060話 集結


 ここまでのあらすじ。

 勇者と死闘を繰り広げた俺だったが、猫耳メイド服のおかげで勝った。

 仲間たちからの視線が痛い。

 以上。


「カイ、妾はおぬしの人間性についての評価は後世に任せるつもりじゃ」


「カイさん……その、ご家族とうまくいってないのなら、あたしが相談に乗りますからね……」


「カイ、お前なんというか、えげつないな」


 おかしい、俺は人類最強の勇者と戦って勝ったはずだが、なんでこんな憐れむような目を向けられてるんだ。


 ちなみにその人類最強は、俺に負けたのが未だに信じられないようで、茫然ぼうぜん自失となっていた。


「なんで……猫耳メイドなんで……? もしかして、お兄ちゃんに変な趣味ができちゃったの……?」


 人聞きの悪いことを言うのは止めなさい。

 それは悪質な変態マゾくに押し付けられたものです。


「とにかく、この決闘! 勝ったのは俺だからな。約束は守ってもらうぞ。俺はこれからも冒険を続ける。いいな?」


 改めて念を押す。

 最近、諦めの悪い連中に絡まれてばかりで、ちょっと神経質なのだ。


「う、うん……。でも、私がお兄ちゃんに負けたってことは、私はこれからは猫耳メイドとして生きていかなきゃいけない……ってコト?」


「そうはならんだろ」


 パニックになりすぎるとよくわからないことを言い出す癖、直ってないんだな。


「いいえ、これ以上あなたが冒険を続けることはありません! カイ・リンデンドルフ! あなたが魔の者と関係があったと分かった以上、あなたは人類の敵! 捕まえて、神聖教団に引き渡すのが道理ですっ!」


 そう叫んだのは大賢者のパーシェン。

 出たな、諦めの悪い連中の1人。


「そういうことを言うなら、俺も抵抗するぞ。火あぶりにされるのは嫌だからな」


 俺の言葉に、妹がピクリと反応した。


「パーシェン。お兄ちゃんの身に危険が及ぶようなことをしたら、私があなたを殺すからね」


「ひゃ、ひゃいっ!」


 怯えきったパーシェンの返事が岩山に響いた。

 こいつマジで勇者と聖女には頭が上がらないのな。


「で、ですがっ! 他の者はどうなのですか! 勇者パーティーの一員として、魔族に連なる者を野放しにして構わないと!?」


 パーシェンは決闘を見届けていた、他の勇者パーティーの面々に問い始めた。

 しかし、パーシェンに比べて他の人達は明らかに熱意が低かった。


 真っ先に答えたのは、大剣のフェリクス。


「よくわからんが、カイ君なら問題なかろう! 大いなる力は、どんな力なのかより、どう使うかが問題だ! カイ君は力に溺れたりなどしない!」


 力強く答えてくれたのが嬉しい。

 それに続いて、フェリクスの妹である、大根の……じゃなかった、聖女プリセア。


「勇者様のお兄さんを教団に引き渡すってのは、ちょっとねぇ。それに私、面白そうだから聖女になっただけで、ぶっちゃげ世界の命運とかどうでもいいんだよね」


 おい、聖女。

 味方になってくれるのは嬉しいが、それでいいのか。


 そして最後、大盾のアーダイン。

 あまり話に関わってないのでイマイチ状況を掴んでいない様子だ。


「よく分からんけどよ、俺はカッコいい男になってモテるために勇者パーティーに入ったんだ。ようやく出会えた兄妹を名声のために引き剥がすってのは、ダサいと思うから嫌だぜ!」


