第9話「帝国軍出陣」
昨日この世界に召喚されてから、ラントが宮殿の外に出るのは初めてだった。
豪華なエントランスを出ると噴水と色とりどりの花が咲き誇る美しい庭園が広がっている。
「素晴らしい庭園だな……」
しかし、ラントが庭園に興味を持ったのは一瞬だった。
庭園の先に開かれた巨大な門があり、更にその先に多くの気配があった。百メートル以上離れた場所からも熱気を感じるほどで、庭園の美しさに目を奪われることなく、ラントはこの後のことを考え、緊張しながら歩いていく。
門を出たところで、ラントの足が止まった。
そこには帝国の戦士たちがきれいに整列していたが、通常の軍隊とは全く違う光景に思わず見入ってしまったのだ。
「凄い……これが帝国の戦力か……」
三メートルを優に超える身長の屈強な鬼人族戦士が、鎧を纏って微動だにせず整列している。
その横には純白のマントを身に纏ったエンシェントエルフの治癒師が美しい毛並みの
更にその横にはグリフォンやフェニックス、フェンリルといった大型の魔獣たちが悠然と座っている。
圧巻なのはその後方にいる巨大な龍とそれに匹敵するロック鳥、そして巨人たちだ。
巨人はその前にいる鬼人族戦士が膝ほどにしか達しておらず、十五メートルを超えているように見えた。また、金属製の鎧を身に着け、鈍く光る棍棒のようなものを持っている。
(データでは分かっていたけど実際に見ると迫力が違う。以前見た実物大ガ〇ダムくらいありそうだな。あの棍棒で払われるだけでも人間なんて簡単に死んでしまうんだろうな……)
白銀の龍はその巨人に負けないほど巨大で、ラントは神話の一場面を見ている錯覚を覚えた。
他にも帝都の住民たちが見送りに来ているのか、遠巻きにしている一般人の姿もあった。
ラントはその光景から無理やり視線を剥がし、歩いていく。
戦士たちの最前列には演説を行うための足場が組まれていた。その高さは五メートルほどで、簡単な手すりしかなく、僅かに足が竦む。
慎重に登り切ると、全体が見えた。
宮殿の前はイベントを行うための場所なのか、幅二百メートル、奥行き五百メートルほどの広場になっており、その広大な敷地は人と魔獣で埋め尽くされている。
その軍勢に再び目を奪われそうになるが、それよりも存在感のあるものがその先にあった。それは天を突くような巨大な樹木、世界樹だった。
(あれが世界樹か……何メートル、いや、何キロあるんだ? 上の方は雲に隠れて見えないんだが……今はそんなことを気にしている時じゃない!)
すぐに意識を目の前の戦士たちに戻すが、その時、彼の後ろにはエンシェントエルフのメイド、エレンが立っていることに気づいた。彼女は小声で理由を説明する。
「私が魔法で声を大きくいたしますので、陛下は普通の声でお話しください」
ラントは事前に聞いていなかったため驚くが、「頼む」とだけ言って、前を向いた。
エレンが小さく呪文を唱えると、僅かに空気が震えた。ラントが彼女を見ると、小さく頷いたので、演説を始めた。
「帝国軍の精鋭諸君! 私が第九代魔帝のラントである!」
その言葉で全員が頭を下げる。
「顔を上げてくれ」とラントが言うと、一瞬のずれもなく一斉に顔を上げる。その動きにラントは感心していた。
(本当に精鋭だな。これで押されているというのは信じられない……)
全員が顔を上げたことを確認すると再び話を続けていく。
「今は時がない。だから簡潔に言っておく……」
そこで自分に従わせるという強い意志を込めるため、もう一度気合を入れ直す。
「まず私の力に疑念を抱いている者たちよ。不満はあるだろうが、とりあえず私に従ってほしい。この戦いで諸君らが納得する結果を見せる。それを見てもなお、不満があるのであれば、その時に改めて聞こう……」
そこで戦士たちの様子を窺うが、長たちに比べ、不満を見せる者はほとんどいなかった。
(僕のことを認めている? なぜだ? 長や幹部連中は結構不満を持っていたんだが……)
ラントは疑問を持ちながらも、演説を続けていく。
「今まさに勇者と詐称する邪神の手先が我が国に迫っている! ネヴィス砦で戦う同胞たちを助けなければならない! そのためには諸君らに無理な行軍を命じることになる。苦しい移動となるが、諸君らなら必ず間に合うと私は確信している……」
そこで一旦言葉を切り、大きく息を吸い込む。
「鬼人族の奮闘を無駄にするな! 邪神の手先を一歩たりとも我が領土に入れさせるな! ここにいる精鋭なら必ず間に合う! 間に合いさえすれば我が国が負けることはない!」
ラントの言葉に戦士たちが高揚し、期待に満ちた目で彼を見つめている。また、彼自身、自らの言葉に高揚していた。
「第九代魔帝、このラントの命に従え!」
