第7話 オカルティックボーイ
僕はバス停のベンチから立ち上がり、噴水の側にいる少女の方へと歩み寄った。静かに歩き足もとには注意を怠らない。ロータリーの段差をまたぎ、雑草を踏む音すら立てずに進んだ。集まっていた鳩たちはパンを頬張ったり、奪い合ったりとせわしない様子で、僕に気付く気配すらない。
順調すぎる展開ににんまりして、ある陽気な企みを思いついた。
彼女の小さい肩を腕で優しく抱いた。白い首とつややかな髪からは、甘い香水の匂いがただよってきた。少女は無反応だった。
しばらく動かずにいた彼女が顔を反らせてきたので、仕方なく腕を離した。振り返った彼女の茶色い目は驚きに大きく見開かれて、瞳のおくには体をびくつかせた僕の姿が映る。彼女は顔をだんだんと赤くして叫んだ。
「や、や、やめろーーっ」
鳩たちは豆鉄砲をくらったかのように慌てて飛びたっていった。理性を取り戻したぼくは、即座に土下座を決め込んだ。直立から土下座が完成するまでの動作は1秒を満たない。この瞬時の行為は人間の意識からではなく、動物の反射速度と言うべきだ。全く動物的な臆病さが彼をコンマ単位の速度を有する究極の土下座へ駆り立てたのだった。彼女は震えながら言った。
「頭を上げて顔をみ、見せるのですっ」
恐れ多くも地面から彼女の表情に目をやる。顔色から察するに怒りよりかは羞恥心に近く、眉の位置から察するに恐怖というよりは単なる驚きがみてとれた。
「なぜ私に抱きついてきたの?!!とりあえず、名前を教えてもらいます!警察に行くから」
「やめてください、お願いします。僕は変態ではありません!」
必死に嘆願する僕をみた彼女は、なぜか忍び笑いをもらした。目に涙さえ浮かべて。
「田崎くんだよね、ごめん、揶揄ったりして。あんまり面白いからつい悪ふざけが過ぎたよ。田崎くんが驚かせに来てくれたってことだけはなんとなくわかった。だから仕返しとして警察という言葉をだしました……ふふ」
「よかった、君じゃなく警察官に抱きしめられるところだったよ。いやなんでもない。………待てよ、この日を想起し直せば捕まったとしてもやり直せるんじゃないか」
「どうしたの、そうき?」
膝のほこりをはたいて立ち上がると、平然の顔を取り戻した。
「なんでもない。ところでさ、僕が未来人だと言えば信じるかい」
「変態だとは信じちゃうかな?」
「ごめんってば!……嫌だった?」
そう言われた彼女は、頬にかかる髪をそっと抑えて、手櫛でもてあそびながらつぶやいた。
「別に嫌だとは思わなかった……。大好きな人にぎゅってされたみたいで嬉しかった……」
「なにか言った?やっぱり僕が未来から来たと言っても信じないよね」
「なにも言ってないよ!えと、田崎くんは未来人って言いたいの?」
「ああ、君がぼくの名前を知ってることが証拠さ。鳩を飛ばさない約束をしたこと覚えてないかな」
「ごめん、覚えてないみたい。もしかして田崎くんはオカルト好きのオカルティックボーイだったり?」
「オカルトじゃない、じ・じ・つ!そうだ、君の名前はゆい!オカルトで名前は当てれない。未来人なら君の名前を知っている!キラーン!!」
「私の名前……。でもその論理からすると、私が田崎って名前を知っているのは、私も未来人だからってことになるよ」
「君も未来から来たんだ。この世界の外、現実の世界からね。その現実に戻るには君との記憶を取り戻していかなくてはならない。」
彼女は困惑するでもなく、この非現実を楽しんでいるみたいだ。表情は明るく輝いていた。
「田崎くんの言うことが正しいとして、二人はどうやって記憶を取り戻していくの?」
滅びゆくデートをこの無限世界で!! 有理 @mizuhi723
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