妖士隊活動記

偽禍津

第1話

 五月の風が吹き抜ける金曜日の朝。

 私、文月 柚香フミヅキ ユノカは如月南高等学校の一年生。文芸部所属。英語が苦手で国語が得意。


 着替えを済ませて、2階の部屋から1階のダイニングに降りる。

「叔父さんおはよう!」

「柚香ちゃんおはよう。目玉焼き、今できたとこだから火傷しないでね」

「ありがとう!」

 叔父さんに朝の挨拶をして、用意してくれていた朝食を食べる。トーストの上に、レタスと目玉焼きとマヨネーズをかけたもので、私の大好物。叔父さんの得意料理でもある。

 それを平らげて、昨日のうちに準備しておいたリュックに櫛と折り畳み傘を突っ込んで、制服のブレザーを着てからリュックを背負う。


「いってきまーす!」

 そう言って、家を飛び出す。自転車のカゴにリュックを入れると、私は学校へ向かって漕ぎ出した。

 私の実家から学校が遠いため、叔父さんの家に置いてもらってそこから通っている。家から通うと電車込みで2時間かかるけど、叔父さん家からなら自転車で15分。圧倒的に近い。



 道中の自販機でミルクティーを1本購入してから、学校にたどり着く。

 自転車置き場に自転車をとめようとするものの、どうも手前の方は埋まっている。もうちょい詰めてとめてほしいと思うのは間違いじゃないはず。

 少しだけ奥に押していくと、比較的空いている。そこに自転車をとめる。

 すると、背後からトントンと肩を叩かれた。

「おはよ、柚香!」

 そう挨拶をしてきたのは、友人の江野 華乃エノ ハナノ。サッカー部マネージャーの、恋に恋するタイプの子。私が言えたことじゃないけど、ちょっとアホの子で可愛い。

「おはよ、華乃。今日朝練だったんじゃ?」

「それ、確認したら来週だった……」

「おおん……」

 話をしながら自転車に鍵をかけて、リュックをおろして背負う。その時、何かがリュックにぶつかる感覚がした。


「あっ、ごめん!」

 サッと振り向くと、身長の低い茶髪の男子が自転車を隣にとめていた。そこに、私のリュックがぶつかってしまったらしい。

「……」

 男子はこちらをしばらく睨むと、目を逸らして黙って去って行ってしまった。

「感じ悪いねー」

「いや、私が悪いし仕方ないよ」

 ちょっと嫌な感じだなとは思ったものの、そもそもぶつかった私が悪い。

 そのまま華乃と話しながら、教室へと向かった。



「でね……あ、柚香も華乃もおはよー!」

「おはよう」

 教室に入るや否や、教室の真ん中の机にいた2人が私達に向かって言う。

 元気なのが瑞希みずき、淡々とした子が舞由まゆ。この2人と、私と華乃でよく話してるグループだ。話すようになったきっかけは忘れた。

「2人ともおはよー!何の話してたの?」

「舞由の読んでる本の話!でもその前に鞄置いてきなよ」

 瑞希にうながされるままにリュックを机に置くと、改めて2人のもとへと戻る。


「いやー、さっきはびっくりしたね、柚香」

「さっき?ああ、だから自転車置き場のは私が悪いんだって」

「……何かあったの」

 舞由が顔を上げてそう聞いてくるのに、私は「なんでもないよ」と答えようとしたのだけど、それより先に華乃が答えた。

「さっきね?柚香が男子にリュック当てちゃったの。柚香が謝ったのに、その男子なんにも言わずに睨んで行っちゃって!」

「まあまあ華乃、落ち着いて。柚香は気にしてないんでしょ?」

「うん。むしろ私が悪いから」

「柚香ももうちょっと怒ってもいいんだよ!」

「……華乃、そんなに言うのって、その子好きなの」

 舞由がそう聞くと、華乃は「ぜーんぜん!」と言った。

「どこのクラスの子かも知らないもん」

「ちなみに、柚香。どんな子だったの?」

「え?あーえっと、確か身長が低めで、茶髪で……」

