068話 使徒の襲撃


 何事もなく買い物を終えた俺たち<煌く紫炎の流星群ヴァイオレット・シューティングスター>は、<深碧しんぺきの樹海>に潜って<刺突牙虎ニードルタイガー>の討伐に勤しんでいた。


 前に大賢者パーシェンに監視されていたときはディーピーに任せっきりだったが、今回は俺も戦っている。


「いくぞ、魔剣ささくれ丸!」


 フェリクスから貰った銀の剣に<魔法闘気>を乗せる。

 こうすれば、うっかり近くを通りかかった冒険者に<魔法闘気>を見られても、「これは魔剣なんです」と言い訳ができる。


 圧倒的な攻撃力を持つ一撃は、あっさりと<刺突牙虎ニードルタイガー>を倒した。


「お兄ちゃん、なにそれ……」


 俺の<魔法闘気>に反応してピカピカ光っているリアが、怪訝けげんな顔で俺を見た。


「ああ、こうすれば攻撃力不足は解消できるからな」


「そうじゃなくて、名前のほう」


 魔剣だから何か名前があったほうがいいと思ったんだけど、そんなにダメな名前だろうか。


「名前はともかく、依頼達成に必要な討伐数はとっくに超えたのに、まだまだ魔物が減りませんね」


 まさかのラミリィも名前についてはノーコメントだ。


「うん、でも<魔物のエサ>に釣られてやってくる魔物がいなくなるまでは、間引きしておいたほうがいいと思うの」


 俺たち<煌く紫炎の流星群ヴァイオレット・シューティングスター>に勇者リアを加えたパーティーは、現場に到着してすぐに必要量の魔物を倒した。

 魔物をおびき寄せる<魔物のエサ>を買ったのは無駄だったと思うぐらい、実にあっという間だった。


 だが、そこから少し話が変わってくる。

 次から次へと、ひっきりなしに<刺突牙虎ニードルタイガー>が集まってきたのだ。


 それを見て、魔物をもっと倒しておいたほうがいいとリアが提案した。


 そもそも討伐依頼は増えすぎてしまった魔物を減らすための依頼。

 大量発生した魔物を放置していては、素材収集メインのパーティーなどが活動できなくなる。


 勇者らしい考え方だと皆は納得していたが、俺としては意外だった。


 子供のころのリアはもっと、他人より身内や仲間が大切という性格だったのだ。

 人助けをしようと無茶ばかりしていた俺と、よく口論になっていた。


「リアも、勇者として成長したってことなのかな」


「ちょっと、お兄ちゃん。戦闘中に何を呑気なこと言ってるの」


 そういうリアの言葉にも、緊張感は無い。

 戦力差がありすぎて、ただの作業になっているのだ。

 それに──


「新手、10時の方角に4体じゃ。ラミリィ、いけるかのう?」


「はいっ! <早打ち連射・一斉攻撃>!!」


 ラミリィの攻撃で、新たに湧いた魔物の群れが一瞬で掃討される。

 その攻撃力もさることながら、ロリーナの指揮も見事なものだった。


 この戦いで、ロリーナの隠れた才能が見つかった。

 不死身であること以外は戦闘面では何の役にも立たないと思われていたロリーナだったが、戦闘指揮にかけては誰よりも上手かったのだ。


 ロリーナは常に戦場全体を掌握し、的確な指示を出す。

 ”決して死なない指揮官”がどれほど有用かは、説明するまでも無いだろう。


 一応パーティーのリーダーは俺だが、俺は戦いながら<装備変更>でラミリィの矢を補充するので、結構やることが多い。

 かわりに指揮を取ってくれる人がいるのは、とてもありがたかった。


 つまり、俺たちの相性は最高だ。


「12時の方角に緑色の狼煙のろし。遠距離攻撃は一旦中止じゃ!」


 冒険者同士は色付きの狼煙のろしで合図を送る。

 普通はフィールドでやるものだが、ここ<深碧しんぺきの樹海>は屋外タイプのダンジョンなので、狼煙のろしを使うのが慣例となっている。


 緑色の狼煙のろしの意味は「移動中」。

 他パーティーの強力な遠距離攻撃に巻き込まれたくない時などに使う狼煙のろしだ。


 きっとラミリィの攻撃を見て、狼煙のろしを上げたのだろう。


「こちらは<魔物のエサ>を使っておる。あまり他のパーティーを近づけるのは得策ではなさそうじゃが、迂回させるかのう?」


 ロリーナが俺に尋ねた。


 一応、戦闘中は狼煙のろしを無視しても仕方ないという暗黙の了解がある。

 命がけで闘っている時に他パーティーのことまで気を回す余裕なんて無いからだ。


 こちらから合図を返さなければ、狼煙のろしをあげたパーティーは戦いに巻き込まれないように遠回りをするだろう。


「リア、まだ魔物の数を減らしたほうがよさそうか?」