 あーなるほど。

 俺を探すついでに勇者をやっていたリアを含め、このパーティー、あまりにも出世意欲が低いんだな。


「し、しかし……。このままでは我々は、ずっとBランクのままですよ……!」


 大賢者パーシェンが俺たちを魔族に仕立て上げてでも成り上がろうと焦る理由がちょっとだけ分かった。

 もちろん、許されることではないが。


「おい、パーシェン。お前、俺にバラされたら困る話がたくさんあること、忘れちゃいないか?」


 ロリーナを傷つけ、俺たちに大魔術を放とうとしたこと。

 他の冒険者と手を組んで、ダンジョンの中で俺たちを拘束したこと。


 リアが知れば、怒ってパーシェンを追放するかもしれない。


「ぐっ……。よいでしょう、ここは見逃してあげます。しかし、あなたが人類に害為す存在だと分かったときは、容赦はしませんからね!」


 パーシェンは負け惜しみを言ってから、そっぽを向いた。


 きっとこれで、今後は俺にちょっかいをかけてくることは無いだろう。

 よかった、これで今回の騒動は一件落着だ。


「待って、お兄ちゃん。私にこんな思いをさせたんだから、せめて何があったか説明してほしいにゃん!」


「リア! 語尾ににゃんを付けるのはやめろ! 正気にもどれ、お前は猫耳メイドではない!」


 俺は装備変更で奪った服をリアに返しながら、これまでの経緯を簡単に説明した。


「俺の”天啓”が<装備変更>というハズレスキルなのはもちろん知ってるよな?」


「うん」


「役立たずの俺は荷物持ちで生計を立てていたが見捨てられ母性派魔族に拾われた。そこで俺は戦略的にオギャって窮地きゅうちを脱し、魔族の力である<魔法闘気>を習得したんだ。魔族の力って言うけど、むしろ俺はメスガキの尻を叩いたり、仲間にゴミを浴びせたりと、必死に魔族に抵抗していたんだぞ?」


「うん?」


 リアがまた固まってしまった。

 そんなに変なことを言ったかな?


「カイ・リンデンドルフ! こう言ってはなんだが……この大賢者パーシェンに、精神鑑定をさせてもらいたいのだが」


 パーシェンが変なものを見るような目を俺に向ける。

 え、何。

 俺、お前に狂人扱いされてんの?


