第18話「尋問」

 ラント率いるグラント帝国軍は神聖ロセス王国軍を完膚なきまでに叩きのめした。


 勇者オルトを倒した後、ネヴィス砦守備隊指揮官であるハイオーガのラディが追撃を開始した。


 ラントはアークグリフォンのロバートに乗り、上空からその様子を見ていた。


 それまで打って出ることを禁じられていた守備隊はそのうっ憤を晴らすべく、王国軍の中を無人の野を行く如く、蹴散らしていく。


 砦から約八キロ先にあった王国軍の野営地に達すると、千人ほどが砦側の入口に防御陣を作って抵抗したが、ハイオーガたちを食い止めることなく、あっけなく瓦解する。


 その後は掃討作戦というより、単なる虐殺だった。

 組織だった抵抗を行うことなく、自暴自棄になった兵士が挑んでくるだけで、降伏することなく、王国軍の兵士は殺されていった。


 野営地から逃げ出した兵士たちもいたが、ラントの命令で騎兵は古龍族や魔獣族の飛行部隊が殲滅し、歩兵も魔獣族の地上部隊に追いつかれ、まともな抵抗もできずに全滅している。


 比較的早期に脱出した部隊と森の中に逃げ込んだ部隊だけが生き残ったが、彼らもラントが追撃を止めなければ全滅していただろう。


 彼は虐殺をやめさせ、捕虜にするよう命じたが、その際も戦士たちは怪訝な顔をした。彼がこの先の戦略に関係するからと言ったことで、初めて命令を実行したほどだ。

 しかし、人族側も絶望的な状況になっても降伏しなかった。


 捕虜となった者は戦いの最中で意識を失った者たちだけだ。そのため、野営地にいた王国軍で生き残れた者は五百人に満たない。


 王国軍兵士が降伏しなかったのは、これまで帝国が捕虜を取ることなく、降伏しても殺されることが分かっていたためだ。


 これは先代までの魔帝の方針だった。

 人族との融和を考えた魔帝もいたが、降伏を装って近づいてきた勇者によって暗殺されており、その対策として捕虜を取らないことが徹底された。


 その方針が千年以上続いている。

 帝国と人族側で言語が異なることもあり、人族も降伏するより、敵わないまでも一矢報いる選択をするようになった。


(疑心暗鬼の結果か……コミュニケーションが取れないから分からないでもないけど、不毛なことだ。人族との話し合いは難しそうだな……)


 側近であるキースからこれまでの経緯を聞いて納得していたものの、この先の戦略を考える上で大きな障害になることに暗澹たる思いは消えなかった。


 ラントは勝利したものの、野営地を覆う死臭と無数に転がる王国軍の兵士の死体を見て、嘔吐に耐えていた。


(これが戦争……いや、ただの虐殺だ……こんなことを何千年も繰り返してきたのか……でも、今回は僕が命じたこと……どれだけの人が死んだんだろうか……)


 目を背けたくなるが、部下たちの手前、無理やり笑みを作り、戦士たちを労っていく。

 未だに人化していない戦士が多く、巨体のオーガや魔獣たちがラントを見て平伏する。


「よくやってくれた! 私の初陣を大勝利で飾ってくれたことに感謝する! 諸君らの働きに必ず報いるぞ!」


 血塗れの彼らに声を掛けながら、情報閲覧で自軍の損害を確認していた。


(追撃戦以降の戦死者はハイオーガが二名、負傷者は重傷が三十、軽傷が百五十ほどか。負傷者は全員治療済みだから、実質二名だけか。王国軍の戦死者の数は全く分からないが、逃げ切れた者は五分の一以下だろう。それに生き残った者も百キロ以上先の町まで無事に辿り着ける保証はない。大勝利なんだけど、どうもスッキリしないな)


