第2話 根元さんの過去

 根元さんは、俯いて、その時の罪を噛み締めるように口を割った。


「赤ちゃんがいつもよく泣いて、なかなか泣き止まなくて、夜もほとんど眠れないし、ストレスで爆発しそうになったから、赤ちゃんが寝ている時に、ほんの少しだけ、隣町まで1人カラオケでストレス発散して、すぐ帰ろうとしたの」


 私も、近所の赤ちゃんの泣き声がいつもうるさくて、それを聞いているだけでもストレスだから、間近でずっと夜も眠れないくらい泣かれたら、辛かった根元さんの気持ちもよく分かる。

 でもそれだけの事で、死なせかけるって?


「そうしたら、睡眠不足が続いていたから電車の揺れが心地良くて眠ってしまって、そのまま気付くと終電で、車掌さんに起こされて、慌てて帰った時には、赤ちゃんが脱水症状で衰弱して入院してしまっていた」


「でも、根元さんはわざとそうしたわけじゃないんだから」


 睡眠不足が続いてたら、電車の中で寝てしまっても仕方ない。

 誰も起こそうとしてくれなかったなら、帰りが夜遅くなっても仕方ない。

 そんな誰にでも有りそうな不運だけで、根元さんの赤ちゃんには致命的な事になってしまっていたなんて。


 「あの時、私が、カラオケになんて行って無かったら、こんな事にはならなかったのに......」


 自分に責任を感じて、険しい表情になる根元さん。


「その赤ちゃんは助かったんですか?」


「無事、入院中に意識を取り戻したけど、私には、もう会う事すら許されなかったの」


「それで、児童館で勤めているんですね」


「そうする事で、少しでも罪滅ぼしになればと。何だか暗い雰囲気になってしまったわね。亜子ちゃんの質問に対して、あまり参考にならない感じでごめんなさい」


 根元さんは、子供がいながら会う事も許されず、ずっとその時の罪を感じながら寂しく生きている。

 そして、私は、母親がいなくて、ずっと寂しい思いを抱えて来ている。

 子供心ながら、お父さんさえ良かったら、こんな私達が親子になればいいのにと願ったりもしていた。


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