第7話
***
「うーん、やっぱダメだねこりゃ」
壊れたバイクを見た宮田は、開口一番にそう言った。
「ですよね」
公太も同意した。あからさまに走れる状態ではなくなっているのだから、当然だと思った。
「いやー、事故車も何度か見てきてるけど、これはけっこう上位狙えるね。よく生きてたもんだ」
「ですよね」
再び公太は同意した。
「とりあえず積んじゃうか。あ、キー貸して」
「どうぞ。何か手伝いますか?」
「ああ、いいよいいよ。近くにいると危ないからちょっと離れてな」
鍵を手渡しながら申し出た公太だったが、宮田はあっさりと断った。素人が手伝うとかえって危ない、ということかもしれない。
公太がおとなしく少し離れて様子を見ていると、宮田は荷台からラダーを二枚降ろし、手早く設置した。そして軽トラを離れ、バイクに鍵を刺しハンドルロックを解除すると、何度かハンドルを左右に切ったりして具合を確かめてから、バイクを押し始めた。軽く助走を付けてバイクを荷台に乗せる。まるで自転車でも運ぶかのような軽快さに、公太は驚いた。
荷台の上でバイクのスタンドを立てた宮田は、少しの間だけ考え込む様子を見せたが、荷台の隅にあったロープなどを手にすると、鮮やかな手つきでバイクを荷台に固定し始めた。
ものの数分で作業を終えると、宮田はラダーを荷台に積み直し、荷台の後部パネルを上げ、公太のもとへ歩いてきた。
「すごいっすね」
宮田の手際の良さに感心した公太は、素直に称賛した。
「まあ軽いバイクだしね。ブレーキも生きててくれて助かったよ」
「軽いですか」
「こいつは140キロくらいだったかな。軽いほう」
「はあ……」
それは決して軽いとは言わないのではないかと思ったが、公太は何も言わなかった。比較的軽い、ということなのだろう。
「んで、これ廃車でいいんだよね?」
「えっと、処分するってことですよね? あ、手続きとかって、どうするんでしょうか?」
「あぁ……保険とか入ってたっけ?」
「自賠責だけです」
「んじゃ、廃車だけだな。自分でやるの大変だろうし、こっちで準備しとくよ。また今度うちの店に来な、その時に書類書いてもらうから」
「助かります」
「買った時の書類と、ハンコ持ってきてね」
こういった時にフォローをしてくれるのが、宮田の良いところだった。道具を売るだけではなく、使い続けることや、処分に関しても便宜を図ってくれる。
聞くところによると、自分の店以外で買った自転車やバイクの面倒も見てくれるということだから、人が良いというより、お人好しが過ぎるのかもしれない。
「えっと、それでお金なんですが……」
「金?」
「処分にお金かかったりしませんか?」
「あー、いいよいいよ。そのかわり、使えそうな部品は使わせてもらうから。書類の分はオマケしとく」
「ありがとうございます」
「はは、女房に叱られるかもしれないけどな」
「ほんとすいません」
「いいって。ま、学校の友達とかに良い評判流しといてくれな!」
宮田は軽トラに乗り込みながら爽やかに言い残すと、ゆっくりと去っていった。半年足らずの短い期間ではあったが、相棒とも呼べる愛車がいなくなっていくのは、公太に物悲しさを感じさせた。
すぐ隣で、ヒナがドナドナを口ずさんでいたのも拍車をかけていたのかもしれない。
「バイクーを乗せーてゆく~♪」
「いや、うるせえよ」
微妙に替え歌にして歌うヒナに、堪らず公太はツッコミを入れた。
「バカにしてんのか」
「あたしにはよくわからないんだけどさ、やっぱり寂しいものかな?」
公太のことばは無視して、ヒナが尋ねた。おそらくバイクがなくなったことを言っているのだろう、と公太は答えた。
「そりゃまあ、愛着あるものがなくなるのは寂しいよ」
「ふーん」
「気に入ってるものがなくなったら、ヘコむだろ」
「そんなもんかな」
いまいち納得がいっていないような様子だったが、ヒナはそれ以上何も言わなかった。公太がヒナの横顔を盗み見ると、夕暮れの西日を受けて白い肌がうっすらと赤みがかっていた。
