第20話「聖都にて」
一月十八日。
聖都ストウロセスにおいて、勇者候補である人族の戦士、ロイグの身体が突然光り輝いた。
「何が起きた……勇者認定だと……」
ロイグは一瞬呆けるが、すぐに神による勇者認定の光だと気づく。
「オルトの奴が死んだのか……ざまぁねぇな……」
オルトは十年ほど前に勇者に認定されたが、その後、同じ勇者候補だった者たちを見下すような態度が多かった。
ロイグも散々馬鹿にされ、オルトに殺意を抱くほどだった。
彼はすぐにこの事実を教会に知らせた。
その情報を受けた司教はオルトの死に驚くが、すぐにロイグに取り入ろうと笑みを浮かべる。
「ロイグ様、勇者就任おめでとうございます!」
ロイグはそれに鷹揚に頷くと、「上に伝えてきてくれ」と命じた。
「直ちにフェルディ枢機卿猊下にお伝えします」
司教の連絡を受けたフェルディは聖王マグダレーンにその事実を伝えた。
「計画通り勇者オルトが死んだようです。ですが、次の勇者はロイグとのこと。上手くいかぬものですな」
腹心であるフェルディの言葉に、聖王も苦々しい表情を浮かべる。
「オルトも扱いづらかったが、ロイグも面倒な奴だ。まあ、実力的にはオルトより上なのだが……」
直情径行型のオルトと同様、ロイグも似た傾向にあるが、粗暴さはオルトを遥かに超える。
気に入った修道女を無理やり手籠めにする、聖王主催のパーティで酔って暴れるなど、やりたい放題で、聖王は勇者候補であっても処分してしまおうかと何度も考えたほどだ。
ロイグが生き残っているのは、その実力を惜しまれたからだ。
剣聖のスキルを持ち、聖剣サーネイグとの相性がよく、勇者でないにもかかわらず、オルトに匹敵する能力を示していた。
また、神聖魔術も得意で、身体強化くらいしかまともに使えなかったオルトと異なり、攻撃魔法や付与魔法も使いこなしている。
聖王の前にロイグが現れた。
「神のご加護を得たこと、心より祝福する。勇者ロイグ殿」
聖王が敬称を用いたことにロイグは自尊心をくすぐられ、満面の笑みを浮かべる。
「ただ今しばらく、この事実は公表しないでもらいたい。何と言っても勇者オルトが戦死したということは、魔帝討伐軍が敗北したということ。どの程度の損失を受けたのか分からなければ、民たちが動揺するのでな」
「陛下の言いたいことは分かるが……」
ロイグは聖王の言っている意味を理解できたが、すぐにでも勇者として讃えてもらいたかったため、即答できない。
「なに、明後日には結果が分かる。
その言葉でロイグは不承不承だが了承する。
しかし、二日経っても伝令が届かなかった。
ラントの命令によって、討伐軍の天馬騎士は全滅しており、国境に近いサードリンの町まで情報が届かなかったためだ。
翌日の一月二十一日の朝、聖王は情報収集のため、サードリンに天馬騎士一個小隊を派遣した。
町に到着した天馬騎士の小隊長は王国軍の駐屯地を訪れ、情報収集を行った。
王国軍駐屯地の司令官が対応するが、彼は特に気にしている様子を見せない。
「討伐軍は我らのことなど眼中にありませんからな。ハハハ!」
その姿に小隊長は呆れた様子で見つめる。その視線にバツが悪くなったのか、司令官は笑い声を止め、真面目な表情を作る。
「いや、そろそろ食料が心許なくなる頃でしょうから、補給の指示があるでしょう」
小隊長はその事実を聖都に伝えるとともに、部下を率いてブレア峠に向かう街道の偵察に向かった。
そして、すぐに街道に点々と散らばる兵士の死体を確認する。
着陸して調べると、ほとんどの者が凍死していた。食料や野営道具を持たずに逃げ出したため、百二十キロメートルにも及ぶ厳寒の山道を移動することができなかったのだ。
更に調査すると、生き残りの兵士たちを発見する。
小隊長はその兵士たちを尋問した。
「何があった?」
彼らは野営地で捕虜となり、解放された者たちだった。怯えた様子の兵士は自分が知っていることを説明していく。
「勇者様が討ち死にされた後、オーガの上位種が群れを成して襲ってきました。聖騎士様たちは俺たちを見捨てて逃げて……」
そこで相手が聖騎士と同じ
「い、いえ……傭兵隊の隊長だけが何とか時間を稼ごうとしましたが、結局訳の分からんうちに気絶してしまって……」
その後は捕虜となったこと、最低限必要な食料と装備を与えられ解放されたことなどを話していく。
小隊長はある程度話を聞くと、更に生存者を探すため、街道を調べた。
その後発見された生存者はダフの部下であった傭兵団と、ごく少数の山岳地帯出身の者だけだった。小隊長はその生存者たちからも情報を聞き出していく。
