第36話「王国軍の反攻作戦」
時は五月九日に遡る。
神聖ロセス王国の
「迎え撃つにしても具体的にはどうするのだ?」
シーバスの問いにアデルフィは静かに答える。
「罠を張る前にやることがあります」
「やることとは?」とシーバスは首を傾げる。
「魔帝ラントは間者を用い、情報収集と共に情報操作も行ってきます。まずは魔族の間者を排除しなくてはなりません」
「それは分かるが、どうやるのだ? 間者狩りなどやったことはないが」
シーバスは聖堂騎士団の指揮官としての経験はあるが、防諜対策については素人だった。
「私もやったことはありませんが、魔帝は住民の中に間者を潜ませているのではないかと考えております。そうであるなら、住民をすべて町から追い出せば、間者も出ていかざるを得なくなります」
「確かにそうだな。どうせここを戦場にするなら、民たちは避難させねばならん。それが間者を追い出すことになるなら一石二鳥というものだろう。まあ、反発は大きいだろうが」
そう言ってシーバスは笑う。その笑いはやるしかないという諦観から生まれたものだ。
「それだけでは不十分でしょう。魔族には幽体のアンデッドがいます。奴らは壁があっても関係ありませんから、自由に入られてしまい、設置した罠が筒抜けになる恐れがあります」
「なるほど」
「幸いなことにここテスジャーザは対魔族戦を想定し、警戒用の結界を張ることができます」
「だが、あれは専門の魔術師が必要なのではなかったか?」
「私もここに配属になったことがありますから、そのことは存じております。ですが、それはどこに侵入者があったかを判別するために必要だったはず。今回は結界があるという事実が重要なのです」
「どういうことだ? それでは結界を抜けてこられたら意味がないのではないか?」
「いいえ。魔帝ラントなら、結界の存在を知った後に強引な突入は命じないでしょう。結界を通過した後にその侵入者が倒される可能性があるので」
「魔帝ラントは部下を大事にすると言った話がここで役に立つわけか……よろしい。結界の起動を許可しよう」
こうしてテスジャーザの町を覆う結界が展開された。
結界自体は魔導王オードや天魔女王アギーが予想した通り、魔法陣を利用したもので、数人の魔術師が交代で魔力を供給すれば、連続起動は可能だった。
「間者対策は了解したが、どのような罠を張るのだ?」
「町全体を使った大規模な罠です。町の中に敵を引き込み、大型兵器による奇襲で敵にダメージを与えます。正直に攻撃しても敵に回避されてしまいますから、足止めの罠と併用して成功率を上げる必要があるでしょう」
「だが、魔帝ラントは慎重な男だ。罠があると思えば、そもそも町に軍を送り込まないのではないか?」
「おっしゃる通りです。ですので、この作戦の成功は魔帝ラントをいかに油断させるかが鍵になると考えます。そのためにいろいろなことを考えなければならないと思っています」
「情報を重視し、かつ慎重な男を油断させるか……難しそうだな」
「それでもやらねばなりません」とアデルフィは決意に満ちた声で宣言する。
その後、住民を強制的に避難させる。
その護衛としてテスジャーザなどの守備隊とカダム連合の援軍だけでなく、義勇兵である聖トマーティン兵団も同行していた。
しかし、聖トマーティン兵団五万のうち、実際に護衛として同行したのは三万人だけで、二万人を伏兵とした。
アデルフィはラントが偵察を頻繁に行っていることと住民の中に間者が潜んでいることから、伏兵を見破られないように偽装する必要があると考えた。
彼は住民の中から男たちを強制的に徴集し、輜重隊に組み入れた。そして、輜重隊の兵士を歩兵として行軍させている。
また、男たちに槍と盾を運ぶよう命じ、遠目には護衛に見えるように偽装した。盾を背負い、槍を担ぐようにして持っているだけで軍隊には見えないが、聖トマーティン兵団も訓練が行き届いていないため、同じようにしか見えず、ラントはほとんどすべての兵士が撤退したと思い込んだ。
「伏兵は確保できたが、肝心の罠はどうするのだ?」
「まずスラムにいる貧民たちを集めます。彼らにクロスボウを与えます。ですが、これは囮です」
「囮? 確かに貧民たちではクロスボウを持たせても役には立たんだろうが……」
シーバスも貧民たちが戦えるとは思っていないが、その目的が分からない。
「魔帝ラントは罠があるか、伏兵がいると確信しているでしょう。彼が油断するように伏兵をあえて置くのです」
「なるほど。予想している通りに伏兵がいれば、安心するということだな。だが、貧民の中に間者がいたらどうするのだ?」
