第40話「不可侵条約」
六月三十日。
三日前に帝都フィンクランに帰還し、その翌日に論功行賞と戦勝式典を無事に終えた。一日の休養を経た後、ラントは八神王たちを集める。
そして、今後の方針を説明していく。
「神聖ロセス王国を征服したことにより、帝国本土の安全は確保できた。また、我々に対して攻撃的であり、人族全体に大きな影響を与えるトファース教もゆっくりではあるが改革されつつある。今後についてだが、大陸の各国と友好関係を築きたいと考えているが、恐らくバーギ王国以外は我が国に対する攻撃をやめないだろう。そこで今後の方針について意見を聞きたい」
ラントがしゃべり終えると、神龍王アルビンが真っ先に発言する。
「先制攻撃をすればよい。我が天翔兵団であれば、どこであろうと即座に攻撃が可能だ」
アルビンの発言に鬼神王ゴインが賛同する。
「俺も神龍王と同じ意見だ。陛下の考えたロック鳥を使った輸送部隊を使えば、すべての国の首都を陥落し、降伏させることができる」
その意見に対し、宰相である聖獣王ダランが反対の声を上げる。
「確かに各国の首都を攻め落とすことは可能だろう。だが、その後はどうするのだ? 旧神聖ロセス王国だけでもかなりの人員を送り込んでいる。残りの六ヶ国すべてに人員を派遣することは不可能だ」
護樹女王エスクがダランの意見に賛成する。
「私も聖獣王殿と同じ意見です。旧神聖ロセス王国であるロセス地方を完全に掌握するには一年以上は掛かるでしょう。少なくともロセス地方に不安がないようにしなければ、足元を掬われることになりかねません」
ラントはそれらの意見を聞きながら静かに考えている。
そこで天魔女王アギーが意見を話し始めた。
「未だに各国の情報を得ておりません。情報を集めるためにはもう少し時間をいただきたく思います」
「時間と言ってもどのくらい必要なのだ?」とアルビンが尋ねる。
「すべての国の首都に諜報員は派遣しておりますけど、遠方のところが多いですから、一年程度は必要ですわ」
「一年か……」とアルビンが呟く。
「一年も待たずに敵が攻めてくるのではないか?」と魔導王オードが発言する。
「その可能性は高いですわ。カダム連合が動き始めたという情報もございますので」
「ならば、その敵を粉砕し、戦意を失わせてはどうだろうか」と巨神王タレットが発言する。
「それはいい。諜報員を使って、焚きつけてくれ」とゴインが賛成する。
「だが、そうなると大軍と戦うことになる。我が軍が負けるとは思わぬが、多方面から進攻されたら厄介ではないか?」
ダランがそう言って疑問を口にした。
「敵が数万程度なら、我が天翔兵団だけでも粉砕してみせるぞ」
そこでラントが初めて発言した。
「諸君らの意見は分かった。方針としては敵を一ヶ所に集めて殲滅し、人族の戦意を挫く。そのためにはまずバーギ王国を味方につけるべきだろう。バーギ王国からのルートがなければ、カダム連合からしか敵は侵攻できない。幸い、バーギは飛竜騎士団を叩いたから我が帝国の恐ろしさを充分理解している。こちらから水を向ければ、不可侵条約を結ぶことは難しくない」
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旧神聖ロセス王国は西にカダム連合、東にバーギ王国と接している。
「仮にバーギ王国が条約を結ばず、我が国に剣を向けるなら、最初に攻撃を加えてもいい。バーギ王国軍を叩いておけば、海軍が主体のマレイ連邦軍だけなら脅威にはならないだろう」
「ギリー連合王国は考慮しなくてもよいのでしょうか?」とエスクが聞く。
「ギリーの軍隊は騎兵が主体と聞く。地図を見る限りだが、バーギとロセスの間は深い森林地帯だし、バーギ王国内には大きな河川が多い。どの程度橋が架けられているか分からないが、騎兵の移動が制限されることは間違いない。ならば、草原地帯であるカダム連合側に戦力を回すはずだ。それにギリー連合王国は最大の国家だ。面子的にも主戦場であるカダム連合側に戦力を持ってくるだろう」
「おっしゃる通りですわ」とアギーが頷く。
「匠神王よ。一度も発言していないが、意見はないか?」
ラントは匠神王モールに水を向けた。
「儂は戦争も政治もよく分からぬ。ただ敵が攻めてくるのは年明けじゃろうということは何となく分かるがな」
「年明け? 妙に具体的だが、なぜ分かるんだ?」とラントが首を傾げる。
「来年の一月十五日は陛下の即位一周年じゃ。盛大に祝うじゃろう。つまり、ここ帝都に主だった者のほとんどが集まるということじゃ」
モールの言葉にラントを始め、皆が頷いている。
「匠神王殿のおっしゃる通り、陛下のご降臨を記念する式典を邪魔されることは面白くありませんわ」
アギーが怒りを含んだ声で言うと、普段意見が合わないことが多いエスクも同じように強い口調で賛同する。
「私も同じ思いです。陛下のための式典を邪魔させてはなりません」
「俺も同じ思いだが、それにしても匠神王が最初に気づくとは意外だったな」
アルビンがからかうような口調で言うと、モールはフンという感じでそっぽを向く。
「典酒官としては祭がなくなってもらっては困るんじゃ。既にそのための準備を始めておるしの」
