第5話
***
アプリコット・クラウンは絶望していた。
「ななにゃ、にゃんでですかあ〜っ!? なんで、いつもはタチアナ様が一位なのに、今回だけタチアナ様が二位なんですか!?」
「ほほほほほ! わたくしとしたことが、うっかりテスト前日に『魔術師ドラ・エーモンとノビノ・ビッタ王子の冒険』を読み返してしまいましたの! ごめんあそばせ!」
高笑いをする少女に縋りついて泣き喚くアプリコットは、顔を真っ青にして涙目で震えている。
ちなみに、『魔術師ドラ・エーモン』シリーズは子供にも大人にも人気の名作小説である。
「ううう……私は辞退するので、タチアナ様がお茶会に行ってくださいよぉ〜」
「お断りですわ!」
タチアナは広げた扇の陰でつーんとそっぽを向いた。
「いい機会じゃありませんの。貴女を侮辱した男なんかをいつまでも恐れていてはいけませんわ」
「侮辱だなんて……あれは私が悪かったんです」
アプリコットはしゅん、と項垂れた。
アプリコットは七歳の時、ディオンと出会った。
平民の住む地区に見たことないぐらい綺麗な服を着た子供が現れて、アプリコットはとても驚いた。
子分にしてやると言われて一緒に遊びまわるうちに、アプリコットはこの三つ年上の少年のことが大好きになった。
だから、お別れの時は本当に悲しかった。
相手は貴族の子息だ。きっともう二度と会えないと思った。
でも、ディオンは学園に入ればまた会えると言ってくれた。
その言葉が嬉しくて、アプリコットは必死に勉強した。色々な場所で雑用や下働きをして、稼いだ金で本を買って朝から晩まで暇をみつけて読み込んだ。
そしてついに、学園に特待生として入学できることになったのだ。
これでやっとディオン人会える。そう思って喜んだアプリコットだが、同時に少し不安でもあった。
ディオンは自分のことを覚えていてくれるだろうか。忘れてしまっていたらどうしよう。
そんな不安を抱えて登校したアプリコットは、何かを待ちかまえるように校門前に立っているディオンを見て、心の底から歓喜したのだ。
覚えていてくれた。待っていてくれたのだ。
アプリコットは大喜びでディオンに駆け寄った。
感動の再会。に、なるはずだった。
だが、
「騙しやがったなっ!!」
アプリコットには騙したつもりはなかった。けれど、紛らわしい真似をしたと責められれば返す言葉はない。
「性別を隠して近づいて、公爵家に取り入るつもりだったのか!?」
そう罵られて青ざめた。そうだ。普通は平民が貴族に近づいたら警戒されて当然だ。アプリコットがのうのうとディオンに近づけば、周囲からは身の程知らずの平民が貴族に取り入って甘い汁を吸おうとしているようにしか見えないだろう。
何を勘違いしていたのだろう。
昔みたいに仲良く、なんて身の程知らずの夢だった。
自分を恥じたアプリコットは青ざめたままふらふらと教室に辿り着いた。
「ちょっと、貴女」
そんなアプリコットの前に、見事な金髪縦ロールの少女が立ちはだかった。
「何を騒いでいましたの?フォーゼル公爵家のディオン様とお知り合いですの?」
それがタチアナ・ニキーチナ伯爵令嬢だった。
長年、会いたかった相手に罵倒されたショックで弱っていたアプリコットは、身振り手振りも交えて一生懸命説明した。
幼き日の出会い。別れと約束。再会を信じて努力した日々。
すべてをぶちまけた。タチアナの隣に何故か速記係みたいな少女が立って、さらさらペンを走らせているのが少し気になったが、話し出すと止まらなくて、事細かに説明してしまった。
その結果、その日の午後には『エイブリー・コットの悲劇〜公爵令息に振り回されおとしめられた少女の誇り〜』と題した号外が学園中に配られ、真相を知った生徒達は平民の少女に大いに同情したのだった。
公爵令息のゴシップだ。皆、興味津々である。
我に返ったディオンが反省する頃には、既に学園中がディオンの所業を知っており、「あれが例の……」「女の子を男だと勘違いしておいて、相手を責めるだなんて……」「相手が平民だからって、貴族の風上にも置けない……」などと囁き交わされてゴミを見るような目で見られる始末。
一方のアプリコットはタチアナによしよしされ、クラスメイト達に可愛がられ、醜悪な公爵令息の魔の手から守られて今に至る。
しかしまあ、ディオンは最終学年になり、夏には卒業となる。
そろそろ話ぐらいさせてやるか、タチアナを始めとしたクラスメイト達の許可が下りたのである。
ただし、二人で会うのは駄目だ。そこまでは信用できない。
「生徒会主催のお茶会なら、王太子殿下もおりますし、諸悪の根源も大人しくしているでしょう」
実際の王太子は婚約者と共に結構悪ノリするタイプなのだが、タチアナはそれを知らない。
「ということで、頑張るんですのよ。アプリコット」
「ううう……」
アプリコットはがっくりと肩を落とした。
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