第37話「カダム連合の受難」
六月十六日。
カダム連合第二の都市エドラスに、聖都ストウロセスを脱出した
彼らはすぐに聖王マグダレーン十八世の下に向かい、聖都が陥落したことを報告する。
聖王は既に覚悟を決めており、淡々とその事実を受け入れたが、話を聞くうちに枢機卿と聖騎士たちの間に軋轢があることに気づき、困惑する。
そして、その原因が枢機卿らはほとんどの財産を失ったが、聖騎士はラントに高潔な戦士として遇され、運び出せるだけの財産を持っていることだと聞き、驚きを隠せなかった。
(何という嫌らしい手を使ってくるのだ! 奴にとって不要な枢機卿と大司教を追い出した上、私に押し付けるだけでなく、楔として打ち込んでくるとは……だが魔帝は失敗した。私なら聖騎士たちに不満を抱かせる。逆でなかっただけよかったと考えるべきだろう……)
聖王はそう考えて自らを無理やり納得させる。
彼にとって現在重要なものは戦力となる聖騎士であり、王国を失った今、行政を担う枢機卿や大司教の重要性は低い。
また、懸案であった
天馬騎士たちは急遽脱出を命じられたため、家族を置き去りにせざるを得ず、そのことに不安と不満を感じていた。
(これで天馬騎士たちも落ち着くだろう。だが、財産を持ち出せなかったのは痛い。これでは枢機卿らと同じ不満を感じてしまうだろう……)
ラントは敵前逃亡した天馬騎士に対し冷淡な態度を取った。そのため、人道的な観点で天馬騎士の家族と家臣の一部の脱出は認めたものの、財産については枢機卿たちと同じ扱いにしている。
これはラントが意図的に行ったことで、聖騎士と天馬騎士の間にも楔を打ち込むためだった。
それでも主力である聖騎士がすべて自分の下に向かったと聞き、安堵する。
(天馬騎士だけでは各国に対して主導権が取れなかった。竜騎士が参戦しない以上、聖騎士が最強戦力であることは誰もが認めるところだ。王国を取り戻すための戦いで我が意が反映されないのは避けたかったから助かった……)
聖騎士は騎兵としての能力と魔術師の能力を持つ万能戦闘ユニットだ。
騎兵としての能力も高く、その突進力は平地においてオーガの上位種、ハイオーガに匹敵すると言われている。
それから続々と聖騎士や枢機卿たちが到着した。
それに伴い、聖都ストウロセスの情報も入ってきた。
「……聖都ではクラガン司教が中心となり、徐々に秩序を回復しております。魔族に対する反発も少しずつではございますが、消えているように感じました……」
「……食料の供給も思った以上に円滑で、民たちの不満は消えつつあります。逆に物価も安定し、魔帝に対する評価が上がっているようでした……」
「……犯罪者の摘発率も高く、魔族軍の兵士たちに対する恐怖もほぼ消えております。義勇兵の家族ですら、規律正しく任務に励む鬼人族戦士に心を開き始めておりました。逆に
これらの情報はラントがあえて聖王の耳に届くよう広めたものだ。
毎日のように到着する枢機卿たちから帝国の支配が強まる状況が報告されていく。そのことに、聖王と側近たちは頭を抱えていた。
「魔帝ラントは本気で支配する気のようだな」と聖王が呟く。
枢機卿であるフェルディが困惑の表情を浮かべている。
「陛下のおっしゃる通りです。しかし、これほど人心掌握が上手いとは……確かにサードリンやナイダハレルでも民たちに取り入っておりましたが、大聖堂のお膝下、聖都市民までもが靡き始めるとは……」
レダイグ大司教が懸念を示す。
「戦死した義勇兵の家族ですら取り込まれようとしております。時間は我々にとって敵と考えた方がよいのではありませんか?」
その言葉に聖女であるクーリーが反論する。
「大司教はそうおっしゃいますが、すぐに動くことは難しいのではありませんか?
