第37話「兵士たちの戦い」
俺が義勇兵になろうと思ったのは一月の下旬頃、
聖都生まれの俺にとって、聖堂騎士団は憧れの存在だ。
子供の頃には騎士団に入って騎士に叙任されることを夢見たくらいだ。まあ、これは少年なら誰でも一度は夢見ることで、俺だけが特別じゃない。もっとも鑑定で武術の才能がないって言われたら、すぐに諦める程度の夢だったが。
幼馴染のジャックと共に、親に黙って騎士団本部に行き、その場で志願した。
帰ってから親父に「馬鹿野郎!」と言って殴られ、お袋に泣かれた。
「魔族に殺されちまうんだよ、トム! すぐに取り消してきておくれ!」
「俺も十六歳になったんだ! 自分のことは自分で決められる!」と啖呵を切ると、荷物をまとめて家を出ていった。
最初の一ヶ月は思っていた訓練とは違った。
ただひたすら走り、重い剣や槍を振るだけだった。途中で才能のある奴らが別の訓練に回ったようだが、俺のように才能のない奴は凶悪な人相をした教育係の従士に追い回される毎日が続いた。
三月になった頃、俺たちは迷宮に入るようになった。
ここでも腐れ縁なのか、ジャックと一緒だった。奴には剣と盾、俺には槍を与えられた。
迷宮は思いのほか楽しかった。現れる魔物は恐ろしかったが、倒すとレベルが上がり、自分が強くなっていくことが実感できたからだ。
四月に入ると迷宮での訓練が終わり、正式に聖堂騎士団の兵士に取り立てられた。
それも“聖トマーティン兵団”という特別な部隊で、兵団長には俺でも名前を知っているペルノ・シーバス卿だった。
シーバス卿が兵団長と聞き、俺たちは歓喜した。魔族との戦いで多くの武勲を上げている英雄で、次の聖堂騎士団の団長になると言われている方だったからだ。
俺たちは義勇兵に過ぎないが、期待されていることは間違いない。
そのことは結成式でも感じられた。
結成式は四月六日に行われたが、そこに聖王陛下がご来臨下さり、直々にお言葉を賜った。
「諸君らはこれより“聖トマーティン兵団”の一員として、魔族討伐の任に当たってもらう! 知っての通り、聖トマーティンは嗜虐帝ブラックラを倒した勇者の名である! この名に恥じぬよう、我が国を守護してほしい!」
そのお言葉に俺たちは大きな歓声をもって応えた。
その後、テスジャーザ防衛を命じられ、行軍を開始した。街道では多くの一般市民が俺たちに手を振り、祝福してくれる。
今思い返すと、この時が俺たちにとって一番いい時だったようだ。
テスジャーザに近づくにつれ、王国軍が魔族を倒すために市民を犠牲にし、聖職者たちは我先に逃げ出したという噂を聞くようになる。そして、俺たちに対し冷たい視線を送ってくる者が多くなった。
テスジャーザに到着するとそれは更に酷くなった。
町の中で休めるかと思ったら、領主は俺たちが町に入ることを拒み、城壁の外で野営することになったのだ。
誰のために戦いに来たと思っているのかという憤りだけが強くなっていく。
兵団長から市民を強制的に避難させるようにという命令が来た時には、俺たち全員が喜んだ。あの無礼な奴らを叩き出し、空いた家で休めると思ったからだ。
しかし、それは叶わなかった。
兵団は避難民の護衛組とテスジャーザで魔族を迎え撃つ組に分けられた。
俺は魔族を迎え撃つ方に入ったが、その時は運がいいと思っていた。しかし、これも間違いだった。
住民たちを追い出した後、俺たちは罠の設置に駆り出された。
重いバリスタを集合住宅の二階や三階に運び、更に町中から集めた油の樽を建物の中に運び込んでいく。
他にも何に使うのか分からない葉っぱらしいものが入った袋を大量に運ばされた。
その作業が終わったところで、今度は下水道に潜めと命じられる。
下水道は鼻が曲がりそうになるほど酷い匂いで、最初のうちは食事を口にする気にならず、眠るのにも苦労するほどだった。しかし、人間というのは慣れるもので、一日も経つと普通に食事をし、眠ることができるようになっていた。
下水道では隊長から町の地図を見ながら、戦い方のパターンをいくつも覚えさせられた。
俺とジャックが配置されたのは東地区で、敵の攻撃の可能性が最も高いところだった。
「どんな魔族がここに来るのかは分からん。だが、兵団長閣下はここに敵の主力、巨人が来る可能性が高いとおっしゃっておられる。我々はその巨人を倒し、敵の戦意を挫く!」
千人隊長がそう言って俺たちを鼓舞する。
五月十五日の午後、魔族がやってきたという情報が俺たちの下にもたらされた。
喜びのあまり声を上げそうになったが、伏兵であることを思い出し、声は抑える。
その日の夜、隊長から決戦は明日の昼頃と伝えられ、少し豪華な食事と一杯だけだが酒がもらえた。
