13回目の初雪、13年越しの初恋を叶える~毎年初雪の日に雪だるまの家族を作る約束をした俺と彼女。13年目、素直さを取り戻して“ともだち”の先へ~

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第1話

 俺――雨野あまのみなと氷室ひむろ怜愛れいあが出会ったのは、13年前の初雪の日だった。

 ちらほらと灰色の空から白い雪が降り始めたころ、マンションの部屋のインターホンが鳴って、玄関を開けたら怜愛と親が立っていた。

 俺の親が応対する中、怜愛は俺に元気よく言ったんだ。


「おとなりにひっこしてきたの!おともだちになってね!」


「うん!おともだちになろ!」


 それが、俺と怜愛の初めての会話。

 2人とも5歳、同い年だった俺たちは、その瞬間から“ともだち”になった。


「ゆきあそびしよっ!」


 怜愛の冷たい手が俺の温かい手を握り、俺たちは外へと駆け出した。

 それから雪だるまを作った。

 俺が1つ、怜愛が1つ、それから2人の合作が1つ。

 俺の雪だるまがお父さんで、怜愛の雪だるまがお母さん、2人で作った雪だるまはその子供だって怜愛は言ってた。

 その日から、初雪の日に2人で3つの雪だるまを作るのが恒例になった。




「雪、冷たいね!」


「冷たいね!みなとくん!楽しいね!」


「楽しいね!れいあちゃん!」


 無邪気に雪の中を駆け回り、3つの雪だるまを作ったのが小学校低学年の時。




「○○くんがね、私と湊くんのことカップルって言ってたよ!」


「カップルって僕が怜愛ちゃんを好きってこと?もちろん好きだよ!」


「私も好きだよ!」


 好きという感情を深く知らないまま、それでも確かにお互い好き同士で、3つの雪だるまを作ったのが小学校中学年の時。




「来年は中学生だね」


「中学生になっても、俺と一緒に遊んでくれる?」


「うん。初雪の日は雪だるま作ろうね」


 少し大人に近づいて、少し恋というものが分かってきて。

 中学生という新しいステージでも今まで通りいようと約束して、3つの雪だるまを作ったのが小学校高学年の時。




「何か、ウチら付き合ってるって言われてるよ」


「俺と怜愛が?いやいや、ないよ。ウケる」


「……っ。だよ……ね。ないよね。ウケるよね」


 階段を1つ登ったはずなのに好きという言葉を素直に言えなくなったなか、それでも3つの雪だるまは作った中学1年生の時。




「湊、○○に告られて断ったんでしょ?」


「んー好きじゃなかったしね。怜愛こそ○○先輩の告白断ったでしょ?」


「好きじゃなかったし……それに……何でもない」


 2人の間にしかなかったはずの恋が別の人へと広がっていくことにもどかしさを覚えながら、それでもお互いに好きと言い出せずに、3つの雪だるまを作ったのが中学2年生の時。




