第48話「決戦:その二」

 十二月一日の午前九時過ぎ。


 カダム連合北部の町、バイアンリーの東の平原ではグラント帝国軍約一万七千二百名と、人族の連合軍、ポートカダム盟約軍二十八万一千七百名が戦闘に入ろうとしていた。


 グラント帝国軍の奇襲により、ポートカダム盟約軍は行軍開始直前ということで、予め襲撃を予想していたグラッサ王国軍以外は混乱し、その場で迎撃準備を始めるのが精いっぱいの状況だった。


 グラッサ王国軍も行軍準備を行っていたことから万全の態勢とは言い難いが、司令官であるジョナサン・モートラックが冷静に指示を出したことにより、防御体制を確立していた。


 そこに帝国軍の天翔兵団が襲来する。


「上空に龍です!」


 幕僚の一人が大声で叫ぶ。


「敵は弩砲を狙ってくるはずだ。結界の密度を上げよ!」


 モートラックの命令で可搬式結界装置を持った兵士が移動を始める。

 可搬式結界装置は直径三十センチメートル、高さ九十センチメートルほどの筒状の物で、背負子に載せられ、兵士の背中に固定されている。


 その数は五十人ほどで、野営地であった小高い丘の頂上付近にある荷馬車を守るように囲んでいる。


 その荷馬車には魔導式弩砲が載せられていた。

 魔導式弩砲は長さ三メートル、直径十センチメートルほどの金属製の筒と頑丈そうな木の台、荷台に描かれた複雑な紋様の魔法陣で構成されている。


 それら魔導式弩砲群の中心には、長さ三メートル、幅二メートル、高さ一メートルほどの木箱が固定された大型の荷馬車もあり、魔術師らしきローブを着た者たちが箱を守るように囲んでいた。


 神龍王アルビンは丘の上にある荷馬車を視認すると、部下たちに念話で命令を発した。


『あの丘の上にあるのが、荷馬車の上にある筒と木箱が目標だ! 低空を通過しつつ攻撃を実行せよ!』


 アルビンは弩砲からの攻撃を警戒し、高速で通過しつつ、ブレスや魔法で破壊することを考えていた。


 彼の命令通り、エンシェントドラゴンを先頭に、千二百名の天翔兵団の戦士が高度を下げ、高速で接近していく。


『放て!』とアルビンが命令を発した。


 その直後、色とりどりのブレスが吐き出され、その後ろから風属性魔法と火属性魔法の攻撃が続く。


 ブレスが丘の上に達したと思った瞬間、結界に触れ、真っ白に発光する。

 更にグリフォンやフェニックスたちの攻撃も命中し、目を開けていられないほどの閃光が迸る。


 天翔兵団が通過し終えると、光は唐突に消えた。

 そこには無傷のグラッサ王国軍の姿があった。


『すべて防がれただと!?』とアルビンは驚きと共に怒りを覚える。


『もう一度攻撃する。我に続け!』


 アルビンは左に旋回しながら念話を飛ばす。

 戦士たちもそれに倣い、きれいなターンを決めながらアルビンに続いた。


 地上ではモートラックが冷静に状況を確認しながら、反撃の機会を窺っている。


「敵はもう一度攻撃を仕掛けてくる! 結界で凌ぎ切った直後に弩砲で攻撃せよ!」


 その命令を発した直後、グラッサ王国軍の魔法兵たちは弩砲に取り付き、操作を開始する。


「狙いを付ける必要はない! 敵が通過していく予想進路に向けて撃ち込めばいい!」


 魔法兵たちはその命令に従い、後ろから迫ってくる龍たちの進路を予測し、弩砲の角度を大急ぎで調整していく。


 二度目の攻撃が実行された。これも結界によってすべて防がれるが、最後のグリフォンが通過した直後、三十基の弩砲から一斉に魔弾が発射される。


 魔弾は長さ二メートルほどの光の槍で、高速で飛び去っていくグリフォンに向かっていった。


 三騎のアークグリフォンが弩砲の攻撃を受け、墜落する。


 その様子を二キロメートルほど離れた場所に陣取るラントが見ていた。


「まずいな。天翔兵団の攻撃が効いていない上に、通過直後を狙い撃ちされている……魔導王よ、あの結界はどれくらいの時間使えるものなんだ?」


 横にいる魔導王オードに質問する。


「分かりませぬな。結界を発生するための魔力が尽きるまでとしか言いようがない」


「では、どうすればいい?」


「結界を破壊するには攻撃を続けて魔力を消費させればよい。確実なのは巨人族による投石でしょうな。彼らなら石がある限り投げ続けられるので、いずれ結界側の魔力が尽きるはず。他にはデーモンたちが転移魔法で接近し、操作している人間を殺すという手もある。ただ、転移魔法の場合は結界に妨害される恐れがあるが」


 ラントはオードの話を聞き、考え込む。


(巨人を接近させれば、あの弩砲が攻撃してくる。グリフォンを撃ち落とすほどの威力であれば、巨人たちにも被害が出る。転移魔法は失敗するとこの空間に戻れなくなるリスクがあるから使うべきじゃないな……いずれにせよ、このままではアルビンが焦れて地上に舞い降りそうだ。やはり一度引かせるべきか……いや、あの弩砲を引き付けさせて、こちらが接近すればいい……)


 ラントは伝令であるアークグリフォンを呼ぶと、アルビンに対する命令を伝えた。


「神龍王に伝令だ。一斉攻撃ではなく、弩砲に注意しつつバラバラに攻撃し、敵の注意を引き付けろ。目的は駆逐兵団と轟雷兵団が接近するまでの時間稼ぎだ。すぐに伝えてくれ」


『御意』


 伝令は即座に空に舞い上がり、三度目の攻撃を仕掛けようとしていたアルビンに接近していく。


 伝令から命令を聞いたアルビンは疑問を感じたものの、指示通りにバラバラに攻撃をかけることを命じた。


『陛下からの命令だ。弩砲に注意しながら各個に攻撃しろ。駆逐兵団と轟雷兵団がここに来るまでの時間を稼げとのことだ』


 天翔兵団はグラッサ王国軍の上空を縦横無尽に飛び回り、攻撃を加えていく。

 魔法兵も弩砲を放って反撃するが、高速かつ複雑な軌道で飛ぶ敵にまぐれですら当たらず、対応に苦慮している。


 帝国軍の攻撃方法が変わったことにモートラックは内心で感心していた。


(魔帝ラントは柔軟な思考の持ち主のようだ。これで我が方は龍たちに対して打つ手がなくなる。その間に全軍を前に出そうというのだろう。だが、そう簡単に行くかな……)


 彼はそう考えながら、チラリと自分たちの左側にいるギリー連合王国軍に目を向けた。

 未だに混乱は収まっていないが、精鋭であるロングモーン騎兵は隊列を組みつつあり、あと数分で突撃が可能であるように見えた。


(ケアン王子の性格から言って、この状況なら必ず突撃させる。そうなれば、巨人たちも容易には前に出られまい。我々は損害を抑えつつ、少しずつでいいから敵を倒していけばいい……)


 正面にいる帝国軍が前進を開始する。


 駆逐兵団の鬼人族戦士と魔獣族戦士が横隊を作り、全力疾走を始めた。その後ろを巨人族戦士と妖魔族の魔術師が追従するように前進する。


 ラントは自身も支援部隊二千名と共にゆっくりと前進を始めた。

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