第13話
6年前のある日、ストリートギャングのボスのエディは、3ヶ月の甥っ子を押し付けられ扱いに頭を悩ませていた。そんな時、手下といざこざを起こしたアジア人のアキラと出会う。落とし前を・・・そんな殺伐とした空気の中、アキラは隣の部屋から聞こえた赤ん坊の鳴き声を指摘した。
5人目の恋人 13
いつも騒音が付き纏う壁の薄いアパートメント。
普通の神経の人間は、まずこんな所に住もうとは思わないだろう。
それでも10階もある建物の部屋が満室なのは、まともじゃない人間が集まっているからだ。
隣近所からの怒鳴り声や爆音で流れる音楽が日常として耳に入る場所で、今一番騒がしい部屋は俺の家だろう。
部屋の住民である俺自身が、その騒々しさに頭を悩ませていた。
そんな時、問題を持ち込む馬鹿な手下が居た。
何処かで一騒動してきた後に、腹の虫が収まらず俺の所に来た。
初めて顔を見た男3人を連れて・・・・黒人2人とアジア人1人の妙な組み合わせだ。
両者とも顔に打撲の痕があったのを見ると、相当な取っ組み合いをしたと解る。
こっちの仲間の3人の内2人は口を開くのも痛むのか、ずっと無言で連れてきた3人を睨むだけ。
辛うじて話せるモヒカは手下の中で一番口うるさく、俺としてもうんざりしている。
『で?俺にどうしろと?』
『俺達のシマで好き勝手やってたんだぜ!?ボスのあんたが、落とし前つけてくれよ』
落とし前って・・・
どう見ても3人はギャングのなりじゃない。
相手の黒人2人は手ひどく痛めつけられ、既に怯え切っている。
ただ・・・・アジア人の少年だけは少し様子が違っていた。
俺を目の前にしても、しきりに隣の部屋を気にしている。
ここに居る中で一番の華奢な体つきで幼い容姿だが、肝だけは誰よりも据わっているようだ。
顔の痕はマシだと思うが、それでも口元は血が滲み目元も少し腫れている。
『あの公園はお前等の所有地じゃなくて、公共の場ですけど?』
『お前!?どこに連れてこられたか解ってんのか!!?』
怯えた様子もないアジア人は生意気な口を利き、カッとしたモヒカに頬を殴られた。
『アキラ、黙ってた方がいい』と彼の仲間が言うが、本人は『蚊でも止まったかと思った』と相当な負けず嫌いみたいだ。
『おいっ、やめろ。ただの一般人だろ』
『ボス、だけど!!』
『なぁ、さっきから泣いてんだけど』
場にそぐわない赤ん坊の鳴き声。
張り詰めた空気の中、誰もが無視していた事を少年はサラリと指摘してきた。
だから隣の部屋を気にしていたのか・・・・
『だからどうした!?お前には関係ないだろうが!!ちょっとは自分の心配しろ!!』
『飯はあげたのか?』
『人の話を聞け!!』
『お前に聞いてんじゃねぇ~~よ、何時の時代を生きてんだモヒカン野郎!!こっちのデカイのに聞いてんだ!!!』
デカイ・・・間違いなく俺のことだな。
『ボスになんて口利いてんだ!?』
『オレのボスじゃねぇ〜し。つ~か話しにならん!』
男はそう言うとモヒカを押しのけ、あろうことか隣の部屋の方へとズンズンと歩いていく。
『おいっ!入るな!』
咄嗟に腕を伸ばして男を捕まえようとしたが、相手は身を翻してその手から逃れた。
そしてそのまま扉を開けて、遠慮なく部屋の中へ入って行く。
もしかして、赤ん坊を人質に!?
