冬休みの小旅行

 エイミーの話は、魔女学科でも後味の悪い話となったものの、残念ながらオズワルドではよくある話だった。

 不義の事故が原因で魔法学院を退学することも、突然の実家の挟んで魔法学院を中退して働きに出なければいけないことも、唐突に婚約が決まったせいで強制的に魔法学院を退学させられることも、残念ながらよくある話だったのである。

 エイミーが妖精郷に去ってしまった話も、一週間も経たない内に風化してしまったのには、さすがにルーサーも「どうして」と釈然としなかった。

 アルマはアルマで落ち込んで、へこんでいるのをアイヴィーに慰められていたが。この中でほぼ唯一この件に一切にかかわらず、全て終わってから話を聞いたジョシュアは淡泊な反応をしてみせた。


「残念ながら魔法を取り扱う家系では、人が突然いなくなることはよくある話だから」

「……人がいなくなってるんですよ。それを、よくある話って……!」


 日頃は温厚なルーサーが本当に珍しくトゲのある返しをするものの、ジョシュアは本当にいつもの調子で「ハハハ」と笑うばかりだった。


「アルマやルーサーは基本的のお人好しだからね。基本的に魔法使いは実家の魔法を盛り立てるので精一杯で、よその魔法についてはあまり関与しない。それこそ魔法のことについて裁定を下すのは魔法執政官の仕事であって、魔法使いの役割ではないから」

「……そんな、無責任じゃないですか」

「そう。無責任だ。実家の魔法以外に責任を取らないし、取ってもいけない」


 その言い方に、思わずルーサーは目をパシパシとさせると、ジョシュアはゆったりとした笑みを浮かべる。

 基本的に実家の魔法から方向性を替える程度には魔法の方向性が迷子だったアイヴィーや一般庶民から魔法使いに転向したアルマやルーサーと違い、ジョシュアは生粋の錬金術師家系で生まれて育った生まれも育ちも錬金術師ひと筋の人間だ。彼だけは魔法使いのなんたるかを貴族然として語ることができる。


「実家の魔法に関しては自分の責任なんだから持たないといけないんだけどね。外の魔法に関しては本当に助けを求められない限りは無理だ。理由は責任を取れないから」

「だからどうしてですか……」

「魔法は魔を自分のつくった法律で屈服させるものだから……この話は前にもしたと思うけど」

「……してましたね」

「他人のつくった法律を侵すのはなかなか厳しいんだよ。だから魔法執政官が間に立たないと駄目で」

「ええっとつまりは……相手のつくった法律の解析が難しいからこそ、その手のことを仕事にしている魔法執政官以外が介入したらまずいって、そういうことですか?」

「そういうこと。でも、俺はアルマやルーサーが羨ましいところがあるけどねえ……魔法使いは保守的だから、自分のことで精一杯で、人のためには滅多に動けない。一般人だったらいざ知らず、魔法使いのごたごたには本当に後手後手にしか回れないから」


 そうしんみりと言われてしまい、ルーサーはなにも言えなくなってしまった。

 話がひと通り終わったのを見計らってか「さてっ!」とアイヴィーが手をパンッと叩いて空気を入れ換えようと試みる。


「もうすぐ冬休みじゃない! それぞれ、どうするつもり!?」

「俺は実家に顔を出さないといけないからねえ」


 ジョシュアがそう返すと、アルマは少しだけ頬を赤くした。


「……ルーサーを家に招待するの」

「おや」

「あらぁ」


 ジョシュアとアイヴィーがほぼ同じような声色を上げるのに、ルーサーとアルマは俯いた。このふたりは仲がいい幼馴染であり、つい最近和解したばかりだ。恋愛の階段を全く踏み越えてはおらず、段下でうろうろしているような、幼い恋を繰り広げているような。