「……あの子?」

 舞由が指さす方を見ると、教室の隅で本を読んでいるあの男の子がいた。どうもこちらには気付いていない様子だ。

「確か、あの子。というか、クラスメイトだったんだ……」

「……確か、新月 秀星あらつき しゅうせいさんだよ」

「舞由、知ってるの?」

 舞由は頷くと、「委員会同じだから」とだけ言った。舞由は図書委員だったはず。


「なるほど。そういえば、さっき何話してたの?舞由の本の話って言ってなかった?」

「ああうん。『世界の怪談集』って本らしくてさ!」

「……そこから、都市伝説とか、如月高の七不思議について話してた」

「如月高の七不思議?あるの?そんな小学生じゃあるまいし」

「まあまあ、結構面白いから聞いてよ!」

 瑞希のおしに負けて、チャイムがまだ鳴らない時間なのを確認して聞くことになった。

 別に怖いものが嫌いな訳じゃない。むしろホラーゲームとかは好きな方ではある。ドッキリが苦手なだけで。


「で、七不思議って?」

「うん、まずは『理科室の人体模型』」

「んなベタな」

 理科室の人体模型は、実は本物の人が使われていて、夜な夜な剥がれた皮を求めてさ迷っているのだとか。

「で、『秘密の料理教室』」

「秘密?料理教室ってことは食物実習室のこと?」

「……うん」

 昔、熱心な先生がいたけど、癌で亡くなってしまった。食物実習室が使われてない時に一人でいくと、その先生に料理を教えて貰えるというもの。

「何それ、ちょっと受けてみたいかも!」

「料理も教科書に乗ってるのからの発展系らしいよ。習ったって先輩が言ってた!……で、次に『西階段の踊場鏡』」

 特別棟……実習室とかが入ってる校舎の西側の3階と4階の踊り場の鏡の中には何かが居て、条件を満たしたら願いを叶えてくれるらしい。

「条件ってなんなの?」

「さあ……私は知らないかな。七不思議の発祥も、SNSみたいだし」

「ん?というか、特別棟西のその踊り場……というか階段って柚香の掃除場所じゃなかった?」

「そうだけど……まあそれはそれかな」


 他にも『階段のそのこさん』や『音楽室の忘れられた楽譜』とか『増えるトンカチ』とか、そんな話を聞いた。

 どれもこれも、小学校の頃に「都市伝説特集!」みたいな本で読んだりしたことがあるような、そんな内容だった。


「それで、最後は………」

 瑞希が7つめを話そうとした時、チャイムが鳴った。

「あ!また後でね!」

「そうだね!」

 そういって、私達はそれぞれの席に戻った。

 話している間、彼────新月くんが、こちらの様子を伺っていたことには、最後まで誰も気づかなかった。


◇◇◇


 結局、7つめの七不思議を聞くことはなく、また、七不思議の話なんて忘れたまま一日が終わった。

 今日は文芸部もないしで、部活がある華乃と瑞希よりも先に舞由と帰っていた。途中でゲームセンターに寄り道もして、時間はもう夕方だ。

「英語の課題何ページだっけ?」

「……23ページ。大問6は飛ばして」

「ありがとう、舞由」

「いいよ。それじゃあね」

「うん、また来週ね!」

 分岐路で舞由と別れて、家へと帰る。が、途中でふと不安になって、信号待ちの時に鞄の中を探ってみた。

「……やっば」

 課題のためのワークがない。英語の成績はギリギリだから、課題を落とす訳にはいかない。とはいえ、もう少しで家だけど……。

「取りに行くかぁ」

 叔父さんに『忘れ物で遅れる』とだけ連絡を入れ、その場でUターン。学校へ向けて再度漕ぎ出した。


 時刻はそろそろ19:30を越える。晩御飯が遅くなるの、申し訳ないなぁ……。

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