「湊、○○高校でしょ?」


「そうだよ。怜愛も?」


「うん。同じとこ行く」


 2人の関係を何も発展させられないまま、また1つ階段を登ろうとしていた中学3年生の冬。

 高校になっても一緒に遊んでくれる?なんて言い出せず、ただ3つの雪だるまを作った。




「部活、大変そうだね」


「練習は厳しいけど楽しいよ」


「そっか……。毎日すごい忙しそうだよね……遊ぶ暇もないくらい……」


 俺が部活に熱中するあまり、今までのように2人で遊ぶ機会はめっきり減って。

 それでも初雪の日だけは忘れずに、2人で3つの雪だるまを作ったのが高校1年生の時。




「湊は進路決めた?」


「俺は○○大学に行くよ」


「○○大かぁ。私はどうしようかな……」


 将来を決めなくてはいけない時期に差し掛かり、この関係はどうなってしまうのだろうと不安を抱きながら、3つの雪だるまを作った高校2年生の時。




 そして迎えた高校3年生の冬。

 なかなか降らなかった初雪が、ようやく1月半ばになってやってきた。

 13年前と変わらず、今日も灰色の空から真っ白な雪が落ちてくる。


 去年までだったら、俺が怜愛の部屋のインターホンを押すか、怜愛がこちらへ来るか、2人とも同時に部屋を出てばったり会い笑い合うかだ。

 だけど今年の俺は部屋を出ようとしなかった。


 遡ること5か月前。

 共に受験のストレスを抱えていた俺たちは、些細なことでケンカをした。

 今になってみれば何であんなに大ゲンカをしたのかと思うくらい、どうでもいい理由だ。

 それでも俺は素直になれず、謝ることが出来なかった。

 小学生から中学生、高校生と階段を上がるにつれ、どんどん素直さをなくしていった気がする。特に怜愛に対しては。


 あのケンカ以来、俺は怜愛と一言も会話していない。


 きっと今年は1つの雪だるますら作らない。

 そしてもう2度と、3つの雪だるまが家族として並ぶことはないだろう。


 夜になっても俺は部屋から出なかった。

 怜愛がインターホンを鳴らすこともない。


「今日で終わりだな。逆に12年もよく続いたよ」


 これでいいのか?

