって伸びる。その太さは直径二十メートルほどで、高さは百メートル以上にもなった。
運悪く真上を飛んでいたアークグリフォンとフェニックスのそれぞれ一騎が巻き込まれる。
アークグリフォンは瞬時に焼かれたが、フェニックスは炎に対する耐性が高く、生き延びた。しかし、すぐに巨大な炎に捕らえられ、もがきながらも吸収されてしまう。
『あれは何なのだ? フェニックスが炎に飲まれただと……』
フェニックスの炎に対する耐性は、赤龍であるシャーロットの炎のブレスにすら耐えられるほど高い。いかに高温であろうと、フェニックスが炎に飲み込まれ、吸収されたことが信じられなかったのだ。
『あなた! 今は考える時ではないわ! すぐにここから離れないと! それに陛下にも下がっていただく必要があるわ!』
『そ、そうだな……本隊上空まで後退! 陛下からの指示を待つ!』
それだけ言うと、翼を翻して一キロメートルほど東にいるラントの本陣を目指した。
炎の柱はその間に小さくなり、半分ほどの高さになっていた。しかし、それは弱くなったわけではなく、エネルギー密度はそれ以前より上がっている。
それだけではなく、地上にいたグラッサ王国軍にも大きな被害が出ていた。
封印の解除後、全力で西に向かって退避したが、その多くは百メートル以上離れることができなかった。
炎自体は直径二十メートルほどであったが、グラッサ王国軍の兵士たちは萎れるように次々と倒れていく。そして、倒れた兵士の死体はなぜか発火し、そのまま火柱に吸収されていった。
グラッサ王国軍の北にいたギリー連合王国軍の一般兵と南にいたマレイ連邦軍の兵士はその異様な光景に怯え始める。
指揮官も恐慌に襲われる。
「西に移動せよ! 全力で西に向かえ!」
その命令はギリー連合王国軍とマレイ連邦軍から同時に発せられ、二つの軍は炎の柱から逃れるように西に向かって走り出した。
エルギン共和国軍の司令官ミクターもその様子を見ていた。
(なんだ、あれは……ヤバい感じしかしないぞ……)
本能的に危険を感じ、即座に命令を出した。
「南に移動開始! あの炎の柱から距離を取れ!」
傭兵で構成された共和国軍はマレイ連邦軍のようなパニックは起こさず、整然と移動を開始する。しかし、その移動速度は先行して逃げ出した二つの軍より速かった。
ミクターはその様子に安堵するが、本能がこの場から離れろと叫ぶことに困惑しつつも、それに従う。
「一マイル(約一・六キロメートル)ほど離れるまで足を止めるな!」
この行動がエルギン共和国軍を救うことになる。
ラントは立ち昇る炎の柱から発せられる膨大な魔力を感じ、困惑する。
しかし、目の前にギリー連合王国軍のロングモーン騎兵が迫っており、そちらに意識を集中できない。
「魔導王! 天魔女王! 二人はロングモーン騎兵を攻撃! 支援部隊も二人に合わせて攻撃せよ!」
即座に魔導王オードと天魔女王アギーの背後に巨大な魔法陣が描かれていく。
オードとアギーは炎の柱に危険なものを感じ、攻撃力の高い炎系の魔法ではなく、雷系の魔法を放った。
バリバリという轟音と共に、地上にいるオードと上空にいるアギーから雷撃が放たれる。
先頭を行く三英雄のティーリンはその雷をもろに受け、馬ともども黒焦げになり絶命する。
その後ろにいたコックスも同じように雷を受けて戦死したが、ターコネルは運よく回避でき、そのまま突撃を継続していた。
後方を行くケアン王子の直属部隊は雷によって半数以上が戦死し、更に支援部隊が放った各種の魔法により、八割以上が死傷した。
ケアン王子は周りの護衛たちが壁を作ったことで魔法の直撃を受けることなく生き延びた。
周囲に多くの兵と馬が倒れ、全滅寸前であることは彼にも分かったが、闘志だけは衰えていなかった。
「引き返す道はない! 魔帝の本陣を突破せよ!」
ケアン王子は自らの愛馬を駆り立てる。
二百名の騎兵はラントのいる本陣の五十メートルほどまで迫った。
「あと少しだ! そのまま奴の首を……」
しかし、その言葉は最後まで発することができなかった。
ラントを乗せたエンシェントドラゴンのローズがブレスを放ったためだ。
ケアン王子はローズの放った極低温のブレスを受け、一瞬にして凍り付き、絶命した。
三英雄の最後の一人、ターコネルもローズのブレスを受けて死亡する。
二百名の騎兵もブレスを受けて多くが死傷し、更にロバートらアークグリフォンが放つ風属性魔法によって切り刻まれていった。
生き残った騎兵は支援部隊による魔法攻撃で殲滅された。
ラントはケアン王子のことより、膨大な魔力を発する炎の柱の方が気になっていた。
「魔導王! あの炎の柱が何か分かるか?」
「分かりませぬが、危険であることは間違いない。すぐにこの場を離れることを提案する」
「分かった。通信士! 各部隊に連絡! 戦闘を中止し、直ちに東に移動せよ!」
「御意」と通信士であるデーモンロードが答え、念話の魔道具で各部隊に連絡を開始した。
「陛下! あれを!」と側近であるフェンリルのキースが西を指さした。
そこにあったものは炎の柱ではなかった。
巨人族を遥かに超える大きさの炎の巨人が立ち、周囲に向かって炎を撒き散らし、ゆっくりと自分たちの方に向かっていた。
「あれはなんだ……」
ラントは茫然と眺めることしかできなかった。
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