パパと息子のオタク談義
つづれ しういち
第1話 タケシ君の疑問 その1
ここに、とあるパパと息子がいます。
息子の名前はタケシくん。いまは小学五年生です。
ふたりはちょっと見ると、どこにでもいそうな普通の親子。でも彼らはほんの少し風変わりな親子でもありました。
この物語では、読者のみなさんに、おもに彼らの普段の会話をのぞいていただこうと思います。
ではでは、風変りな親子のオタク談義、はじまりはじまり──。
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「ただいま、タケシ」
「おかえりなさーい、パパ」
「ママはまだ帰ってないの?」
「うん、今日は残業だって。『かなり遅くなりそう』ってさっきLI○Eが来てたよ。見てないの」
「あ、ほんとだ。晩ご飯はどうしようかなあ」
「今日はカレーだよ。ママが作っといてくれてるから、あっためるね」
「ああ、ありがとう」
タケシ君の家はどこにでもある普通のマンション。その四階の一室です。
パパは背広を脱ぎつつ、いったん洗面所に消えていきました。
タケシ君は、パパが鞄といっしょに持っていた四角い郵便物をすばやく視界のすみに入れましたが、特になにも言いません。
それは、わかっているからです。
あれはママの大事な「推し」に関する同人誌である、ということを。
あれはパパとママに言わせると、タケシ君がまだのぞいてはいけない未知なる世界をえがいた「禁忌の書物」なのです。
……あまり意味はわかっていませんが。
やっていたゲームを適当にきりあげて、タケシ君はカレーの鍋を冷蔵庫から出し、皿につぎわけてラップをかけ、レンジに入れました。
レンジが動き始めてからテレビをつけます。このぐらいの時間には、ちょうどパパがいつも見ているニュース番組がやっているからです。
洗面所から戻って来たパパは、今度は寝室に入っていつものスウェットスタイルになってから、ようやくリビングにやってきました。そのままキッチンのタケシ君のとなりに入って、黙ってサラダの準備をはじめます。慣れているので、手ぎわはいいと思います。
タケシ君は、なんとなくという様子を努力してかもしだしつつ、パパに話題をふりました。
でも実はこれ、このところずっと聞いてみたいと思っていた話題でした。
「ねえパパ。『R18』ってなんなの」
「ええっ!?」
パパは今から葉っぱをむしろうとしていたレタスをごとん、とシンクに落としました。ちょっとだけ目が泳いでいます。
「去年つれていってもらった、ぼくが大好きな『鬼○の刃』の映画にも、なにかついてたよね? たしか『PG12』だったかな」
「ああ……そうだね」
「ほかにも15とか18とか、いろいろあるみたいだけど。あれってどういう意味なの? ずっと聞いてみたかったんだ」
「え、えーと……そうだなあ」
パパはちょっと困った顔になりました。
タケシ君の予想どおりです。今までだってそうでした。ママに聞いても言葉をにごして、あんまりまともに答えてもらったことがないのです。
でもタケシ君は知っていました。ママが大好きな「推し」の同人誌には、多くの場合その「R18」のマークが入っている、ということを。しかもその表紙には、よくキャラクターの名前と名前の間に「×」のマークがついています。
やっぱり、意味は不明ですが──。
「『ママに相談してから』っていうのはナシだよ。ママに聞いたら『パパに相談してから』って言うし、パパに聞いてもそうでしょ。もう何回、それで話をそらされたと思う?」
「あ、うーん。そうだよなあ」
やっぱりパパは困った顔です。
でも、しばらく考えてからとうとうこう言いました。
「でも、そうだなあ。タケシももう五年生なんだもんな。そろそろ話しておいたほうがいいのかもしれないね」
「えっ。ほんとう?」
それを期待していたはずなのに、タケシくんはびっくりしてパパの顔をまじまじと見つめてしまいました。
パパは苦笑した顔でタケシ君を見下ろしました。
タケシ君はクラスでもかなり背が低いほうの男子ですが、パパはひょろっとした
ママはときどき、なぜかパパを「のっぽさん」なんて呼ぶのです。
「まあ、とにかく夕食を食べようよ。それでお風呂にもちゃんと入って、それから話をするのはどうかな? 今日の宿題やなんかは終わってるんだね?」
「うん。もちろんだよ」
実はそう思って、今日やらなくてはならないことは完璧に終えているタケシ君です。そのあたりはかなり用意周到。そういうところは、実はママゆずりなのかなと思っています。えっへん。
ほんとうのことを言うと、すでにタケシ君のおなかはぺこぺこです。
適当におやつを食べつつ待っていましたが、やっぱり育ち盛りの少年の腹の虫は勇者モードなのです。
というわけで、ふたりはまずこの「はらぺこの虫」を攻略することにしたのでした。
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