第47話「決戦:その一」
十二月一日の朝。
グラント帝国軍はポートカダム盟約軍との決戦に向かうため、準備を進めていた。
十一月二十八日に帝都フィンクランにある宮殿前の広場で、出征する戦士たちを集めた壮行会が開かれた。翌二十九日に帝都フィンクランを出発し、三十日にノースロセス城への移動を完了している。
ノースロセス城に入ったラントは敵の状況を探るべく、自らも偵察に向かった。
ノースロセス城からバイアンリーの町までは直線で七十マイル(約百十キロメートル)ほであり、アークグリフォンであれば片道一時間半も掛からずに到着できる。
ラントは騎龍であるローズではなく、目立たないアークグリフォンのロバートに騎乗し、偵察に向かった。
偵察隊には彼の騎獣であるカティとピートが同行し、それぞれ側近であるキースと参謀であるアデルフィが乗っている。
出発前に天魔女王アギーから危険ではないかと進言があったが、ラントは遠距離からの偵察に留めることと、敵航空戦力である
飛び始めると、すぐに国境の森林地帯があり、更にその先には広大な草原が広がっていた。
草原と言っても緩やかな起伏の丘はあり、完全な平原ではなかった。
「思ったより地形に起伏はあるんだな」と呟くと、騎獣であるロバートが律儀に答える。
『城の偵察隊に聞いた話ではバイアンリーに近づくにつれ、平坦になっていくそうです』
「ありがとう、ロブ」と礼を言い、周囲を見回していった。
(この辺りには農村もないな。森林の中に国境の小さな町があっただけだし、大きな川がないから農業に適していないのかな……)
そんなことを考えていると、ロバートから念話が入った。
『前方にバイアンリーの町があります。およそ四マイル(約六・四キロメートル)先です』
ラントは望遠鏡を前方に向けた。
遠くに南北を流れる川があり、その向こう側に四角く区画された町らしきものが見えてきた。
「敵に見つからないように高度を取ってくれ。カティとピートは周囲の警戒を。天馬騎士が出てきたらすぐに引き上げる」
高度を取りながら接近していくと、町の東側の草原にはゴマ粒をばら撒いたように多くの天幕があった。
「結構な数だな……馬もたくさんいる……ロブ、敵の旗に注意してくれ。各国の国旗が揃っているか知りたいから」
『御意』とロバートは答えると、すぐに報告を始めた。
『北にギリー連合王国の旗がございます。中央にグラッサ王国とマレイ連邦、南にエルギン共和国、町に最も近いところにカダム連合の旗がございます……神聖ロセス王国の旗も町の中に立っております』
「情報通り、すべての国が集まったということだな。では、町の周囲をぐるっと回った後に帰還する」
『御意』
ラントは偵察を終え、正午前にノースロセス城に戻った。
諜報官である天魔女王アギーが待っていた。
「ご命令通り、バイアンリーに潜入させた諜報員に現状を確認させました。出陣は明日十二月二日と決まったそうです」
ラントは満足げに頷く。
「予想通りだな。他に情報は?」
「ギリー連合王国軍は軍規が緩く、治安を守っているカダム連合軍と険悪な状態となっています。本来軍規を引き締めるべきギリー連合王国軍の司令官ケアン王子ですが、総司令官の器ではないようですわ。彼自身がグラッサ王国軍の司令官モートラックとも揉めたという噂が流れており、聖王マグダレーンが仲裁して何とか分裂を防いでいるそうです」
ラントは満足げに頷く。
「それはいい情報だな。グラッサ王国軍のアーティファクトについての情報はどうだ?」
アギーはその問いに申し訳なさそうに頭を下げた。
「魔導式弩砲につきましては、三十基確認されております。可搬式結界についてはどれだけあるのか確認できておりません。それに加え、厳重に警備が付いている大型の荷馬車があるのですが、その中身も掴めておりません。
「敵も無能じゃないんだ。切り札を晒すようなことはしないだろう。今は弩砲の数が分かっただけで充分だ」
ラントは三軍の長を始め、主だった者を集め、今後の作戦を説明する。