そんな思いが過ぎり、俺も慌ててその後を追って部屋に入った。
『くっせ!!』
今朝から泣きっぱなしの赤ん坊は、既に少年の腕の中に収まっていた。
俺も頭を悩ませた匂いに、彼の顔も歪んでいる。
『うんこしてるじゃねぇかよ!オムツ替えろよ!』
『おい、そいつを寄こせ』
『寄こせじゃねぇ〜だろうが!父親なら、ちゃんと世話しろよ!』
『父親じゃない』
『じゃ、親は何処だよ』
『はぁ・・・そいつは兄貴の子供だ。母親が出ていって面倒見きれないから、俺に押し付けてきやがった』
『はぁ糞親だな!!あっ違うよ、お前の親は糞じゃないからね?』
汚い言葉を吐いた後、咄嗟に腕の中の赤ん坊に言い訳をする相手に俺は一瞬面食らう。
『すぐにオムツ替えてあげるからね~~。おいっデカイのオムツの替えは?』
腕の中の赤ん坊には柔らかな表情を向け、俺には不機嫌そうな表情を向ける。
何だ・・この二重人格者。
『そんなもんねぇ~よ』
『世話押し付けて来て、何も用意してねぇ〜て!?どんだけ糞なんだよお前の兄貴。あっ違うよ、お父さんは糞じゃないからね。今からお風呂入ってキレイキレイしましょ~ね』
『はぁ!!??』
『ほらっそこ退け』
苛立った相手は赤ん坊を抱いたまま、俺の体を押し退けてリビングに戻る。
相手の手から赤ん坊を奪える距離に居ても、俺は調子を狂わされ手が出せずにいた。
『おい!モヒカン野郎。オムツSサイズと、哺乳瓶と粉ミルク買ってこい!粉ミルクは日本メーカーだぞ』
『はぁ!?何でお前のパシリやらされなきゃなんねぇ~んだ!?』
『じゃ~オレが買いに行くから、お前がこの子をお風呂に入れてあげるか?』
そう言って赤ん坊を手にしたまま、モヒカに近づいていく。
強烈な匂いと、強烈な鳴き声を発している赤ん坊を目の前に、モヒカはたじろぐと俺の方へ縋るような視線を向けた。
『はぁ・・・買ってこい』
正直、俺も朝から兄貴の子供にお手上げ状態。
少年の行動は人質目的には思えず、この状況をどうにかしてくれるならと結局バスルームに案内した。
その後風呂に入れて匂いが取れた赤ん坊の世話をしたのは、その少年だった。
モヒカが買ってきたオムツやミルクの使い方を俺や手下達に教え、その他にも抱き方や寝かしつけ方も教わった。
アキラとの出会いは強烈で、それ以降毎日のように訪れる彼にいつしか俺は惹かれていった。
******
[頼みたいことがあるから、まだ寝るなよ!30分後にビデオチャットで]
そんなメッセージが届いて、丁度30分後にビデオチャットの呼び出しが鳴った。
ノートパソコンの画面には、珍しく制服姿のアキラが満面な笑顔で待機していた。
そして遠く離れた場所に住んでいるあいつから、一体何の頼み事だろうと思ってみれば・・・・SNS内で恋人のふりをして欲しいという内容だった。
『まぁ良いけどよ・・・後で後悔しないのか?』
『何が?』
月に数回SNSに写真をあげることぐらい、あまり負担に思わなかったが・・・・。
後先考えてないアキラの依頼に、少々心配になってくる。
『お前に好きな奴が出来た時だ』
『出来ないよ』
『そう言い切れるのか?』
『言い切れる』
『はぁ・・・』
画面越しにハッキリ断言するアキラに、思わずため息が漏れる。
勉強は出来るのに、こういうトコロに頭が回らないのは以前からだ。
『先の事なんて解らないだろう?』
『解るよ。タイに来て今までだって出来なかったんだ、この先だってない』
『なら、俺との事は予想できてたのか?』
『は?』
6年前、俺達は出会った。
ストリートギャングの頭だった俺の家に、毎日の様にやって来ては甥のスキップの面倒を見ていたアキラ。
そのうち俺や手下達に手料理を振る舞い、泊まることも多くなってきた。
