第64話 お隣さんと勉強会③

 勉強会をするようになって早くも数日が経過していた――――


 周は未提出の宿題を持参し、その問題を解く。


 本当は全く褒められたことではないのだが、都合の良いことに、周は全教科の宿題をやっていなかったので、この勉強会で全ての教科の演習をすることが出来た。


 わからないところは俺や紗夜、まぁ流石は生徒会に入るだけのことはあって、意外にも勉強が出来る鈴音が周に教えるというスタンスだ。


「ありゃ。あー、ここ何か楽にやる方法あったよなぁ……」


 現在数Ⅰの練習問題を解いていたところだが、三角比を利用した三角形の面積を求める問題で俺のシャーペンの動きが止まった。


 まぁ、普通に正弦サインを使った面積公式で出せるのだが、もう一つやり方があったような気がするのだ。


 凄くモヤモヤする……。


 右隣に視線を向ければ、紗夜は今周に物理基礎の力学の分野を教えているから、聞くにも聞けない。


 となると、さっきから「早く質問してこいよぉ~」と言わんばかりのニヤつき顔でこちらをチラチラ窺ってきている鈴音に聞くしかないか。


「って、教科書見れば良いじゃん」


「あぁあああ! つっしぃ~! 聞いてよっ、私に聞いてよぉ~~!!」


 俺がタブレット端末で数Ⅰの教科書を開こうとする手を、机の対面から鈴音が抑え込んできた。


「いや、何か鈴音に聞くのって癪じゃないか?」


「それを本人である私に聞かれてもぉ~」


 一瞬どうしたものかと悩んだが、まぁ、悔しくも実際鈴音は学力高いし、教科書で探すより聞いた方が早いだろう。


 俺はため息一つ。


「ここの三角形の面積の問題なんだけどさ」


「ふむふむぅ~」


正弦サインの面積公式でも出せるんだけどさ」


「ふぅ~むぅ~」


「こう……三辺の長さが全部わかってるときに、楽に面積求められた気がするんだけど……」


「ほぉうむぅ~」


「さっきから相槌が鬱陶しいんだよ」


「痛いっ!?」


 マウントでも取りたかったのか、わざとらしく顎に手を当てて演技掛かった相槌を打ってきていた鈴音の額を指で弾く。


 何するぅ~! と抗議してくる鈴音に、俺は「良いから早く教えてくれ」とデコピンの構えを見せる。


「つっしー、それ頼み事じゃなくて恐喝って言うんだよぉ~」


「恐喝? 人聞きの悪いことを言わないでくれ。これは事態を早急に進めるための合理的手段だ」


「そしてそれは私専用の手段だよね!?」


「よくわかってらっしゃる」


「酷いよぉ~」


 鈴音は口を尖らせながらも、俺が差し出した三角形の面積問題に視線を向ける。


「あぁ、ヘロンの公式だねぇ~」


「あっ、そうそれ! どんな奴だっけ?」


 俺は鈴音に公式を教えてもらい、値を代入してその通りに問題を解く。


 モヤモヤが晴れてとてもスッキリした気分だ。


 しかし、こうも達成感と爽快感が生まれてしまうと、これ以上勉強したくなくなってきてしまった。


 俺は大きく仰け反り、後ろのソファーを背もたれ代わりにして身体を伸ばす。


「おや、お疲れですか颯太君?」


「うぅん、眠たくなってきた」


 どうやら先程の物理基礎の問題を周に教え終わったようで、紗夜がこちらに顔を向けて微笑んでくる。


「まぁ、眠たいときに勉強してもあまり記憶できませんからね。遠慮なく休んでいてください」


「悪いな。そうさせてもらう」


 そうして俺が目蓋を閉じようとしたところに、紗夜がツンツンと指で突っついてきた。


「ん?」


 視線をむけると、紗夜がちょっぴり恥ずかしそうにしながらも淡く微笑んで、正座に座った自分の太腿をポンポンと手で叩いていた。


 それが意味するところはわかっているが、まさかこの鈴音と周がいる状況でさせるつもりなのだろうか。


「さ、紗夜さん? 今ここでそれをやれと?」


「ダメですか? 前に言ってたじゃないですか、恋人らしいことって何だろうって」


「い、いや、確かに恋人らしくはあるかもしれないが……」


 俺はゆっくりと視線を紗夜から、鈴音と周に移動させる。


 どうやら、周は目の前の問題に全神経を注いでいてこちらに気が付いていないようだから良いが、鈴音は笑いを必死に噛み殺そうとしているのが見て取れる。


「物凄く魅力的な提案だが、今は遠慮しとく。人前じゃ流石に恥ずかしいし、鈴音の前とかもってのほかだ」


「そうですか。それは残念です……折角鈴音さんに良い案を出してもらったのですが」


「悪いな、紗夜――って、は? 最後何て?」


「あ、膝枕は学校で鈴音さんに勧められたんです。恋人っぽいことがわからなくて相談に乗ってもらっていたんですが……」


「お前の入れ知恵か……」


 再び鈴音に視線を向け、ジトッと睨む。


 すると、引きつった顔で無理矢理「あはは……」と笑っていたので、どうやら本当らしい。


 まぁ、鈴音なりに恋人らしいことというのを考えてくれたのだから文句は言うまい――――


「折角膝枕は公衆で見せびらかすべしという教訓まで教えていただいたのに……」


「ちょっ、紗夜ちーそれは言わない約束っ……」


 ――前言撤回。


 文句を言わせてもらうとしよう。


「あはは。つ、つっしー? どうして立ち上がって私の方へ歩いてくるのかなぁ? 眠いんだったらそこでどうぞ寝ててもらって……」


「いやぁ~。ちょっと寝る前にちゃっちゃと済ませておこうと思ってなぁ~」


「こ、怖いっ! つっしーが爽やかに笑ってるっ!?」


「怖いって感じるってことは、自分の中に罪の意識があるってことだな」


「ち、違うよぉ~! ちょっとからかっただけというか……まさか紗夜ちーが本当にやろうとするとはぁ~!」


「言い訳無用だ。とりゃっ!」


「ぁいったいぃ~~!!」


 鈴音の眉間に俺のデコピンがクリーンヒット。


 パチン、という歯切れの良い音と共に、鈴音はそのまま床に倒れ込んで悶えていた。


 ただ、無防備に転がって足をばたつかせているため、一瞬制服のスカートが大きく捲れて、その中が見えてしまったので、俺は咄嗟に顔を逸らす。


 逸らした先に紗夜がいたので、俺は一人勝手に罪悪感を感じて、頭をわしゃわしゃと掻いた。

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