 午後になり、高揚していた戦士たちも命令通りに片づけを始めた。

 そのため、ラントがやるべきことはほぼなくなった。王国軍が使っていた天幕の一つを臨時に司令部とし、捕虜の尋問を行うことにした。


「指揮官クラスで生き残った者はいたか?」とキースに確認する。


「王国軍の指揮官はおりませんが、傭兵隊の隊長がいるようです」


「その者の尋問を行う。アルビンとダラン、アギーにも同席するように伝えてくれ」


 すぐに古龍族の長アルビン、魔獣族の長ダラン、妖魔族の長アギーがやってきた。


 その後、四十歳くらいの人族が人化した鬼人族戦士と妖魔族に両脇を抱えられるようにして連れてこられる。


 ラントは折り畳みの椅子に座り、その横にアルビンとダランが並び、アギーが後ろに陣取った。


「私が第九代魔帝のラントだ。君は王国に雇われた傭兵隊の隊長だと申告したそうだが、事実か?」


 ラントが感情を排してそう言うと、ダフは言葉が通じるため一瞬驚きの表情を見せるが、すぐに真面目な表情で頷く。


「ダフ・ジェムソンだ。エルギン共和国の傭兵組合に加盟する傭兵隊の隊長で間違いない」


 この状況ではっきりと答えたことにラントは内心で感心していた。


(胆力があるな。アルビンとダランを前に怯えた表情を見せないとは。確か、ハイオーガの一人を負傷させた者だと聞いたが、傭兵隊をまとめるだけあって、人族の豪傑の一人なのだろう……)


 ダフは老練な戦士だが、豪傑というほどの腕ではない。

 彼はコミュニケーションが取れるなら少しでも生き残る確率を上げようと、自分が有用な人物であると印象付けようとしたのだ。


 ラントは傭兵隊の隊長という地位を持つ人物なら多くの情報を持っていると考えていた。ただ、人族の考え方を聞く限り、そのまま話をしたのでは有用な情報は得られないと考え、脅しも入れることにした。


「私と帝国の役に立つなら無事に帰してやる。だから素直に私が聞くことに答えよ」


 自分に迫力がないことは分かっているため、静かな口調で言い、アルビンとダランの二人の威圧感に期待する。


 ダフはラントが巧妙に実力を隠していると思っており、その脅しに内心で屈していた。


(後ろにいる女もヤバいが、両側にいる二人は別格だ。こいつらを従えているということは、やはり本物の魔帝だ。捕虜の扱いも心得ているようだし、ここは素直に話をした方が得策だろう……)


 ダフは怯え見せないように注意しながら頷いた。


「この世界に来てまだ三日しか経っていない。いろいろと話は聞いているが、敵側からも聞いておきたい……」


 ラントはそう前置きすると、質問を始めた。

 質問は今回の遠征軍のことを始め、人族に関することが多く、国家の数や人口、国力の大きさなどを聞いていく。更に人族が信じる神についても質問した。


 そのやり取りについては、キースが後ろでメモを取っている。彼自身は人族の言語、ロセス語は分からないが、自動翻訳のスキルを持つラントがいちいちダフの言葉を繰り返しているため、周囲にいる者も話の内容が理解できる。


 アルビンたちも念話が使えるが、これは相手に読み取ってもらおうと意識しないと伝わらないため、この場では役に立たない。


 ちなみに暗黒魔法の“読心”だが、これは対象に触れる必要があることと、感情を含めた思考まで読み取ってしまうため、術者側の負担が大きく実用的な魔法とは言えない。


 三時間ほどかけて得られた情報では今回の遠征軍は約五万人で、神聖ロセス王国だけでなく、隣のバーギ王国と傭兵の国エルギン共和国の兵士もいることが分かった。

 更に人族の国の名や位置、更にはその政治体制などの情報も入手する。


(七ヶ国中、合議制の政治形態の国が三つもある。実情は少数の特権階級が支配しているみたいだけど意外だったな……それよりも神聖ロセス王国が他の国から嫌われているというのはいい情報だ。聖都に諜報員を潜入させて情報が正しいか確認しないと……それにしても思ったより素直に情報を出してくれたな)


 そのダフだが、魔族は暗黒魔法で人の心を操れるという噂を聞いており、嘘を吐いてもすぐにばれると思っていた。そのため、最初から嘘や曖昧な答えをすることなく、自分の知っていることを素直に話している。


