各国壁ドン事情 おまけ

 ある日の定例円卓会議。議題もまとまり、そろそろ会議も終わるかという頃、ふと白の王が発言を求める挙手をした。

「おや、まだ何かあったかな、フローライン王?」

 今回の開催国にして進行役の萌木の王が促すと、白の王はこくりと頷いた。

「ええ、少し。皆さまの、壁ドン事情をお聞かせ頂きたいと思いまして」

 いつもの慈愛に満ちた笑顔から発せられた言葉に対する各国の反応は様々だったが、一部国の王のそんな話は必要ない、という要望は却下され、各々行った壁ドンについて語ることと相成った。

 白の王直々に、回復魔法師たちを預ける身として各国の事情を把握する必要がある、と言われてしまえば、それ以上の反論はできなかったのだ。

 そんなこんなで、全ての王が己の行った壁ドンの話を終えたとき、真っ先に口を開いたのは黒の王だった。

「へー、みんな王様のくせに、結構間抜けなんだね」

 自分のことは棚に上げて失礼極まりない発言をした黒の王を、青の王が凄まじい形相で睨みつける。

「その言葉、ご自分に向けてはいかがです? 子供相手に壁を投げつけたと聞いたときは、我が耳を疑いましたよ」

「えー、でも俺、壁ドンを要求してきた女の子にちゃんと確認取ったよ? そしたら、私に壁をどーんってして、って言うから、その通りにしてあげただけであって。えーっと、なんて言うか、ほら、ろくに確認しないで勝手に謎の壁ドンしたあんたよりマシじゃない?」

 瞬間、青の王から放たれた水霊魔法は、黒の王に難なく避けられてしまった。代わりに、椅子に座り直した黒の王の頭を、背後に控えていた世話役がごちりと一発殴る。

「いてっ。なんでいきなり殴るのさ」

「全面的に貴方が悪いからです! ほら! 悪いことをしたならちゃんと謝る!」

 優秀な部下に叱りつけられて渋々ごめんなさいをした黒の王を見て、金の王はなんとも言えない笑みを浮かべる。

 金の王も、各自の行った壁ドンの話を聞いて思うところがあったのだが、若輩の身で突くのは避けた方が良さそうだ。今し方の黒の王を見る限り、下手に刺激するとまた青の王が突沸しそうだし、紫の王も、黒の王の無神経な発言に眉をひそめている。

 間抜け呼ばわりされても南方はあまり気にしていなさそうだが(もしかすると我が事ではないと思っているのかもしれない)、北方は意外と短気な王が多いので、金の王の判断は正しいだろう。

 と、そこで、この話題の発案者である白の王が、やんわりと場を宥めた。

「ヴェールゴール王も謝罪なさったことですし、ミゼルティア王、あなたもどうか、魔力を落ち着けてください」

 言われた青の王は、もう一度きつく黒の王を睨み付けてから、ひとつ息を吐いて視線を逸らした。白の王の言葉を聞き入れたのか、単に黒の王にこれ以上何を言っても無駄だと判断したのかは、いまいち判らない。

 少しばかりぎすぎすとした空気が落ち着いて、金の王がこっそり安堵の息を吐いたところで、それはそれとして、と白の王が首を傾げた。

「ヴェールゴール王ではありませんが、どうして皆さま、壁ドンの内容を周囲の方々に確認しなかったのですか?」

 数人の王が多種多様に笑いを見せ、数人の王がそっと目を逸らす。

 そんな中で、あ、それを訊くのか、と金の王は思った。自分も気になりつつ、口にするのは控えていたその疑問を、白の王はなんのてらいもなく言ってのけたのである。

 白の王の方を見ると、いつもの慈愛の笑みがそこにある。そしてその後ろに控えている神官の男の目が、好奇心に煌いたのを見たような気がした。

「皆さま、って言い方だと、妾まで含まれているみたいで嫌だわぁ。妾はきちんと判った上で、民を喜ばせてあげただけだもの」

「訊くも訊かんも、そもそも儂のところは誰も知らんかったからなぁ。まさかそんな訳の判らんものだとは思いもせんかったわ」

「俺に関しては、そもそも最初っから壁ドンがどんなのか知ってましたしね~。なんたってウチからの発祥ですし、女の子に大人気ですし。そうなると俺が知らない訳ないでしょ~?」

 薄紅、橙、黄の王が順にそう言うと、紫の王が黄の王をちらりと見て、小さく口を開いた。

「……さすが、王獣に壁ドンされた男は、言うことが違う」

 ぼそっと呟かれた嫌味たっぷりの発言を耳聡く聞いた黄の王は、紫の王の方へ上半身を捻ると、ハートを飛ばす勢いで喋り出した。

「そ~おなんですよぉベルマ殿ぉ! あいつほんっとひっでぇ奴で! 俺の顔が潰れちまったら、ベルマ殿まで悲しませちゃいますもんね!」

「耳障りで目障り」

「辛辣なところも素敵ですよ!」

 苦虫を数匹噛み締めたような顔をする紫の王にも全力でラブコールをかます黄の王の姿は、相変わらずたくましさすら覚える。自分には絶対真似できないな、と思う金の王だが、そもそも真似しようとはあまり思えない姿でもあった。