「うーん、他のパーティーの邪魔をしてまでやることじゃないし、もういいかも」


「よし、戦いはこのぐらいにしておこう。ロリーナ、合図を送っておいてくれ」


「うむ、承知した」


 ロリーナは発煙筒を取り出して、「近寄ってもよい」という合図を送る。


 俺は<魔法闘気>を解除して、出していた<魔物のエサ>を回収した。

 <アイテムボックス>に入れておけば、これ以上魔物をおびき寄せることはない。


 そうして魔物の掃討を中止して死体の剥ぎ取りをしていると、狼煙のろしを出していたパーティーと遭遇した。


 それは、前にも見た素材集めをしていた冒険者だった。

 前はホクホク顔で歩いてきたが、今回はその表情は暗い。


「悪いな。邪魔をしちまったみたいだ」


 やってきた冒険者は俺たちが討伐依頼をしていたのに気づき、すぐに謝罪した。


「いや、構わない。何かあったのか?」


「ああ、せっかく<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>がいなくなったっていうのに、今度は魔物がわんさか出るようになってな。まともに素材集めが出来ないんで、諦めて帰ることにしたんだ。まったく、商売上がったりだぜ」


 冒険者たちはそう言うと、街への帰路についた。


「確かに、最近なんだか魔物が多くなってますよね」


 冒険者たちを見送りながら、ラミリィが言った。


 言われてみれば確かに。

 薬草採取のクエストはもう済ませているのだが、資源ポイントで薬草を集めている最中も、妙に魔物たちに襲われた。


 こんなに魔物が出るのなら、以前の<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>とのいざこざのときに、メルカディアに魔物を出すよう頼まなくてもよかったかもと思ったぐらいだ。


 もしかして、<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>の冒険者たちが負傷しているから、討伐依頼をこなす冒険者が減って魔物が増えているのだろうか。


「あいつらでも、冒険者としては役に立っていたってことなのかな」


「なんじゃ、カイ。あやつらをぶっ潰すんじゃなかったのかのう?」


「そうなんだけど、他の冒険者に迷惑がかかるのはちょっとなって思ってさ」


「それは気にしすぎじゃ。事業を独占していた悪徳組織が居なくなったら、そこに別の者たちが参入してくる。一時的な混乱はあったとしても、やがてあるべき形に落ち着くものじゃよ。それが経済というものじゃ」


 俺たちが死体から素材を剥ぎ取りながら話していると、ふいにディーピーが周囲を見渡し始めた。


「どうした、ディーピー」


「なあ、カイ。さっきの話だが、その<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>ってクランをどうやってぶっ潰すつもりなんだ? 乗り込んで力でねじ伏せるわけじゃないんだろ?」


「うん。あいつらが言い逃れの出来ない悪事を働いたときに、その証拠をしっかり押さえるつもりだ」


 もちろん、これまでのゴメスダの悪行を告発すれば、ゴメスダは冒険者ギルドを追放されるだろう。

 だが俺の狙いはゴメスダではなく、<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>だ。


 ここでゴメスダを追放できたとしても、<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>はトカゲの尻尾切りをして逃れるだろう。

 ゴメスダを泳がせて、やつらを破滅させる決定的な証拠を掴みたいのだ。


「そうか、それなら好都合だ。向こうから来てくれたみたいだぜ」


「ディーピ! それって……!」


 ディーピーの視線の先を目で追う。

 森の奥に男が1人。

 それは、ロリーナをその刃で傷つけた<闇討ちのゴメスダ>だった。


 俺たちがゴメスダを見つけると同時に、リアの体が白く光り始める。

 魔族や使徒と対峙したときに現れる光のオーラ。


 もちろん今、俺は<魔法闘気>を使っていない。

 ゴメスダが現れた途端に発生したということは──


「ゴメスダ、お前……魔族に魂を売ったようだな!」


 ゴメスダからは、どす黒い<魔法闘気>のオーラが出ていた。

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