完全に家のように寛ぎ始めて、私物が増えだした頃・・・・もし甥っ子の手がかからなくなった時、突然アキラが来なくなったらと想像し怖くなった。
ズカズカと私生活に入り込んできた相手を、もう手放すことが出来なくなり・・・・アキラが言った冗談に、俺は本気で答えた。
【スキップの為にも、子供好きな嫁探せば?男ばかりの家じゃ、スキップも可愛そうだ】
【スキップはお前に懐いてる。それに・・・・嫁なら、お前がなればいい。俺はお前が居ればそれでいいんだ】
ただ当時はあれが精一杯の告白だった。
だけどアキラは、俺の言葉を冗談として片付けず本気で考え、次の日【嫁になってやる】と答えを出してくれた。
結局、アキラがタイへ行くことになり別れてしまったが・・・・俺としては放したくなかった。
ビデオチャットで話す彼の姿が段々と男らしくなってきた姿を見る度、勿体ないことをしたなと今でも悔やんでる。
『男と付き合うなんて、当時のお前は予想ついてなかった筈だぞ』
『それは・・・そうだけど』
『先のことなんて解らない。突然予想もつかない出会いをして、気持ちを持ってかれる事があるんだ。俺みたいにな』
『エディみたいに?』
『手下に喧嘩を売って、落とし前付けさせる為に連れて来られたのに、唐突に子守し始める男と出会うなんて誰が想像できる?』
『オレのことかよ』
『協力はしてやるが、もう一度ゆっくり考えろ。後で後悔しても俺は責任もたないからな』
『解った。じゃ、アカウント作ったらIDパスワード添えて送るね』
こいつ・・・・ゆっくり考える気まったくないな。
自分の事は二の次で、人には甲斐甲斐しく世話を焼き、細部にまで気を配る。
だけどどこか抜けてる彼は、甥のスキップ同様に目が離せない。
手の届かない所に居ても、いつまでも心配させる。
『なぁアキラ』
『ん?』
『もしタイに行く話がなかったら、今でも俺と付き合ってたか?』
『ん~~~~、わかんない』
『わかんないって・・・・』
思った事を素直に口にする相手に、俺は少しショックを受けた。
そこは普通・・・付き合ってるって言うだろうが・・・。
『エディが言っただろ?先の事はわからないって・・・もしかしたら別れる可能性だってあったかも。元々2人ともノーマルなんだし、エディがやっぱり男のケツより、女のマンコが良いって言うかもしれないだろう?』
『一つ言っておくけどよ。俺はお前のケツにぶっ込んだ記憶はないぞ』
『そんなの当たり前だろうが、あんな馬サイズ無理に決まってんだろう。せめて人並みになってから言ってくれ』
『はぁ・・・』
そう、付き合っていたが・・・セックスは最後までしてない。
当時のアキラは今よりも小柄だった。
いざ致そうとしても、アキラが俺のモノを見て絶対に嫌だとつっぱねていた。
かと言って俺が受ける側も絶対イヤだった。
結局、最後までせず愛撫だけで終わる。
それでも俺は満足していた。
「お兄ちゃん、ホボンが呼んでるよ」
『やば、鍵し忘れてた』
スピーカー越しに聞こえた子供の声。
アキラは慌てたように横を向き「エリック、ちょっと待ってな」と画面に映っていない弟に声をかけた。
『んじゃエディ、ごめんな。おやすみ~~~』
こっちの返事を聞かずに、有無を言わさずに通話は切られた。
別れてからも振り回される俺って・・・・。
相手のペースに未だ巻き込まれている自分に、自傷気味に笑いが漏れた。
どんなに未練があっても、二度と手に入らない相手。
だからせめて、自分の替わりに彼を支えてやれる人が現れたら・・・・
そんな出来た人間みたいな事を思う俺は、ギャングのボスなんて器じゃないだろうな・・・・
続く
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