 これでいいんだよ。


 俺は素直になろうとする自分を無理やり抑え込み、ベッドに入って眠りについた。


 ※ ※ ※ ※


 朝。

 カーテンを開けると上には青空が広がっていて、それでもベランダのデッキには雪が積もっていた。


 道路にはどれくらい積もったかな。

 自転車で図書館へ行けるだろうか。


 窓からは道路の様子をうかがえない。

 俺は寒さに一瞬ためらいながらも、窓を開けてベランダへ出た。


「あ……」


 聞こえてきた呟きに左を見れば、ダウンジャケットに身を包み手袋をした怜愛がこちらを見ていた。


「あ……」


 しばらく見つめ合って。

 沈黙に耐えきれなくなった俺は目を逸らしてしまった。

 今「あの時はごめんな」って言えれば、仲直りできたんだろうか。

 俺にはそんな素直さはなかったけど。


 道路にはかなりの雪が積もっていた。

 自転車で図書館へ向かうには厳しいかもしれない。

 図書館で勉強するのが一番集中できるのだが、今日は家でやるかな。


 道路の状況を確認するという目的は達成した。

 俺は窓を開け、部屋の中に戻ろうとする。

 その時、俺の右頬を冷たい感触とわずかな痛みが襲った。

 横を見ると、怜愛の右手に雪玉が握られている。


「……んだよ」


「何で来てくれなかったの、昨日。初雪が降ったのに」


「怜愛だって来なかったじゃん」


「それは!」


「何だよ!」


 2人の声が大きくなる。

 ああ、嫌だ。またケンカになるのはもう嫌だ。

 だけど意地を張ってしまう。


 しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのは怜愛だった。


「……ごめん」


「え?」


「ごめん。夏も、今も」


「あ、え、俺こそ……ごめん」


 またしても静寂が2人の間を流れる。

 その静寂を、今度は2人同時に破った。


「「ふっ……ふふっ……あはははは……」」


 やっと素直になれた俺たちの笑い声が冬の青空の下に響く。


「ねえ、雪だるま作ろ」


「いいよ」


 一度部屋に戻ってコートと手袋を身に着け、玄関から外へ出る。

 怜愛はすでにドアの前で待っていた。


「行こ」


 怜愛が俺の手を握って歩き出した。

 手袋越しだから温度は分からない。

 それでも、13年前の初めて会った日を思い出した。


 だけど。

 お互いに手袋でちゃんと防寒している。

 溶けた雪で濡れた床を、走らずゆっくり歩いている。


 本当に小さなことだけど大人になったな。


 建物の外に出て、併設されている小さな公園へ入った。

 積もった雪にはいくつもの小さな足跡が残されていて、ところどころに雪だるまが立っている。

 きっと、マンションに住む小さな子供たちが遊んだのだろう。13年前の俺らのように。


「まずはそれぞれの雪だるまからね」


「オッケー」


 手のひらサイズの雪玉を2つ作って重ねる。

 除雪された駐車場から小さな石を5つ持ってきて、目とボタンをつけた。

 怜愛も自分の雪だるまが出来たところで、今度は2人の合作。

 俺が下の雪玉を作り、怜愛が上の部分を作る。


「できたね」


「うん」


 去年までと同じように、3つの雪だるまが並んだ。


「改めてごめん、夏も昨日も」


 俺が謝ると、怜愛はふふっと笑った。


「もういいよ。こうして仲直りできたし。お互いに素直じゃなかったよね」


「素直じゃなかったのは……ずっとじゃないか?」


「……そうかも。私も、湊も」


 初めて会った時から13年。

 一周まわって、俺たちはもう一回素直になれた。


 だから、ちゃんと伝えたい。

 ちゃんと意味を理解したうえで、小学生の頃のように怜愛への想いを言葉にしたい。


「怜愛、素直ついでにもう1ついい?」


「何?」


「好きだよ」


「……っ!」


「13年前からずっと好きだった。これからもずっと一緒にいてほしい」


「ううっ……みなとぉ……私もだよぉ……。私も好き、一緒にいたい」


 いつの間にか怜愛は泣いていて、俺に抱き着いて体を預けてきた。

 突然のハグにバランスを崩し、俺たちは積もった雪に倒れこむ。

 雪に触れた背中はすごく冷たくて、でも怜愛と接している部分はすごく暖かい。


「夏、ケンカしてからずっと怖かった。もう湊と遊べないのかなって、雪遊びできないのかなって怖かった。だから今日、雪だるまを作れて嬉しかった……っ」


「俺もだよ」


「だけどね、好きって言ってもらえてもっと嬉しい。一緒にいたいって言ってくれて、すごく安心した。これからもよろしくね」


「うん、よろしく」


「私、○○大に行くから」


 怜愛が口にしたのは、去年、雪だるまを作りながら俺が話した大学の名前だった。

 離れた場所にある大学で、通うには家を出て近くに住まないと厳しい。


「大学の近くに住むでしょ?私、湊と一緒に住みたい」


「俺も怜愛と住めたら嬉しい」


「良かった。大学生になってもずっと一緒だね。きっと……その先も」


「きっとね。一緒だよ」


 仰向けに寝そべって見上げた空はいつの間にか曇っていて、そこからちらほらと雪が降ってきた。


「雪だ」


「え?ほんとだ」


 怜愛も俺の上からどいて、隣に寝そべり空を見上げる。

 俺はぎゅっと怜愛の手を握った。

 寝そべったまま互いに見つめ合い、そして笑い合う。


 この先に待っている大学受験だって簡単なものじゃない。

 だけど、2人一緒にならどんな段差だって乗り越えて次のステージへと登っていけるはずだ。


「これからは恋人だね」


「そうだね。怜愛、これからは恋人として一緒にいよう」


「うん!」


 13年前、初雪の日に“ともだち”になって3つの雪だるまを作った俺たち。


 そして今日、13回目の初雪に3つの雪だるまを作った俺たちは“恋人”になった。


 ※ ※ ※ ※


「パパー!ママー!ゆきだよ!ゆきだるまつくろー!」


 10年後。

 俺と怜愛は28歳になった。


 そして。

 俺たちの娘は5歳になった。


 家族3人、仲良く手を繋いで外に出る。


「パパはおとーさんゆきだるまつくって!ママはおかーさんゆきだるまね!わたしはこどものゆきだるまつくる!」


 どこかで聞いたような話に、俺たちは思わず顔を見合わせて笑った。

 2人で3つの雪だるまから、3人で3つの雪だるまに。


 今年も雪だるまの家族が仲良く並んだ。

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