 アイヴィーはジョシュアの背中をバシバシ叩いた。


「あなたアルマの家の隣に住んでいるんでしょう!? 進展があったら教えて!」

「教えなくっていいからね、ジョシュア。殺されたくないなら教えないで」

「ハハハハハ。俺は妖精に呪われたくないから、鉄粉をばら撒いて大人しく実家に籠城決めているよ」


 三人がいつもの調子で馬鹿な話をしているのに、ルーサーは思わず笑いながら、少しだけ考え込んだ。


(アルマ……まだ街に帰るふんぎりが付かないんだなあ……)


 アルマとルーサーは幼馴染であり、当然ながら本来住んでいた街は一緒だった。しかしアルマは妖精に取り替えられてしまったことが原因で、本来の家族にはすっかりと忘れ去られてしまっている。彼らはラナという娘が実は妖精の取り替え子であり、身勝手にも人間を妖精郷に引きずり込もうと呪いをばら撒いたことで魔法使いに殺されたことは説明はオズワルド側から行っているはずだが、彼らはきっと納得していない。

 実の娘よりも、妖精の取り替え子のほうが長く暮らしていたのだから、のこのこと取り替え子を殺した実の娘が帰ったところで、受け入れられるかがわからないだろう。

 ルーサーはなんとも言えない気分になった。

 気分を切り替え、アルマの今住んでいるテルフォード教授邸宅はどんなところかを想像した。

 魔法使いは基本的に貴族出身か豪商ばかりがなるものであり、テルフォード教授は妖精学の第一人者だ。いったいどんな家に住んでいるのか、興味があった。


「ねえ、アルマの家はどんなところ?」


 ルーサーが尋ねると、アルマは困ったように「んー……」と首を捻った。


「ルーサーの思うようなすごい邸宅ではないと思うわ」


 アルマはそう困ったように目を瞬かせたのだった。


****


 その日は雪が降っているせいで、車も安全運転で緩やかに進んでいく。

 その中、ルーサーは森を通っている道を茫然と見ていた。


「怖い?」


 アルマに尋ねられ、ルーサーは首を振った。


「森の中を車で走るのは初めてだけど……森が深くて驚いているところ。ジョシュアの家と隣同士だと聞いていたけれど……」

「ええ。たしかに隣同士で。川を挟んで隣同士。でも互いに魔法の管轄が違う上に、妖精は鉄に弱いから、互いの実験物を台無しにしないよう、川より先には迂闊に近付かないように協定をしているから、ルーサーが思っているほどのご近所付き合いではないかもね」

「なるほど……それにしても、森が深いんだね」

「ええ。教授はフィールドワークに行きやすい家を選んだから」

「あれ? テルフォード教授は生粋の魔法使いの家系だよね。邸宅は自分で買ったの?」

「教授は元々は魔女学の家系だったのだけれど、そこの古びた魔法は全て長男が継いだから。あの人は自分で新しい魔法を研究するか、魔法を捨てて家を出るしかなかった次男なの。あの人は魔法学院の仲でも一、二を争うほどに転科をした末に、妖精伝承の研究をはじめたところで妖精学を召喚科で開いたの。それで今では第一人者になったって訳ね」

「へえ……なんだか格好いいね。開拓者だ」


 今や魔法学院で購入するどの教科書でも最低一ページは載っている人物なのだから、それは偉大な話である。

 そうルーサーが素直に褒めると、途端にアルマは渋い顔をした。


「その話、絶対に教授には言わないでちょうだいね」

「どうして? 喜ぶんじゃないかな」

「あの人絶対に調子に乗るから。今は冬だから辞めなさいって言っているのに、それでも聞かないで雪の妖精の観察に行くくらいなんだから。あの人遭難しないといいけれど」


 そうプリプリしながら怒るアルマに、ルーサーは自然と笑みがこぼれた。

 血は一滴も繋がっていないふたりだが、互いの身を案じている様は、親子そのものの温かい関係に彼には見えたのだ。

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