「貴様は知らんだろうが、魔族と関わると正気を失うと言われている。そして、今のお前の発言は……」


「知ってるし、俺は正常だ!」


 俺は必死に主張したが、事情を知らない人たちから疑いの目を向けられる。

 事情を知っている俺の仲間たちも、「まあ、そう言われてもしかたないよね」みたいな空気を出していた。


「ねえ、あなた、本当に私のお兄ちゃんなんだよね? お兄ちゃんの姿をした別の何かだったり、お兄ちゃんの体を乗っ取って悪さをしてる何かだったりしないよね?」


 リアが疑いの目を向け始めた。

 まずい、俺が<魔法闘気>を使っても大丈夫と読んだのは、妹のリアなら事情を説明すれば俺を神聖教団に突き出したりはしないだろうと思ってのことだ。


 俺が実の兄だとリアに信じてもらえないのは、一番まずいのだ。



 そして、最悪のことは、最悪のタイミングで起きるものらしい。

 いきなり俺の隣の空間が歪んでワープゾーンができたかと思うと、中から魔族が飛び出してきた。


「こんなところにいたのね、クソ人間! 本当に魔王にケンカ売るなんて、バカなんじゃないの?! いくらメルでも、怒りよりも心配が先に来るわよ!」


 出てきたのは、魔族のメルカディアだ。

 メルカディアは出てくるなり、いきなり俺に抱きついた。

 もちろん、勇者パーティーの面々が見ている中で。


「お前、俺が一番困るタイミングで出てきやがったな……! そんなにまたお仕置きされたいのか!?」


「ま、待って! メル、今回はまだお仕置きされるようなこと、してなくない?」


 言われてみればそうなのだが、今はそういうわけにもいかない。

 メルカディアは人類の一般的なファッションセンスからは逸脱した、際どい格好をしている。

 それにこんな時に限って、頭にご立派な角をつけていた。


「お、お兄ちゃん……? 誰なの、その子……」


 魔族に反応して白いオーラを放ち始めたリアが、恐る恐る聞いてきた。

 いきなり魔族が現れたことが怖いのか、それとも魔族が俺に抱きついたことが怖いのか。


「ああ、人類の敵である悪い魔族のメルカディアだ。俺の敵でもある」


「お兄ちゃん、普通は敵同士で抱きついたりしないんだよっ!」


 分かる。知ってる。


「へー、ふーん。そうなんだ。クソ人間の、妹ちゃんねぇ」


 何かを察したメルカディアが、イタズラっぽく笑った。

 そしていきなり、何を思ったのか、その唇を俺の唇に重ねてきたのだ。


「むぐっ!」


 俺は必死に引き離そうとするが、すごい力で押さえつけられて、全然離せない。

 こいつ、こんなことに魔族の身体能力を全力で使ってきてやがるな!


 俺は必死に抵抗しているのだけれど、周りからどう映るかは分からない。

 横目で見ると、リアが鬼のような形相でこちらを見ていた。


「ちょっと、あんた何。私のお兄ちゃんに、何してるの」


 それを見たメルカディアがようやく俺から離れ、リアをからかった。


「あーっ! やっぱり怒ったー! プークスクス。ねえ、悔しい? 悔し」「オラァッ!」


 <魔法闘気>を込めて、全力でメルカディアを殴った。


「あいたっ!」


 メルカディアは俺の拳を頭に受けて、軽くよろめく。

 殺すつもりで殴ったのに、この魔族にとっては小突かれた程度なのか……。


 改めて、人間と魔族の力の差を実感する。

 このメルカディアが恐れる魔王は、いったいどれだけの力があるのか。


 そして俺は、すぐ横に恐ろしい勇者がいることを思い出した。


「お兄ちゃん? ちゃーんと説明してくれるんだよね?」


 説明したいのはやまやまだが、怒り心頭のリアにメルカディアが何かする前に、メルカディアの気をそらす必要がある。

 勇者が魔族に操られたら、この世の終わりだ。


「おい、メルカディア。こんなことをするために、俺のところにやってきたのか?」


「そ、そうだったわ! つい上質な怒りが採れそうだったから、つい……それよりもクソ人間! あんた、大変なことになってるわよ!」


 メルカディアはすぐ横で大変な表情になっている勇者など知らぬ存ぜぬといった態度で、話を続けた。


「魔王が、他の魔族にも声をかけて、あんたを倒させようとしてるの! メルのところにも話が来たから、急いでこっちに来たってわけ! 下手したら、今すぐにでも魔王の刺客が襲ってくるわ!」


 メルカディアの口から、悪いニュースが知らされる。

 けれども、メルカディアがそれを伝えに来てくれたことに驚いた。


「ちょっと、クソ人間! 何を呆けてるのよ! ビビるぐらいなら、最初から魔王にケンカなんて売らないでよね!」


「いや、普通に有益な情報で驚いただけだ」


「……メルをなんだと思ってるのよ」


「人類の敵」


「んっ……。せっかくクソ人間のためを思って行動したのに……くやしいっ!」


 しかし、厄介なことになったのは確かだ。

 今の俺は、メルカディアにさえ手も足も出ない。

 そんな状況で、魔王の刺客の魔族が俺を倒しに来るだって?


 これはもう、魔族に対抗する力を持つ勇者のリアに協力してもらうしかない。

 今は怒り心頭だが、事情を話せば分かってくれるはずだ。

 これ以上、話がこじれない限り!


 今は最悪の状況だが、これ以下にはならないと俺は思っていた。


 だが、あったのだ。

 これ以上の最悪が。


「クソ人間! さっそく来たわよ、気をつけなさい!」


 メルカディアが叫ぶと、先ほどとは別の空間が歪んでワープゾーンができる。

 そして新たな魔族が現れた。


 その魔族は、俺の知っている顔だった。


「あらあらあら~。魔王にたてつく人間って、やっぱりカイちゃんだったのね~。ひさしぶり、元気にしてた? あなたのママよ~!」


 魔王の刺客として現れたのは、母性派魔族のマーナリアだった。


 待ってくれ、この状況。

 誰に何を説明して、どう対処すればいいんだ。

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