そう言って自らの胸を拳で叩く。
「私は必ず帝国を勝利に導く! 勝利を手にした暁には再びここに戻り、共に勝利の美酒を味わおう!」
そこでラントは大きく拳を突き上げた。
その直後、地響きにも似た振動が彼を襲う。
「「「オゥ!!!」」」という戦士たちの雄叫びや咆哮が空気を激しく揺らしたのだ。
その咆哮に負けじと、ラントは出陣を命じた。
「全軍、出陣せよ!」
予め出発の順番が決まっていたのか、魔獣族から走り出す。疾走と言う言葉がふさわしいほどの速度で、すぐに広場から姿を消した。
次に巨人族がドシンドシンという大きな足音を立てて走り出す。
巨人の後に鬼人族が出発し、ラントはそれを見送りながら足場から降りていった。
「お見事でございました」とエレンが満面の笑みで褒める。
「ありがとう。拡声の魔法は助かった。今後も頼む」
「もったいないお言葉です」と言って、エレンは頭を下げる。
下に降りると、鎧姿のキースが待っていた。
更に革鎧を着た二人の男女がその後ろに立っている。キースは二人の方を向き、ラントに紹介する。
「陛下をお乗せする者の候補たちです。男性がロバート、女性がローズです。ロバートは魔獣族のアークグリフォン、ローズはエンシェントドラゴンです」
ロバートと呼ばれた男は真っ赤な髪が特徴的な精悍な顔つきの若者で、見た目だけなら二十歳過ぎに見える。革鎧を身に着け、槍を持ち、真剣な表情を浮かべている。
ローズと呼ばれた女も見た目の年齢は同じくらいで、コバルトブルーの髪にサファイアのような瞳が特徴的なクール系の美女だ。
身に着けている革鎧は露出度が高く、身長百七十センチほどであるにもかかわらず、背中に百五十センチほど長さの巨大な剣を背負っている。
ただ、その表情は不満げに見え、腕を組みイライラと足を小刻みに動かしていた。
そして、苛立ちをラントにぶつけるように言い放つ。
「私は願い下げよ。自分よりも弱い奴に背を貸す気はないから」
キースは非難するようにローズを睨み付けるが、何も言わずにロバートに視線を向ける。
「貴方はいかがですか? あくまで今回のみで、正式な陛下付きではありませんが?」
ロバートはピシッという感じで直立した後、片膝を突いて頭を下げる。
「謹んでお受けいたします。臨時とはいえ、陛下の翼となれることは我が生涯で最高の栄誉。我が命に替えましても、陛下をお守りいたします」
ラントはローズとロバートの対応の差に驚くが、情報閲覧で忠誠度を確認して納得する。
(ローズは四十八だが、ロバートは七十一。アルビンもそうだったが、プライドが高いエンシェントドラゴンは扱いづらいということか……)
キースが目で確認してきたが、彼の中では最初から決まっていたようで、すぐに説明を始める。
「既に騎乗に必要な鞍や手綱などの準備は終わっております。また、彼は風属性魔法の使い手であり、飛行中に陛下が強風を受けるようなことはございません」
その準備の良さにローズが不平を漏らす。
「なら、最初から私に声を掛ける必要なんかなかったじゃない」
キースは冷ややかな目でローズを見ながら、その問いに答える。
「私もそのつもりはなかった。アルビン様が命じなければな」
「父上が? あり得ないわ」
ローズは古龍族の長、アルビンの娘だ。また、父のことを理解しているつもりでいたため、父が力のないラントの騎龍として、娘である自分を推薦したことが信じられなかった。
「信じられないなら、アルビン様に直接聞いてみるがいい。だが、今は時がない。君は下がっていいぞ」
それだけ言うと、ローズを無視してラントに顔を向ける。
「モール様より陛下にお渡しするようにとのことです」
そう言うといつの間にか取り出していた、少し大きめの革製のポーチを手渡す。
「これは時空魔法が付与された魔法のカバンでございます。上空の風は冷たいとのことで防寒具が入っているそうです。他にも遠眼鏡など、偵察に必要な物を入れておいたとおっしゃっておいででした」
異世界物の定番である魔法のカバンを手にし、感慨深げに見つめる。
「蓋を開け、手を入れますと、何が入っているのか頭に浮かびます。必要な物を念じますと手に当たりますので、そのまま取り出すことができます」
ラントはそんな簡単にできるのかと思いながら、ポーチに手を入れてみた。
(望遠鏡にゴーグル、マフラーに手袋、カイロのような簡易の暖房道具も入っているのか。他にも食料や飲み物も……ドワーフだけあって飲み物は酒なんだな……)
中身をざっと確認する。
「これは助かる。あとでモールには礼を言わないとな」
ラントはゴーグルや革手袋などを身に着けていった。
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