その結果分かったことは、前日に輜重隊が消息を絶ったこと、天馬騎士が全滅したこと、逃走中の
これはラントが予め魔獣族の戦士長、カヴァランに指示したことだった。彼は王国の主力であり、機動力に優れた騎兵を潰し、この後の戦略を有利にすることを考えていた。
翌日、天馬騎士たちは聖都に戻り、聖王に状況を報告する。
報告を受けた聖王はその被害の大きさに手に持っていた錫杖を取り落とす。
「五万の討伐軍がほぼ全滅だと……魔族が輜重隊を予め襲った?……魔獣を使って騎士を徹底的に攻撃しただと……どういうことなのだ……」
困惑する聖王に腹心であるレダイグ大司教が話しかける。
「此度召喚された魔帝は侮れぬ者のようです。この事実を公表し、大陸全土の人族の力を結集するしかございません」
その言葉で聖王は気を取り直す。
「いや、そうではないかもしれん。新たな魔帝を守ろうと、魔族どもが力を合わせたのだろう。召喚から僅か三日でまともな指揮が執れるとは到底思えん」
「確かにその通りでございます。もしかしたら、我らが魔族たちの危機感を煽り過ぎた結果なのかもしれません」
「それはあり得る話だな。いずれにしても余が嘆いても失った者たちは帰っては来ぬ。ならば、彼らの犠牲を人族の未来のために役立てねばならん」
聖王はこの惨敗を各国に伝え、危機感を煽ることに使えると思い直した。
すぐに各国に使者を派遣するとともに、聖都において勇者オルトの死と魔帝討伐軍全滅を市民に伝えた。
「勇者オルトは果敢にも魔帝に一騎打ちを挑み、勝利を掴む手前まで追い詰めた! しかし、卑怯にも魔帝は無数の魔物を嗾けた。勇者オルトは多くの魔物を討ち取ったが、その数に押され命を落とした。勇者の仇を取らんと聖堂騎士たちが戦いを挑んだ……」
聖王は目撃者がいないことをいいことに、自分たちに都合のよい話をでっちあげる。
「……聖堂騎士たちは互角以上の戦いを繰り広げたが、魔族どもは後方にいた無防備な輜重隊を襲った。そして、食料が尽きた魔帝討伐軍は有利であったにもかかわらず力尽き、全滅したのだ……」
全滅という言葉に市民たちから悲鳴が上がる。
「……このように新たな魔帝は非情さと狡猾さを持った非常に危険な存在である! 我ら人族の版図を守るため、余、マグダレーン十八世はここに聖戦の発動を宣言する!」
「「聖王陛下、万歳!」」
市民たちの熱狂的な声が響く。
聖戦はトファース教の神の名のもとにすべての人族が一丸となって、魔族に対抗する戦争をいい、三百年前に発動されてから久しく発動されていなかった。
そのため、市民たちも内容はよく分かっていないが、言葉の響きに酔っていた。
「既に各国にも同様の文書を送っているが、増援が来るには時間がかかる。魔族の侵攻を食い止めるため、義勇兵を募るものである! 戦える者は人族の存続のために剣を取れ! 戦えぬ者は彼らのために私財を投げうつのだ! この戦いに敗れれば、我らに未来はない!」
聖王の演説により、若者たちは挙って義勇軍に入った。
また、商人たちは聖職者たちに強要され、多額の寄付をさせられた。
これによって五万人近い兵士が生まれたが、苦々しい思いをしている壮年の騎士がいた。
それは聖堂騎士団の副団長、ペルノ・シーバス卿だ。
彼は今回の魔帝討伐軍派遣にも反対しており、大軍ではなく、少数精鋭の暗殺部隊による魔帝討伐を行うべきと主張していた。
(愚かなことだ。数を集めたところで魔族には勝てん。聖王陛下も枢機卿猊下も戦のことは全く分かっておらん。第一、これだけの大軍を誰が運用するというのだ。といっても私のところに回ってくるのだろうが、面倒なことだ……)
彼の予想通り、義勇軍は彼の指揮下に入ることになった。
碌に剣も振ったことがない素人を兵士に仕立て上げる必要があるが、それ以上に食料や兵舎の手配など頭の痛い問題が山積みだった。
しかし、聖王はペルノに対し、二ヶ月で戦力となるよう命令した。
「僅か二ヶ月で素人を魔族と戦える兵士に仕立てろと。無理をおっしゃられては困ります」
それに対し、聖王は妥協しなかった。
「早ければ二ヶ月後には増援の第一陣が到着するはずだ。それまでに我が国が戦えることを見せねばならん。無理は承知しているが、それでもやってもらわなければならんのだ」
ペルノは頭を抱えながら、訓練計画を作っていった。
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