眼科診療のついでに、ミステリー解決はいかがですか?
桜咲吹雪
1 真夏の夜の怪談パーティー
真夏の蒸し暑い夜、気ごころの知れた友達同士で集まってお酒を飲み、グダグダとした空気の中、おしゃべりのネタがひと段落した頃には、なんか怖い話でもしようかという会話の流れになるのは、あるあるだと思う。
一人暮らしをしているマキのアパートの部屋に集まった5人の女たちは、それぞれが缶チューハイを片手に小さなテーブルを囲み、近くのコンビニで買ってきたお菓子やおつまみ…そして、テーブルの中央に鎮座しているたこ焼き器から生み出されるアツアツのたこ焼きを、それぞれがむしゃむしゃと食べ散らかしながら、自分のなかにストックされている怖い話…怪談について考えている。
そう、我々は絶賛タコパ中なのである。
しかしもう、夕方からスタートしたいつものメンバーによる楽しいタコパも、深夜22時近くになればグダるのも当然、それぞれの恋愛話も職場での愚痴もそれなりに尽きてしまったものだから、じゃ順番に怖い話でもしようぜってことになり自然と怪談会へ移行したのだった。
夏らしくていいんじゃないの、ということで、カナから順番に怪談を語り始める。
だけども悲しいかな(あるいは幸運にも?)我々は皆、霊感というものがない、だからみんなが絞り出すようにしてがんばって語った怪談も、なんかそれどっかで聞いたことあるわ的な、新鮮味もなければオチも微妙なショボいもので終わり、語り手は次々と撃沈していく。
そんななか当然ながら私にも、何かしらの怖い話を語る番がまわってきた。
いい感じに酔っぱらっている女子4人の期待に満ちた目が、いっせいに私のことを見てくる。
そうしたみんなの輝く瞳を見返しながらも私は、苦笑いを浮かべ「ごめん、なんにも思いつかないや」とすぐに降参した、そんなことしたら、もちろんみんなからのブーイングがライスシャワーのように降ってくるわけなんだけど、それはしょーがない。
霊感なんてさらさらない私は、いい感じに酔っぱらっているみんなを、いい感じにビビらせらるような怪談ネタなんて持っていないのだから。
したがって、なんにも思いつかないやって素直に降参するのも当然なわけなのである。
でも…実は私、とびっきりの怖い話、知ってるんだよね。
しかも私自身が経験した、怖ーい幽霊話。
あんな経験、これからの人生でももうないだろうなってくらいに大スペクタクルな、スーパーミラクルに怖くて不思議な体験。
だけどもこの話、一度話し出すとすっごく長くなるのだ。
だってまずは、うちの先生と、あのひと…例の彼の説明から始めなくちゃいけなくなるから。
だから私はクールな野球選手のようにさらりとバントで自分の番を終わらせたのだ。
そんなこんなで、せっかくの真夏の怪談会は不発に終わった。
あれだけ始めはそれぞれの怪談話にわくわくな雰囲気だったのに、全員たいして怖くもなかったもんだから、自然と私たちの空気はいつものガールズトークへ戻っていき、またしてもダラダラと気ままに思いつくことをしゃべっているうち、お酒に弱いやつから順番に寝落ちて、これまたダラダラと本日のタコパは終了した。
もともと今日はマキのうちにお泊りの予定だったので、一応はうら若き乙女たちであるはずの3人の女子たちは、そのままゴロゴロとフローリングの床に転がってグースカと、だらしない猫のように眠っている、まったくもう。
真夜中の24時。
まだ生き残っているのは私と、みんなの中で一番の酒豪であるマキの2人だ。
マキの酒強レベルはヤバイ、私たちは缶チューハイを2杯くらい飲んだところでいい気分に酔っぱらってくるのに、マキはひとりだけワインボトルも抱えてゴクゴク飲みまくっているけど涼しい顔をしている。
顔が赤くなるとかテンション高くなるとか眠くなるとか、そういう異変が、マキだけは一切表れない、高校生の頃から社会人になった現在までの長い付き合いだけど、マキはどんなときだってクールで落ち着いている。
