第36話「弁務官」
六月十六日の夜。
明日の出発を前にして、ラントは聖都ストウロセスで活躍した諜報員、ヴァンパイアロードのアードナムとアークデーモンのルッカーンを天幕に呼んだ。
カダム連合軍が聖都から退去したことで任務完了となり、アードナムはカダム連合の関係者の記憶を操作し、自分たちの関与の証拠を消した。
これによってすべての任務を終えたと安堵していたところでの呼び出しに、何か不手際があったのかと不安を感じている。
その場には彼らの上司である天魔女王アギーの他に、神龍王アルビン、鬼神王ゴイン、巨神王タレット、魔導王オードと聖都にいる八神王が揃っていた。
帝国の重鎮たちが揃っていることに、アードナムらは緊張するが、ラントが柔らかい笑みで迎えると、僅かに緊張がほぐれる。
「ここに呼んだのは諸君らの働きに対し、改めて礼を言いたかった。今回の王国攻略作戦の勲功第一位は君たち二人だ」
実戦部隊がいる中、戦闘に参加していない自分たちが勲功一位と聞き、二人は驚愕して言葉が出てこない。
「それはおかしいのではないか」
二人が答える前にアルビンが不機嫌そうに言った。
更に駆逐兵団長であるゴインと轟雷兵団長であるタレットも不満そうな表情を見せている。
「確かに広大な王国の領土を瞬く間に制圧した天翔兵団の働きは目を見張るものがある。多くの犠牲を出しながらも戦い抜いた駆逐兵団、轟雷兵団に対しても、私の命に従って敵を打ち倒したことは高く評価している」
その言葉に三人が頷く。
「しかし、この二人の活躍はそれを上回るものだと確信している。彼らの働きによって、王国民が早期に抵抗を諦め、無益な戦闘を回避することができた。これほど早く王国を掌握できたのは彼らの功績が一番大きいと私は思っている」
「我らの働きで王国の者どもの戦意が落ちたのではないか」
アルビンの言葉にラントは小さく頷く。
「もちろんそれもある。だが、それをより効率的に行ってくれたのが、この二人なんだ。それだけではない。私が彼らを高く評価するのは私の命令が届かない状況であっても、私の考え、すなわち目的を理解し、自ら策を講じて実行し、成功に導いてくれたことだ……」
そう言いながら、アードナムたちのところに歩いていく。
「私が帝国に召喚されてから常に気になっていたことがある。それは魔帝の命令を絶対視し、それに従ってさえすればいいという考えだ。この二人はそれを打破してくれた。このことは他の者の範となると私は高く評価している」
「つまり我らは陛下の命令に従って武功を上げたが、この者らは自分で考えて陛下が認める功を上げたということか……なるほど。それならば納得するしかないな。アードナムとルッカーンよ。言いがかりをつけて済まなかったな」
気位の高い神龍王が魔帝以外に謝罪したことに全員が驚く。
そのことに気づいたアルビンは照れ隠しのように不機嫌そうな表情を浮かべている。
「本来なら帝都で行われる戦勝式典で発表すべきだが、二人にはここストウロセスに残ってもらおうと思っている……」
「吾輩たちがここに……し、失礼いたしました!」
アードナムは驚きのあまり魔帝であるラントの言葉を遮ってしまった。すぐに気づいて謝罪する。
「そうだ。私はトファース教の指導者、クラガン司教に約束した。私の信頼する臣下をここに残していくと……本来であれば、八神王のいずれかを残すべきだろう。それほど重要な任務なのだが、聖王を初めてとする人族の動きが分からぬ以上、八神王をここに置いておくわけにはいかない。そう考えた時、最初に頭に浮かんだのが、君たちなんだ……」
雲の上の存在である八神王の代わりと言われ、二人は目を丸くしているが、そこまで高く評価されていることに感動し、身体が打ち震えて言葉にならない。
「君たちが故郷に凱旋できなくなったことは本当に申し訳ないと思っている。しかし、カダム連合の関係者を操った手腕、彼らを通じて得た情報の多さと正確さを考えると、君たちが適任なんだ。もちろん、定期的に故郷に帰還できるよう手配するつもりだ。私のためにもう少しだけ我慢してくれないか」
そう言って二人の肩に手を置いた。
「もったいないお言葉でございます!」とアードナムが叫び、更に普段冷静なルッカーンも「御意……」と嗚咽を漏らしながら答える。
「あなたたちが羨ましいわ。これほど陛下に信頼されているのだから」
アギーの言葉に他の八神王たちも頷いている。
「アードナムは高等弁務官として旧神聖ロセス王国の行政を、ルッカーンはストウロセス駐留軍司令官となり、旧王国軍の指揮を任せる。いずれも人族を相手にするという面倒な仕事だが、君たちなら私の期待に十分応えてくれると信じている」
アードナムたちは言葉にならず、「「御意」」とだけ答えることができた。
高等弁務官はクラガン司教に協力して旧神聖ロセス王国の行政を円滑に回す重要なポジションだ。政教分離を見据えながら、帝国の支配下に完全に組み込むための下準備が求められることになる。
ルッカーンは旧王国軍の守備隊など、人族の常備軍の指揮権が与えられた。
ラントは帝国軍が国土の防衛、旧王国軍が治安維持と役割を分担させることを考えており、軍司令官というより警察機構の長のイメージだ。
これは言葉が通じない帝国軍より、今までと同様に守備隊が町や村の治安を守る方が、トラブルが少ないと考えたためだ。
「急な辞令ですまないが、私に代わってここを治めてほしい。明日は私の考えをじっくりと伝えるつもりだ。では、よろしく頼む」
話が終わり、アードナムとルッカーンはラントの天幕から退出した。
自分たちに与えられた天幕に向かう途中、アードナムが突然立ち止まる。
「吾輩は夢を見ていたのだろうか」
アードナムの言葉にルッカーンが律儀に答える。
「うむ。貴殿の言いたいことはよく分かる。我も未だに信じられぬ」
「勲功第一位ということも驚かされたが、信頼する臣下として最初に名が浮かんだとおっしゃられた時、吾輩の頭は真っ白になった」
「同感だ。陛下のご信頼にどう応えるべきか、身体が震えて仕方なかった」
アードナムはその言葉に大きく頷いている。
「陛下がいつまでもここに滞在できないというのは理解できる。しかし、陛下に代わりここを治められるのは天魔女王様しかおられぬと思っていた。それが吾輩たちに……未だに信じられぬ……」
「だが、陛下の命を受けたことは間違いない。そのご信頼に応えるため、どうすべきか考える必要がある」
ルッカーンが強い口調で宣言すると、アードナムも「その通りである」と頷く。
「明日には陛下より直々に御心うちを明かしていただける。だが、その前に我らでも考えをまとめておいた方がよいのではないか」
「真にその通りだ、ルッカーン殿。貴殿はいつも冷静で頼りになる」
二人はいずれも睡眠を必要としない種族であり、朝までこれまで得られた情報やラントの考えを整理していった。
翌日、二人はラントのところに呼ばれ、ストウロセスでの任務について、その目的などについて説明を受けていった。
説明を終えた後、ラントは二人を褒め称える。
「やはり私の目に狂いはなかったよ。正直なところ、出発を数日遅らせねばならないことも覚悟していた。だが、これほどの準備をしてくれたから、予定よりも早く説明が終わったほどだ。これならば、明日出発しても不安は全くない」
「ありがたきお言葉です」とアードナムが答える。
ラントは二人を立たせ、一人ずつ手を取り激励していった。
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