「臭くなければ最高なんだがな」と俺が呟くと、ジャックも頷く。
「そうだな。まあ、勝てばもっといい酒がもらえるだろう」
「それにしてもようやく戦えるんだな。それも相手は巨人らしい。巨人を倒せば英雄だぜ。騎士に叙任されることは間違いないな」
「巨人殺しか……帰ったら英雄だな、俺たちは」
ジャックとそんな話をしながら夜を過ごした。
この時、俺たちは戦いというものを、そして、魔族という存在のことを何も知らなかった。
翌朝、食事の後に俺たちは以前運び込んだ謎の葉っぱに火を着ける作業を命じられた。
「火を着けたらすぐに部屋から出るんだ。こいつを燃やした時に出る煙や灰は猛毒だからな。間違っても吸い込むなよ!」
そんな恐ろしいものだとは知らなかったから驚くが、すぐに罵声が飛んでくるため、慌てて作業を始める。
窓は完全に閉められ、更に泥を塗って目張りがしてあるため、中は真っ暗だ。ランプの弱々しい光を頼りに作業を行った。
作業が終わると、再び下水道に入る。但し、寝泊まりしていた場所ではなく、攻撃に出るための出入り口付近だ。
「お前たちにはこれを渡す」と言って、隊長が小さなポーションの瓶を渡していく。
「そいつは迷宮産の猛毒だ。剣や槍の先に塗って巨人を傷つけろ。一度や二度では無理かもしれんが、何度か傷つければ毒が回るはずだ」
俺にも一本与えられた。
「トムは槍だからいいな」とジャックが言ってきた。剣は間合いが短いからだろう。
そんな話をしていると、門の方からドンドンという音が響いてきた。
「奴らが門を破壊しようとしているんだ。そろそろ出番だぞ」
そのすぐ後にドーンという大きな音が聞こえた。
上にいた監視役の兵士が「門を破られた! 奴らが入ってくるぞ!」と叫ぶ。
「事前に説明した通り、我々の出番は魔術師隊の後だ。敵が混乱したら毒を食らわせ、そのまま地下に逃げる。間違ってもその場に留まるなよ。巨人にペシャンコにされてしまうからな」
その時は隊長が冗談を言ったのだと思っていた。
ドシンドシンというゆっくりとした低い音が近づいてくる。
「魔術師隊が攻撃を開始した! 突撃準備!」
槍の先に毒を塗り、息を潜める。五分ほどすると、低い音は止まり、上の方から巨人たちの苦痛に満ちた咆哮が聞こえてきた。
「突撃!」という隊長の命令で、俺たちは階段を駆け上がる。
建物の地下に出た後、更に一階に上がり、ドアを蹴破って大通りに出た。
そこで俺は思わず息を呑む。
目の前には大聖堂の柱より太い足があったからだ。
首が痛くなるほど上を見上げると、三階建ての屋根より高い位置に巨人の顔があり、俺たちを見下ろしている。
目が合ったと思った直後、俺の目の前に馬車よりでかい足が降ってきた。
先頭を走っていた隊長が隣にいた兵士と一緒に踏みつぶされた。
(こんな奴に勝てるわけがねぇ! 逃げなければ……)
俺は攻撃することなく、大通りの反対側にある建物の中に逃げようと走り出した。
しかし、その建物は暴れる巨人に蹴られ、入口が大きく崩れていた。
「助けてくれ!」と恥も外聞もなく、叫びながら巨人の足元を走る。
後ろには俺と同じように必死の形相で逃げるジャックの姿があった。奴もこんな化け物と戦えないと思ったのだろう。
周囲を見ると、まじめに戦っている奴もいるが、大半は俺たちと同じように逃げまどっているだけだ。
巨人たちは虫を踏み潰すかのように義勇兵たちを殺していく。
その時、まだ崩れていない建物を見つけた。
「あそこに逃げ込むぞ!」
後ろにいるジャックにそう叫び、半開きになった扉にぶつかりながら建物の中に飛び込む。
何とか生き延びたと思って後ろを振り返った。
「ジャック! ここだ!」と叫ぶと、奴も俺と同じように入り口に飛び込もうとした。
その時、奴に影が落ちた。そして、ドシンという音と共に巨大な足が振り下ろされる。
「ジャック!」と叫ぶが、巨人の足の下から真っ赤な血が流れ、奴が殺されたことが分かった。
俺はやけくそになり、持っていた槍をその足に投げつけた。
神が味方してくれたのか、俺の槍は見事に巨人の足に刺さる。
「ざまぁみろ!」と言った瞬間、天井が落ちてきた。
よく分からないが、巨人が倒れて家が潰れたのだろう。
瓦礫となった天井や壁が俺を押し潰そうと迫ってくる。
「母ちゃん! 助けて!」
俺は子供のようにお袋に助けを求めることしかできず、志願なんてするんじゃなかったと後悔しながら、落ちてくる瓦礫を見つめていた。
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