「元々城壁の外にいた者たちですから、その可能性は低いでしょう。もちろん、逃げ出さないようにする意味を含め、監視を付けますので情報が漏れる危険は少ないと考えます」
「分かった。で、油断を誘った後は?」とシーバスは本命の作戦を確認する。
「建物の中にバリスタを隠し、地下に義勇兵たちを隠します。これが本当の罠と伏兵です」
「それでは敵の偵察隊に見破られるのではないのか?」
シーバスはラントが偵察隊を出していることから懸念を示す。
アデルフィもそのことは念頭に置いており、淀みなく答えていく。
「バリスタについては賭けです。ただ人がいなければ建物の中すべてを確認するわけにはいきませんから見つからない可能性は充分にあると考えます。伏兵についても建物の地下室では見つかるかもしれませんが、下水道なら深さもありますし、見つからない可能性は高いと思います」
大都市であるテスジャーザには大規模な下水道があった。また、建物には地下室が多くあるため、下水道は比較的深い位置に作られており、地上から探知される可能性は低いとアデルフィは考えていた。
「これだけでは巨人に対して有効な攻撃とはなりません。ですので、毒を使います」
「毒? 確か対魔族用に毒の煙を出す毒草が用意してあったものだな。だが、それほど量はなかったはずだ。どこから攻めてくるか分からぬのに罠に使えるとは思えぬが?」
「おっしゃる通り町中に毒草による罠は張れません。賭けの要素は強いですが、東門付近に設置します。そこに貧民たちの囮を配置しますから、それに対処するため、部隊を派遣する可能性は高いですから。他から侵入された場合は火災を発生させて対応するしかないでしょう」
アデルフィは複数の門から攻めてくると考えていたが、囮を多く配した東門を無視することはないとも考えていた。
「それに本命の毒は兵士たちの剣に塗る迷宮産の物です。巨人たちの視界を毒の煙で塞ぎ、その隙を突いて、迷宮で得られた猛毒を剣に塗って攻撃します。巨人といえども、煙と足元の毒の両方を食らえば、必ず倒せます」
迷宮からは治癒ポーションなどと同じく、毒ポーションが
対魔族戦を考慮しているテスジャーザにもそれらは配備されており、アデルフィはそれを利用することを思いついた。
罠が完成したのは五月十四日の午後だった。
シーバスはアデルフィを呼び出して労った。
「よくやってくれた。君がいなければ私には何もできなかっただろう」
「お言葉はありがたいですが、まだ成功したわけではありません」
「その通りだな。だが、ここから先は私でもできる。君は大至急この町から脱出してくれ」
その言葉にアデルフィは驚く。
「最後まで責任を持ってやらせてください!」
「駄目だ。君は何としてでも生き残り、聖都の防衛を計画せねばならん」
「ですが……」と反論しかけたところで、シーバスは落ち着いた口調でそれを遮る。
「この作戦が成功したとしても勇者が不在では魔帝は倒せん。つまり、魔族の侵攻は止まらんということだ。これは君も理解しているはずだ」
シーバスの言う通り、アデルフィもこの一戦で魔族軍を撤退させることは不可能だと考えていた。
「この作戦の成否については誰かに確認させ、君に報告させる。聖都防衛に役立ててほしいからな」
「閣下……」
アデルフィは敬愛する上司、シーバスがここで死のうとしていると気づき、言葉を失う。
「この作戦の全貌を知る者は君と私だけだ。どちらかが残らねばならん。そして残った方は作戦の成否にかかわらず、敵に捕らえられてはならんということだ。捕らえられれば暗黒魔法で強制的に自白させられるからな」
「では私が……」と言いかけたところでシーバスが首を横に振る。
「先ほども言ったが、私にはこのような作戦は思いつかん。だから生き残るべきは君だ。それに君では聖トマーティン兵団に命令は出せん。出せたとしても彼らが素直に言うことを聞くとは限らん。今回の作戦では指揮官の指示を確実に遂行しなければ失敗に終わる。その点からも私がここに残るしかないのだよ」
アデルフィもシーバスの考えが正しいことは分かっていた。それでも素直に頷くことができなかった。
「早く行け! まだ魔族軍は見えておらんが、いつ来るとも限らんのだ。偵察隊だけなら気配遮断のマントで何とかなるが、町を囲まれたら脱出はさらに難しくなるのだ」
アデルフィはそこで覚悟を決めて敬礼し、その場から立ち去った。
目から涙が溢れ、嗚咽を漏らしながら、アデルフィはテスジャーザの町を後にした。
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