 元気よく喚く黄の王をよそに、次に白の王に対して言葉を発したのは赤の王だった。

「何故壁ドンの仔細を確認しなかったのか、という問いだが、……恐らく、確認を取らなかった王は皆、同じような思考の下でそうしたのではないだろうか。無論、その結果先走ってしまったのは、我々の不徳の致すところだが」

 そう言って微笑んだ赤の王に、青の王は忌々しそうに顔を歪め、緑の王はそっと目を伏せ、紫の王はむすっとした表情を作り、萌木の王は苦笑をしてみせた。皆、やらかした自覚のある王たちである。

「……まぁ、多分、だけれど。グランデル王の言うとおりなんじゃないかな、と僕は思うよ」

 苦笑したまま肩を竦めてみせたのは、萌木の王だ。

「皆、壁ドンをすることで民が喜びそうだと判断しての行いなんだよね。で、じゃあ壁ドンとは何ぞや、となる訳なんだけれど、壁ドンを知らないという僕たちに対し、民は特に仔細の説明をしようとはしなかった。これはつまり、説明などなくても王の洞察力ならば壁ドンが何物かくらいは判るだろう、という判断なのかと。であれば、僕たちがそれに応えない訳にはいかないよね?」

 そう言った萌木の王が緑の王に視線をやれば、彼女は静かに頷いた。

「……ええ、否定は致しませんわ」

 一応、自分がやらかした自覚があり、まっとうにそれを恥じ入る感性を持っている彼女は、珍しくも少し気恥ずかしそうな様子である。そんな彼女を見た黄の王が声を上げようとしたが、青や銀あたりからのとばっちりを恐れた橙の王がその口を塞いだ。

 金の王は、南方二国のそんなやり取りに苦笑してから、他の王に視線を移す。紫の王や青の王は相変わらず眉間に皺を寄せてはいるが、特に反論する様子はないので、つまりそういうことなのだろう。

 王であるが故の悲劇、というと少し大げさだが、優秀で頭が回るからこそ、空回ってしまったのか。しかし、それほどまでに民を想い、民の発言の全てを己への信頼と期待だと考えているのだから、やはり円卓の王は素晴らしい方ばかりなのだ。

 そんな感じで謎の感動を覚えた金の王だったが、ふと視界に入った銀の王の目が明らかに呆れ果てていたため、いや違うよな、と思い直した。空回った結果にしても、やることの規模と方向性はやっぱりおかしい。

「フローライン王、お主、これで満足が行ったか?」

 疲れと呆れが混じった銀の王がそう言えば、白の王はふんわりと微笑んで頷いた。

「はい。あらかたの事情は把握いたしました。皆さま、ご協力ありがとうございます。二度目の危険性が無い事案のようで、安心いたしました」

 そう言った白の王に、進行役である萌木の王も頷き、各王を見回した。

「それでは、これで今回の円卓会議は閉会、ということでよろしいかな?」

 沈黙の肯定を受けて萌木の王が会議終了の宣言をし、それを合図に王たちが椅子から立ち上がる。さっさと場を後にしようとする者、王同士で軽く会話を交わす者と、動向は様々であるが、橙の王と話をしていた黄の王が、ふとこう言った。

「いや~、しかしあれっすよねぇ。ミゼルティア王って、グランデル王のこと毛嫌いしてる割に殆ど同じことやらかしてるし、実は思考回路がめちゃくちゃ同じなんじゃ、」

 言い終える前に、高圧の水弾を背中に喰らった黄の王の身体が吹っ飛び、そこそこ痛そうな音を立てて壁にぶち当たった。一拍後、事態を把握した彼の従者が、目を剥いて黄の王に駆け寄っていく。ずるずると床に潰れた黄の王の姿はあまりにも哀れであったが、青の王の耳に届く大きさで発言したのは黄の王なので、残念ながら他の王は誰も同情しなかった。ちなみに、例によって例のごとく、ついでとばかりに赤の王にも水弾は飛んでいたのだが、こちらは赤の王の火霊魔法によって相殺された。

 そんな見慣れた光景を眺めつつ、ひとつ欠伸をした黒の王が、後ろに控えている世話役を振り返った。

「ていうか、なんかみんな納得してる感じだったから言わなかったけど、別に俺、民の信頼だとかなんだとか難しいこと考えてないし、ただ細かい内容訊くのが面倒だっただけなんだけど……」

「大丈夫です。ヨアン様がそういう難しいことを考えられないことは知っています」

「そもそも、国民だってそんな難しいこと考えてる訳ないじゃんね。王様が興味なさそうだったらいちいち説明なんてしないでしょ。説明しろって要求もしてない訳だしさ。なんであの王様たち、そういう簡単なこと判らないんだろうね」

 やっぱ馬鹿なのかな、という黒の王の言葉に、世話役はもう一度その拳を王の脳天に叩き込むのだった。

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