 ラントはダフから更に情報を得たいと思った。


(王国軍の司令部だった天幕から押収した資料の内容も確認したいな。帰してやると約束したけど、何とかして連れて帰れないかな……)


 そんなことを考えながら尋問を続けていくと、ダフが諦観しているように見えた。そこでラントは勝負に出た。


「取引をしないか?」


「取引だと? どんな取引だ?」


「このまま聖都に戻っても君は責任を取らされて処刑されるだけだ。だったら私の下で働かないか。そうすれば、君は生き延びることができる。悪くない取引だと思うがな」


「魔族軍に入れと……」


「魔族軍ではない。グラント帝国軍だ。もし、故郷に家族がいるなら、ほとぼりが冷めた頃に秘かに帰してやることもできる。このまま聖都に行くよりマシじゃないか?」


 その言葉にダフは沈黙した。

 ラントが言う通り、作戦が失敗した以上、司令部にいたダフが責任を取らされる可能性は非常に高い。ダフもそのことは十分理解しており、死を受け入れていたのだ。


「家族はいない。まあ、待っている女はいるが、俺が死んだと聞けば、すぐに別の男を見つけるだろう……それにしてもなぜ俺なんだ?」


「君が勇者や王国の指揮官たちと違うからだ」


「どういう意味だ?」とダフはラントの言葉の意味を探る。


「勇者とは少し言葉を交わしただけだが、あいつとは相容れない。王国軍の指揮官も同じだ。味方の兵士を犠牲にして逃げるような奴らを引き込みたいとは思わない。その点君は傭兵であるにもかかわらず、味方を逃がすために命を賭けて最後まで勇敢に戦った。そんな君が無残に処刑されるのは哀れだと思ったのだ」


 ダフは数秒考えた後、きっぱりと断った。


「俺が裏切ったことが王国に知られると部下たちに累が及ぶ。だから、この話は受けられない」


「なるほど。やはり君は誠実にして勇敢だ。ますますほしくなった」


 ラントはそう言った後、アギーに視線を送る。


「アギー、少しいいか」


「はい、陛下」とアギーが前に出る。


「君の暗黒魔法で捕虜たちに暗示をかけることは可能か? この男が王国を裏切らずに、我々に殺されたと思い込ませたいのだが」


「もちろん可能でございます。ですが、暗示では神聖魔法で解除されてしまいます。ですので、捕虜たちが信じ込む方法を採ってはいかがでしょうか」


 アギーはダフが最後まで抵抗し、それに怒ったラントが処刑したことにしてはどうかと提案する。


「目の前で処刑した幻影を見せれば、容易に信じるはずですわ。その程度のことは簡単にできます」


 その後、捕虜たちの前でラントがダフを処刑する幻影を見せた。


「この者は隠し持った武器で私を殺そうとした故、処刑した!」


 捕虜たちはダフが最後まで抵抗したため処刑されたと思い込んだ。しかし、このままでは今後の占領政策に影響が出るとフォローもしている。


「だが、私は抵抗しない者には寛容だ。その証拠に貴様らが素直に情報を提供するなら、必要な物資を与えて解放してやる」


 捕虜たちは半信半疑ながらもその後は素直に尋問に応じ始めた。

 ラントは街に帰還するために最低限必要な食料を与えると約束し、実際翌日には最低限必要な装備と十分な食料を与えて解放している。


 その様子を隠れてみていたダフは平伏した。


「陛下のご配慮、感謝いたします」


 ラントはダフが帝国に属したことを確認する。


(忠誠度は三十五か……まあ、寝返ったばかりだし仕方がないな。でもこれでいい情報源が得られた……)


 ラントは満足げな表情を浮かべながら、ダフのステータスを確認した。


(それにしても戦闘力は思ったよりないな。僕より強いとはいえ、帝国なら最弱の部類に入るんだが……)


 その後、アルビンらが反対してくることを警戒したが、誰一人反対しなかった。理由を聞くと、アルビンが苦笑気味に答えた。


「陛下がやることは突拍子もないが意味がある。ならば、これにも理由があるのだろう」


 こうして、ラントは傭兵隊長ダフ・ジェムソンを配下に加えることに成功した。

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