第22話「聖都攻略作戦開始」
ラントは神聖ロセス王国の聖都ストウロセス攻略に取り掛かった。
聖都の城壁が見える場所で陣を張ると、主だった者たちを集め、今後の方針を説明する。
「今回の聖都攻撃の目的だが、町の攻略ではない。トファース教の権威を失墜させることにある」
「ということは町に攻撃は加えないということか?」
神龍王アルビンがラントの言葉を遮って発言する。
その態度に三人の八神王、鬼神王ゴイン、巨神王タレット、天魔女王アギーの表情が厳しくなる。他にも側近や護衛たちも眉を顰めていた。
そのことに気づいたラントは、気にしていないとでもいうように笑みを浮かべる。
「神龍王の言う通りだが、それだけじゃない。更にこちらの包囲網にあえて隙を作ってやる。神龍王よ、その意味が分かるか?」
アルビンはその問いに咄嗟に答えが出てこない。
「うむ……隙を作るか……逃げ出す奴が出てくるということだな……」
アルビンは何とか答えを出すが、その苦心している様子にゴインたちが僅かに留飲を下げている。
「その通りだ、神龍王。では天魔女王よ。それが誰か分かるかな?」
アギーは意見を求められたことで満面の笑みを浮かべる。
「聖王とトファース教の指導者たちですわ。民を見捨てて逃げ出せば、トファース教の権威は確実に落ちますから」
アギーの答えにゴインたちも納得の表情を浮かべている。
「さすがはアギーだ。私の考えをよく理解している」
ラントはそう言ってアギーを褒める。
「だが陛下。聖王が逃げ出すもんなんだろうか?」
ゴインが疑問を口にした。それにタレットも同意するように頷く。
「仮にも王と呼ばれておるのです。隙を作ったとしても、そのような無様なまねはせぬのでは?」
二人の疑問にラントはよく気づいたとばかりに頷く。
「二人の懸念は私の懸念でもある。正直なところ聖王の性格が分かっていない。ただ諜報員のアードナムが得た情報では高潔な人物とは言えないようだ。それでも王としての責務を放り出すほど無責任とは限らないのだが、それについては考えがある……」
そう言うと、アルビンを始め、全員がラントの言葉に集中する。
「……聖王と教団の指導者たちが降伏したとしても、無差別殺人を命じた罪で罰を与えると伝える。ロセス神兵隊の前例に倣えば、死刑が妥当だと気づくだろう。命を惜しむような輩であれば、この時点で脱出を考えるはずだ」
「なるほど。だが、死をもって責任を取ると言ってくるような者であったらどうするのだ?」
アルビンの問いにラントは小さく首を横に振る。
「それはない。自分を批判しただけで市民に慕われる聖職者を投獄するような男だ。我が身が危うくするようなことは言わないだろう。ただ、自分の名誉を守るために落としどころを探ることは充分にあり得る。そこで更に追い詰める策を考えている」
「その策とは?」とアギーが前のめりで聞く。そのため、深い胸の谷間が視界に入り、ラントは少しだけ顔を赤らめながら説明する。
「聖都には十三万人くらいの一般市民と兵士三万人ほどがいるらしい。そんな大人口を抱えた都市が封鎖されれば、すぐに食料が尽きる。市民たちは当然聖王に食料の配給を要求するだろう。だが、食料は既に底を突いている。聖王は要求を突っぱねるしかなく、暴動が起きるだろう。それも大規模な暴動が」
「つまり、すぐに降伏しなくても、いずれそうせざるを得なくするということですね。死ぬのが嫌なら逃げるしかない。そのように追い詰めると。さすがは陛下ですわ!」
アギーが絶賛すると、他の八神王たちもラントを尊敬の目で見つめる。
「その通りだ。聖王たちがそのことに気づき、隙を見せれば必ず脱出しようとするだろう。だが私はあえて見逃してやるつもりでいる」
「捕まえずに見逃すのか。それはなぜなんだ、陛下?」
ゴインが納得しがたいという顔でラントを見る。
「聖王たちを殉教者にしないためだ。殉教者では美化されかねないが、逃げ延びて生き恥を晒し続けてくれればそれを防ぐことができる。彼らは特権意識の塊だ。どこに行こうがその考えは捨てきれないだろう。そうなれば、聖王の、そしてトファース教の評判は必ず落ちる」
「阿呆どもをあえて生かして失敗させるのか。陛下は相変わらず恐ろしいことを考えるな」
ゴインはそう言って笑う。
「それに彼らがいない間に、私がこの国を掌握し、民たちから忠誠を勝ち取るつもりだ。我が国に属することで確実に生活の質が向上するなら、トファース教の神を必要としなくなるかもしれないからな。まあ、この点はどうなるか自信はないんだが」
ラントはトファース教の教えが思った以上に浸透している場合、政治に関与したり、過激になったりしなければ、信仰を認めるつもりでいる。その場合、聖王のような俗物ではなく、本物の聖職者に教団を指導させようと考えていた。
「いずれにしても、我が軍がやることは包囲のみだ。王国軍が打って出てくることはないと思うが、油断だけはしないようにしてくれ」
それだけ言うと、方針の説明を終えた。
その後、バーギ王国の飛竜騎士団を解放する。