「敵はバイアンリーに到着し、明日の朝、こちらに向けて出発するそうだ。バイアンリーには元聖王マグダレーンもいるが、軍と行動は共にせず、町に留まるだろう。私としては元聖王が敗れたことにしたい。よって、明朝バイアンリーに奇襲を掛ける。ついては、準備ができ次第移動を開始し、バイアンリーに近い場所で野営、早朝に出陣する。質問があれば言ってくれ」
その言葉にアギーが最初に言葉を発した。
「元聖王が敗戦したことで、古いトファース教の権威を落とすということは理解できますが、圧倒的な勝利を得るのでしたら、行軍中に奇襲を掛けた方が効果的ではありませんか?」
「確かに行軍中であれば、陣形は伸び切っているから撃破は容易いだろう。だが、敵が言い訳できない状況で勝利したい。それに出陣の準備中に奇襲を掛ければ、敵は必ず混乱する。特にグラッサ王国軍は魔導式弩砲や可搬式結界の設置に手間取るはずだ。その間にできれば破壊しておきたい」
「理解いたしましたわ」とアギーはすぐに引き下がった。
「天魔女王の配下が探れなかったアーティファクトらしき物にどう対処されるのだろうか」
魔導王オードが質問する。
「正直なところ、どのような物かすら分からない状況では対処のしようがない。最初に破壊できればよいが、切り札であれば敵も厳重な防御を行うはずだ。使用されたら魔導王の知恵を借りたいと思っている」
「御意」とオードは頷いた。
他には特に意見もなく、会議が終了し、出陣準備が始まった。
そして、日没前に移動を開始し、日付が変わる前に移動は完了した。
場所はバイアンリーの東二十キロメートルほどの草原地帯で、かがり火を焚くことなく、野営する。
夜明けと共に行軍を開始し、午前九時過ぎにバイアンリーの東三キロメートルほどのところにある小さな丘に到着する。
バイアンリーでは帝国軍の襲来に慌てた。
「どうして奴らがここにいるんだ!」と聖王マグダレーンが叫ぶが、答えられる者はいなかった。
ギリー連合王国軍の野営地では天幕を畳み、出発の準備を整えたところだった。
司令官のケアン王子は帝国軍襲来の報を受け、激怒する。
「斥候隊は何をしていた!」
周囲の警戒はほとんど行われておらず、罵声を受けた者も困惑するしかなかった。
ケアン王子は自身が命令を出していなかったという事実に気づき、それを誤魔化すかのように全軍に戦闘準備を命じる。
「戦闘準備を開始せよ! ロングモーン騎兵は我が前で隊列を組め! その他の部隊は右翼側で待機!」
精鋭であるロングモーン騎兵は即座に反応するが、遊牧民である義勇兵は何をどうしていいのか分からず右往左往する。
グラッサ王国軍では司令官のジョナサン・モートラックがこの事態を想定しており、大きな混乱は起きていない。モートラックは冷静な声で命令を発した。
「恐らくすぐに龍たちが襲ってくる。魔法兵団は直ちに結界の発動を行え。弩砲と切り札を守ることを最優先するのだ。歩兵隊は魔法兵団を守るように周囲を固めよ」
その命令で即座に動き始める。
エルギン共和国軍も司令官であるミクターの的確な命令により、混乱はすぐに収まった。草原の南側に陣を構え始める。
マレイ連邦とカダム連合の軍は指揮官の能力、兵士の練度が共に低いため、混乱を極めた。
隊長クラスですら、自分の隊がどこに行けばいいのか分からず、バタバタと動き回っている。
その様子を見たラントは満足げに頷いた。
「敵は完全に油断していたぞ。この機にグラッサ王国軍のアーティファクトを破壊する! 神龍王アルビンよ!」
その声に後ろに控えていたアルビンが「おう!」と応える。
「天翔兵団を率い、グラッサ王国軍の魔導式弩砲と荷馬車を破壊せよ! 但し、無理をする必要はない。敵の結界が突破できないなら一度戻り、対策を考える」
「承知!」とアルビンは叫び、すぐに配下に命令を発する。
「天翔兵団出撃! 我らが一番槍だ!」
その命令を受け、天翔兵団のエンシェントドラゴン、ロック鳥、フェニックス、アークグリフォンは次々と舞い上がっていった。
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