青春というにはまだ早い

@yuppiyomu

青春というにはまだ早い

 私は叫んだ。どこまで続いているか分からない、この青い空に。

「青春したーーい!!」


 隣でペタリと座っている親友の結季が、プッと笑いを零した。春とはいえ、屋上の空気はまだまだ冷たい。私も腰を下ろす。ついこの間過ぎ去っていった冬が残していった寒さ――それを屋上の地べたが溜め込んでいたらしい。スカートの中の温度が、急激に下がっていくのが分かった。


「なんで笑うのよ」

「美咲らしいなーって思って」

「そぉ?」

 私は、お弁当箱の冷めたクリームコロッケを箸でつまんだ。

「うん。だって高校生が屋上で叫んでる時点で、もう青春してるじゃん」

「……そういうんじゃなくてさ、もっと、こう……あるでしょ?」

「ほほう。詰まるところ、美咲は青春してるという実感がないと?」

 私は少し考える。去年の今頃、今日から華のJKだ!……と思ってこの高校に入ってきた。もちろんウキウキで。でも、そこにあったのは普通の学校生活だった。そりゃあ、結季やクラスの子たちと遊びに行ったりはしている。行事も部活も勉強も、そこそこにやっている。それなりに充実してる高校生活を送っている気はするのだ。ただ、充実した生活が「青春」と結びつくかは、必ずしもそうではない。

「んー、高校に入れば青春できると思ってたんだけどな。期待外れだったみたい」

 何気ない私の呟きが、ぽとりと落下した。

目の前を漂っていた雲が、ものすごい速さで流れていく。

 結季は、灰色の地べたに落とし込まれた、――漠然とした無――を見つめながら、唇をキュッとかたく結んだ。

 私、何か変なことを言っただろうか。


 それから、しばらくして。やっと口を開いた結季は、ねぇ、と私に声をかけた。

「私はね、ちょっと違うんだ」

「へ?」

 自分でも自覚するほど間抜けな声が出た。そんなこともつゆ知らず、結季は淡々と話し始めた。

「美咲は、今、青春してるっていう感覚が欲しいんだよね?」

「う、うん」

「でもさ、私思うんだ。日々青春してるぞって思いながら学校生活送るのって、疲れちゃう。青春って、懐古して初めて気づくものだと思うの。だってそうでしょう?」

「……」

 私は何も言えなかった。いつも明るくてノリのいい親友が、初めて見せた表情。本人は気づいていないかもしれないが、何も言わせまいという圧がかかっている。二人を包む春の風が、冷たさを増した。それと同時に、私は何かを感じ取った。それが何なのかは分からない。何か大きな意味を持つ……そう、それのほんの一部だけ。

「今送っている高校生活はただの日常。ありふれたもの。でも時が経ってここに帰れなくなった時にふと思い出すんじゃないかな、あれは青春だったなぁって。かけがえのないものだと気づいた瞬間、さっきまでそこにあった日常が消えて非日常となる。そして初めて『青春』という文字が現れるんだと、私は思う」

 達観的な親友の横顔は、極めて真面目だった。私は、はっとさせられる。女バスの世界で生き生きしてる彼女でさえ、青春を感じることがなかったなんて。不確かだった何かの一部は、少しずつ、じわじわと形を現してくる。

「『青春映画』ってあるでしょう? あれは、第三者からみて青春だと認識されたからそういった名称が付けられたのであって、スクリーンの中の登場人物たちは『青春』だなんて概念、欠片も頭にないの」

 不透明なものの全貌が、今。

「私はね、今から楽しみなんだ。昔の自分を第三者視点で見るのが。青春するのが」

……あぁ、そうか。結季は――


 隣でどこか遠くを見つめる親友の目は、何も見ていないようで、まるでその人生を歩んできたかのような……ただ、淡く輝いていた。


「そろそろ戻ろっか。五時間目始まっちゃう」

 私が声をかけた時、結季は空を見上げていた。昔を顧みるような、優しい、温かい目。

……あぁ、青春を感じてるのかな。

 私は結季の前に、右手を差し出した。自分のよりちょっと大きい手が、私に触れる。雪のように白く冷たい手。力いっぱい引っ張ると、結季の顔がすぐ鼻の先に。

 私は親友の手を取ったまま屋上のドアまで走った。すぐ後ろから、ふふっ、と笑みが零れる音がして、春の暖かさを噛みしめる。うらうらと、私たちを後ろから照らす穏やかな日差し。あの時もそうだった。入学して初めてできた友達。今の親友。ねぇ、あなたのことだよ。

 ドアを開けた途端、強い風が吹き込んできて思わず手を離してしまった。咄嗟に振り向くと――


 親友はもういなかった。




……ねぇ結季、ずるいよ。自分だけ先に青春して。

 だから、私も――

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