「飛竜騎士団はこの時をもって自由だ。以前も言ったが、我が軍に挑むもよし、祖国に帰還するもよし、好きにしてくれていい」
ラントの言葉に騎士団長であるマッキンレー将軍は深々と頭を下げた。
「我が騎士団は陛下及びグラント帝国に対し、二度と剣を向けることはありません。この後は聖都に一度入り、聖王陛下に事情を説明した後、祖国へ帰還したいと考えております」
ラントはその答えに満足する。
「海沿いの町であれば立ち寄ることを認めよう。今更警告は不要だと思うが、我が領地で騒ぎを起こせば、騎士団だけでなく、バーギ王国自体も灰燼と化すと胆に銘じてくれ」
「はっ!」とマッキンレーは答え、ラントの後ろにいるアルビンの姿を見て僅かに震える。
「聖王に謁見するなら、一つだけ頼みがある」とラントが思い出したかのように付け加える。
「どのようなことでしょうか」
「伝言を頼みたいだけだ」
ラントは大したことがないとでもいうように笑みを浮かべているが、マッキンレーは「はっ! その伝言とは?」と生真面目そうな表情で答える。
「簡単なものだ。聖王及びトファース教団と王国軍の上層部にはナイダハレルとサードリンでの無差別殺人を命じた、もしくは関与した疑いがある。降伏したとしてもその裁きはきちんと受けてもらうと伝えてくれればいい」
「承りました」といって、マッキンレーはその場を後にした。
飛竜騎士団のほとんどは聖都に入らず、マッキンレーと側近だけが聖都に向かった。
聖都に入ったマッキンレーらは神聖ロセス王国軍の駐屯地に着陸すると、両手を上げて敵対する意思がないことを示す。
聖王は不機嫌そうな顔でマッキンレーを睨む。
「魔族軍と行動を共にしておったようだが、どういうことなのだ、マッキンレー将軍?」
マッキンレーは聖王に頭を軽く下げると、自分たちの身に起きたことを話していった。
「我が騎士団はグラント帝国の帝都フィンクランに奇襲を仕掛けました。しかし、そこには魔帝ラント陛下率いる魔獣部隊が待ち構えており、我が騎士団は手も足も出ず四分の三を失いました。私を含む生き残った者はラント陛下の温情により、生かされたにすぎません……」
聖王は飛竜騎士団が手も足も出なかったという話に驚きを隠せない。
「聖王陛下に申し上げる。ラント陛下には千里眼のような特殊な能力があると推察されます。そうでなければ、貴国に侵攻していた陛下が我が騎士団の奇襲に間に合うはずがないからです……」
「千里眼だと……」と聖王は呻くように呟く。
周囲にいる側近たちも青ざめた顔で聞いているが、マッキンレーはそれに構わず話を進めていった。
「……また、エンシェントドラゴンを始め、強力な魔物たちがラント陛下に忠誠を誓っております。それより考えられることは、ラント陛下が龍たちを圧倒的する戦闘力をお持ちだということでしょう。そのような存在と我が国は戦うことはできぬと我が主君には上申する所存。よって、我ら飛竜騎士団はこの地より撤退いたします。此度はそのことを申し上げに参りました」
頼みの綱であった飛竜騎士団が壊滅に近い状態で、更にバーギ王国の参戦もなくなると聞き、聖王は言葉にならない。
聖王に代わり、側近のレダイグ大司教がマッキンレーに質問する。
「魔帝が千里眼を持っているというのは真のことなのでしょうか? 魔帝ラントは狡猾な男です。騙されているのではありませんか?」
「では逆にお尋ねしたい。我ら飛竜騎士団が王都アバーティーナを発したのは五月十八日。アバーティーナとラント陛下がいらっしゃったテスジャーザは直線でも五百マイル(約八百キロメートル)以上離れております。更にテスジャーザと帝都は三百マイル(約四百八十キロメートル)以上離れており、これだけの距離でどうやって察知し、先回りすることができるのか、ご教示いただきたい」
「そ、それは……」
「更に言えば、我が軍がフィンクランに奇襲にしたのは二十一日の朝。既にこの時、ラント陛下は蒼龍に乗り、我らを万全の態勢で待ち構えておられました。我らの進軍速度なら視認してから飛び立とうとしても空に上がることすら難しく、万全の態勢で待ち受けることなど不可能です」
「では、魔帝ラントは未来が見える、もしくは遠く離れた場所での出来事を知ることができると」
レダイグが絞り出すようにそう言うと、マッキンレーは首を横に振る。
「正直なところは分かりません。ラント陛下も明確には教えてくださいませんでしたから。ですが、事実から推察するに私の考えが大きく外しているとは思えないのです」
聖王たちは言葉が出なかった。
「最後にお伝えすることがございます。聖王陛下及び王国軍を含む教団の上層部の方に無差別殺人に関与した疑いがあるため、降伏後にその裁きを受けてもらうと、ラント陛下はおっしゃっておられました。では、私はこれにて」
マッキンレーはそれだけ言うと謁見の間から出ていった。
「どうすればよいのだ……逃げることも降伏することも叶わぬ……」
残された聖王は絶望に顔を歪め、独り言を呟いていた。
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