「クーリー殿の言う通りだが、下手に動けばバーギ王国のように我々から離れてしまう。こちらからはあまり強く出ず、各国と連携を取っていくことが肝要かと」
レダイグの言葉に聖王は頷いた。
「では、ここにいるよりも首都であるポートカダムに向かうべきですな」
フェルディがそう言うと、聖王は大きく頷いた。
「各国には天馬騎士を派遣しつつ、ポートカダムに向かおう。早急にダムド代表に会い、更なる協力を依頼した方がいいだろう」
六月二十二日、聖王は聖騎士や枢機卿たちには船での移動を指示した後、天馬騎士団と共にポートカダムに向かった。
ポートカダムはグレン大陸最大の貿易港で、カダム連合の首都である。
カダム連合は商人たちが作った商業国家であるが、温暖な気候と広大で肥沃な農地を持つ農業国家でもある。
ポートカダムに到着した聖王たちは物が溢れる港に驚きつつも、行政府のある中央地区に向かった。
中央地区には巨大な城のような連合議会堂の建物があり、その中に代表官邸がある。
先触れを出していたため、すぐに高価そうな絵画や彫刻などが飾られた豪華な応接室に通される。
そこにはでっぷりと太った禿げ頭の男が、いかにも商人という感じの笑みを浮かべて待っていた。
「ようこそお越しくださいました。船旅でお疲れでしょう」
それに対し、聖王は笑みを返すことなく、ソファに座ると、すぐに本題に入った。
「ダムド代表には忙しいところ、無理な面会を頼み、申し訳ない。だが、人族の存続にかかわる重要な案件であり、早急な対応が必要なのだ。その点は理解してもらっているだろうか」
聖王の言葉にダムドは大袈裟に頷く。
「もちろんです。それを理解しているからこそ、我が国は他国に先駆けて軍を送ったのですぞ」
「確かに間に合ったのは貴国とバーギ王国のみだ。まあ、バーギ王国は飛竜騎士団の大半を失い、戦意を失った。人族最強を喧伝していたのに情けないことだ……」
愚痴が長引きそうだと感じたダムドは本題に入るよう促す。
「それで聖王陛下のお話とはどのようなことなのでしょうか?」
そこで聖王は頷き、本題に入る。
「魔帝ラントはこれまでの魔帝より厄介だ。エンシェントドラゴンたちを力で従えるほどの力を持ち、千里眼のような遠方、あるいは未来を見通す能力を持っているらしい」
ダムドは衝撃を受け、張り付けていた笑みを思わず消してしまう。
「龍を従え、未来を見通す……で、ございますか?」
「その通りだ。それ以上に厄介なのは以前の魔帝であれば戦術など使わず力押ししてきた。だが、魔帝ラントは我が国の優秀な指揮官が考えた戦術を、ことごとく打ち破っている。奴を早期に打ち倒さなければ、この世界は魔族のものとなってしまうだろう……」
聖王の言葉にダムドは言葉を失った。
「魔帝ラントを打ち倒すためには、各国の力が必要だ。しかし、小出しにしては駄目だ。我ら人族の力を結集し、叩きつける必要がある。そのためにまずは各国の全権大使を集める必要がある。使者として我が国の天馬騎士を派遣しているが、貴国にもいろいろと骨を折ってもらわねばならん」
ダムドは聖王の話に圧倒され、いつもならのらりくらりとかわすのだが、そのまま話に流されてしまう。
「骨を折るとは?」
「我が神聖ロセス王国に入るには貴国かバーギ王国からとなる。バーギ王国は恐らく協力しないだろう。つまり、貴国に連合軍を集めることになる。食料や宿営地などの手配を頼むことになるだろう」
「どの程度の規模になるのでしょうか?」
「最低でも二十万、できれば三十万は集めたい」
「さ、三十万人でございますか! そ、それは……」
カダム連合の人口は六百万人。その人口の五パーセントにも及ぶ軍隊を受け入れろという要求にダムドは頭を抱える。
「各国から軍が集まるとしても時間が掛かる。準備の時間は充分にある」
「費用はどうなるのでしょうか?」とおずおずと聞く。
「費用? 人族の存続に関わる状況で金の話をするのかね?」
聖王に睨まれてダムドは「申し訳ございません」と頭を下げるしかなかった。
聖王たちが去った後、ダムドはこの状況をどうすべきか頭を悩ます。
(恐らく三十万の兵士の維持費は我が国が負担することになる。早期に戦いが終わればよいが、各国の軍を誰が指揮し、どこから進攻するのか……それが決まるまでにどれほど時間が掛かることか……)
そこでラントの能力のことを思い出し、疑念が沸き上がる。
(そもそも勝てる相手なのか? 勝てぬのなら大人しく降伏した方がマシだ……だが、それを言い出せば、聖王たちが騒ぐ。トファース教を敵に回すのは人族全体を敵に回すこと。商売に影響が出ると、
ダムドは対応策が思いつかないまま、聖王の求めに従って準備を行うよう部下に命じた。
ここポートカダムにもグラント帝国の諜報員が潜入しており、この情報を報告すべく、行動を開始した。遠方にあるため、タイムラグはあったが、聖王とカダム連合の動きは逐一ラントに報告されることになる。
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