***
壊れたバイクが引き取られていった日から、翌日の午前。公太は自室の窓際に立ち、腰に手を当てて外を眺めていた。
「参った、やることがない」
今までは、暇があればバイクに乗って出掛けていたのだ。バイクがなくなってしまった今、特にやることもなくなってしまった公太は、完全に暇を持て余していた。
家に置いてあったマンガでも読んで暇をつぶそうともしたが、既に何度も読んでいるためページをめくるスピードも早くなり、横で見ていたヒナがさっぱり話がわからないと文句を言うため、すぐにやめてしまった。
美雪とはメールでやり取りしていたが、今日まで部屋に姉がいるらしく、返信はぼちぼちというところだった。美雪とは明日会う予定だ。
「ねーねーコウちゃん、散歩でもしにいこうよー」
同じく暇を持て余しているらしいヒナは、先ほどからしきりに外出を促してきている。だが、公太は気乗りしなかった。
「暑いしさ……やめとこ」
窓の外からは、セミの鳴き声が聞こえてきている。それだけで暑いような気分になってくるが、エアコンを点けているうちは木造アパートといえど屋内は涼しいものだ。すぐそばに幽霊がいるなら体感温度が下がっても良いのではないかとも思ったが、ヒナはそんな効能を持ち合わせてはいないようだった。
「ねーえー、ヒマすぎて死んじゃうよ―」
(いや、もう死んでんじゃん……)
こう思うのも、既に今日だけで3回目くらいになっていた。
昨晩、ヒナはまたしてもいつの間にか姿が見えなくなっていた。もしかしたら見えていない時は寝ているのかもしれない。そして、夜が明ければ今日は朝から騒がしい。幽霊とは夜行性だとばかり思っていた公太にとっては意外だったが、もともと人間として生きていたのだからそれも当たり前なのかもしれなかった。
「でもさー、あたしもちょっとコウちゃんの住んでる街とか見てみたいんだよ。それにさ、身体だってなまってるでしょ? リハビリだよ、リハビリ」
「うーん……」
言われてみれば、たしかに身体はなまっていた。三日間寝ていただけで、身体は相当に重く感じるようになった。昨日一日でだいぶ感覚は取り戻したものの、とてもまだ完調とは言えない状態だ。
「ほらほら、ウォーキングして汗かけば家でダラダラしてるより身体に良いって! いこいこ!」
「そこまで言われると、なんか口車に乗せられるのがイヤになってくるな」
「あーごめんごめん、言い過ぎた! 取り消し!」
一瞬だけ乗り気になったのを感じとったのか、やけにハイテンションになっているヒナに、公太は苦笑した。だが、乗りかかった船には乗り切ってやろうという気になった。
「そんじゃ行くか」
「お、ホント!? いいね!」
声を弾ませるヒナを尻目に、公太は部屋着を脱いで着替え始めた。だが、上を脱いで半裸になり、下を脱ごうとしたところで視線に気付き動きを止めた。
そういえば昨晩はいつの間にか姿が見えなくなっていたので気にしていなかったが、着替えるタイミングでヒナがいるのは初めてだった。振り返れば、ヒナはまるで監督でもしているかのように腕組みをしながらしっかりと公太のことを見ていた。
「なんで見てんの?」
「え?」
「いや、着替えてんだけど……」
「あ、そういう感じ? 見られるのイヤ?」
「見られて喜ぶタイプではないな。台所のほう行くとかさ」
「はいはい」
いい加減な相槌を打つと、ヒナは部屋から出ていった。後ろ姿が見えなくなるのを見届けた公太は、寝間着代わりのハーフパンツを脱ぐとジーンズを履き、適当なシャツを掴んで着た。
「もういいぞー」
「はいはーい……コウちゃん、可愛いパンツ履いてるね」
「いや、あれはおかあが……って、結局見てたんかい」
「冗談冗談。さ、いこいこ!」
ヒナは屈託のない笑顔を見せながら言った。
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