半年以上先のイベントの準備をしていることに皆が呆れている。
その空気を払うかのようにラントがまとめに入った。
「では、バーギ王国に使者を派遣し、我が陣営に引き入れる。これによって人族の間に楔を打ち込む。更にギリー連合王国を始めとするその他の国に情報操作を仕掛け、我々の望む時期にカダム連合側から攻め込ませる。以上を基本戦略とする」
そこで全員を見回してから、更に方針を伝えていく。
「バーギ王国への使者は聖獣王に頼みたい。天翔兵団からエンシェントドラゴンを中心に三百騎を護衛として付ける。神龍王よ、護衛の選抜は君に任せる」
ダランとアルビンは同時に「「御意」」と答える。
「天魔女王よ、早急に各国への情報操作を開始せよ。国王を始めとした首脳たちの危機感を煽れ」
「承りましたわ」とアギーは優雅に頭を下げる。
「魔導王と匠神王は長距離通信システムの開発を最優先で頼む。護樹女王は今回の戦死者の遺族のケアを。鬼神王と巨神王は連携訓練を中心にいつでも出陣できるよう準備を頼む……」
ラントは八神王たちに次々と指示を出していった。
七月三日。
聖獣王ダランは五十騎のエンシェントドラゴンと二百五十騎のアークグリフォンを率い、バーギ王国の王都、アバーティーナに到着した。
事前に連絡は入れていたものの、エンシェントドラゴンの威容を見た王都の民たちは恐怖に震える。
国王サルート八世は飛竜騎士団の団長、マッキンレーから話を聞いていたが、実際に王都の上空に現れたドラゴンの姿を見て、持っていた錫杖を取り落とした。
(飛竜騎士団が壊滅的な損害を受けたと聞いた時にはマッキンレーを叱責したが、帝国に手を出しては国が亡ぶと言った奴の言葉は正しい。あのような存在と戦えるはずがない……)
王都近くの平原に着陸した後、ダランは人化した護衛たちと共に、バーギ王国が用意した馬車に乗って王都に向かった。
王宮に入ると、すぐに謁見の間に通された。そこにはサルートの他に文武の重臣たち百人ほどが並んでいた。
銀色の髪をなびかせた壮年の美男子であるダランは、黒を基調とした礼服に身を包み、居並ぶ重臣たちに視線を向けることなく歩いていく。
その堂々とした姿に重臣たちは畏怖の念を抱くほどで、ダランは玉座に座るサルートの前に辿り着くと、跪くことなく口上を述べる。
「偉大なるグラント帝国第九代魔帝ラント陛下の名代、聖獣王ダランである。貴国と我が帝国との不可侵条約の締結について提案に参った」
一国の王に対し非礼な態度ではあるが、サルートを含め、誰一人そのことを指摘できなかった。
「不可侵条約とはどういうことかな、ダラン殿」
齢五千年を超えるダランに対し、サルートは完全に貫禄負けしており、口調も弱くなる。
「貴国と我が国は互いに国境を侵すことなく、平和を維持するというものである。本来であれば、先日の貴国の襲撃に対し、謝罪と賠償を求めるべきだが、寛大なる我が主は貴国にその要求をしないと明言された」
その言葉に重臣たちからどよめきが起きる。
自分たちに有利すぎることに何か裏があるのではないかと思ったためだ。
「無論、断ってくれても構わない。その場合、貴国は神聖ロセス王国と同じ運命を辿ることになるだろう」
恫喝に対し、「侮るな!」という声が重臣の間から上がる。
その言葉にダランは反応し、鋭い視線を向ける。
「侮る? 私は事実を述べただけだ。貴国の精鋭、飛竜騎士団がどのような運命を辿ったか、既に忘れたのか?」
その言葉にサルートが慌てる。
「もちろん覚えている。ラント陛下の温情をもって、全滅を免れたということも理解している。不可侵条約の締結については我が国としても前向きに検討したい。この後に条件など詳細を詰めたいがいかがか」
「よろしい。既に素案はあるので、それを見てもらい、貴国の意見を聞かせてもらおう」
それだけ言うと、ダランは踵を返して謁見の間から出ていった。
サルートは緊張が一気に緩み、玉座の肘掛けに体重を預ける。
(あの者は危険だ。だが、帝国側に不可侵条約を締結するメリットは何だ?)
そのことを家臣たちに問うと、マッキンレーが前に進み出る。
「正直なところ、帝国の考えは理解できません。ですが、帝国が我が国を容易く蹂躙できることは陛下も理解いただけるかと思います。今回ここに現れたドラゴンは半数に過ぎませんが、彼らだけでも王都は火の海に沈むでしょう。我々に選択の余地はないと思います」
サルートはマッキンレーの言葉に大きく頷く。
「確かにそうだな。それにあのダランという男も只者ではない。下手に刺激して暴れられたら我が国は滅ぶ。条約の内容は確認するが、基本的に帝国の申し出をそのまま受け入れるしかない」
こうしてバーギ王国はグラント帝国と不可侵条約を結んだ。
この情報は各国に驚きをもって伝わった。
帝都を奇襲し、大きな損害を受けたバーギ王国が属国化することなく、対等の条約を結んだ。
戦意に乏しいカダム連合とエルギン共和国は帝国との共存の道を探り始めた。これにより、人族側に亀裂が入り、聖王マグダレーンは焦りを覚えるようになる。
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