生き残りの私とマキは、ふたりだけになったところで、それぞれが自然と動き出し片づけを開始する。
空き缶やお皿をあつめてキッチンへ持っていき、ゴミをササッとまとめ、フローリングで寝転がっている3人がおなかを冷やさないようにタオルケットをかけてあげる。
そうしてひと段落したところで、私とマキのサシ飲みになった。
テーブルの上に残ってるお菓子をちびちびつまみながら、私は缶チューハイの残りを、マキは赤ワインの続きを飲む。
マキとのサシ飲みだと、すごーくまったりした空気に変わる。
それはお互いに相手のことをよく知りまくっている気を遣わなくていい間柄っていうのもあるけど、もう深夜だし、ふたりともけっこう飲んでるし、全員が覚醒しているときに散々おしゃべりは満喫し終わってたからって部分も含まれるんだろうけども。
で、ときどきスマホをいじったりもしつつ、ぽつぽつと他愛もないことを話していたら、ふいにマキがこんなことを言ってきた。
「そういえばさっきさ、夏らしく怖い話しようってノリになったとき、何か言いかけてなかった?」
「んん?」
酒豪のマキ様とちがって、私はけっこう酔いがまわっている。
そこに寝転がっている3人よりはマシだけど、それなりにボーッとしてしまう瞬間がある、それで私がボケッとした返事をしたら、相変わらず涼しい顔をしたままのマキが落ち着いた声で言い含めるように繰り返す。
「だからさっき、怖い話なんかないかって、そう盛り上がってたとき、何か言いかけてなかった?
なんにも思いつかないって言ってたけど、本当はなにか言おうかどうしようか一瞬悩んでなかった? もしかして前に心霊体験的なのあるとか?」
さすがにマキは鋭い。
もう長い付き合いだからかマキは、私が何も言わなくても、ふっと私の感情を読み取ってくれることがある。
まあひょっとしたら、私が単純な性格をしているものだから、自分では気が付いていないだけで、マキみたいに落ち着いてて観察力がある人からしたら、全部が態度にでていて、感情丸出しのミエミエなのかもしれないけど。
「うーん、実はあります」
「マジで? あんたって霊感とかあったっけ?」
「いいえ、自慢じゃないけどゼロ感です。
だけど不思議体験はしたことあります、不思議体験というか…幽霊騒動っていうか、なんかうーん…すごいカンジ?」
酔いのせいで、なぜか所々敬語になりながらフワフワと私が相槌をうっても、マキは特に気にすることなく怖い話に食いついてくる。
「へえーすごい気になるわ、そこまで言われると。
話してよ、その、マナが体験した幽霊話ってやつ」
「えーっ、そーっすかぁ」
へらへらと酔っぱらった私が適当な返事をしてもマキは気にすることなく、ウンウンとうなずきながら前のめりに私のことを見てくる。
別にマキはオカルトマニアってわけでもないのに、これが深夜のノリというやつなのか、すごく期待に満ちた目でこちらを見つめつつ、ほらほら~と催促してくる。
「いやあのね、あのとき私がその不思議幽霊体験を話すのをためらったのは、これがクソ長い話だからなのよ、マジで。
こんな長い話したら、みんな引く…ていうか途中で飽きそうだなーって思ったから止めたの。
そんなドラゴンボール並みに長い話でいいなら、そこそこ面白い話だから話すけど…」
「えっ、ドラゴンボール並みなの? あれめっちゃ巻数あるんでしょ? ヤバくない?」
「いや、ドラゴンボールは言い過ぎたかもしれない」
酔いにまかせて適当な返事をする私に、赤ワインをぐいっと一口飲んでからマキは「じゃあいいよ話して」と、これまたざっくばらんに返事をした。
だから私は、あのときの出来事をこれから話すことにする。
お酒はまだまだ残っているし、親友と過ごす真夏の夜は熱気とともにワクワクとした独特の高揚感に包まれている、こんなときはやっぱり怪談話をするのがピッタリなんだと思うから。
ではさっそく、うちの困った先生の話から説明していこう。
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