施設の実験
ルーサーはアルマについて校舎を歩く。
召喚科は各教室に薄く結界を張り、それに合わせて魔方陣を敷き、それぞれの召喚対象を呼び出す実験を試みている。朝だと召喚するための力が足りないため、活動時間は専ら夕方以降なため、他の学科では朝から授業を行っていても、この科ではほぼ人がいない。
その中、アルマは魔女学科の校舎に移動すると、急いで教授の個室の扉を叩いた。
「教授! リー教授!」
アルマが大声を上げるのを、ルーサーはハラハラしながら見ていた。教授陣もまたそれぞれの担当校舎の中で個室を持って研究を重ねている。
その中のリー教授は、ルーサーが授業を受けている中、気難しい印象のある魔法使いであった……そもそもアルマの養父に当たるテルフォード教授のようなフィールドワーク特化の筋肉隆々とした魔法使いが異端なのであり、ほとんどの魔法使いは神経質な顔つきに骨張った体躯の持ち主のため、そりゃ気難しい印象を持っても仕方がないのだが。
アルマが何度も何度も叩くと、「こら。うるさい!」と声が帰ってきた。
ちりちりなウォームグレイの髪をひとつにまとめた、金色の三白眼の男性であった。
「朝から騒がしい! そもそもテルフォードは召喚科だろうが、いったい何用だ?」
「いえ、相談がありまして。正確には彼が……」
「ああ、サックウェルか。どうかしたか?」
どうにもリー教授が他科の学生はぞんざいな扱いだが、自分の教え子には態度が若干軟化するようだった。ルーサーはおずおずと口を開いた。
「同級生の……エイミーについて、相談を受けたんですが」
「……入りたまえ」
リー教授はルーサーとアルマを個室に招き入れると、乱暴に薬草茶を並べた。基本的にアルマは自室に招く際は飲みやすい紅茶でもてなすのに対して、魔女学の権威は独自調合した薬草茶であり、ひと口いただいたが、それは目玉が飛び出そうなほど苦い上に、魂が口から抜け出そうなほどに異様な匂いがした。
ルーサーは目を白黒させている中、アルマは冷静に尋ねた。
「彼女について相談を受けました。彼女は孤児であり、元々は施設にいたのをこの学院に召喚したと」
「表立ってはそうなっている。彼女は……フロックハートは少々特殊な出自でな」
「……特殊、ですか。まさか魔法使いの家の庶子とか」
「それだったらもっと早くに魔法学院に保護できただろう。フロックハートのいた施設は、問題のあり過ぎる実験を、孤児を集めて行っていた」
「それは……」
ルーサーは顔を引きつらせた。
基本的に魔法使いの子は貴族や豪商の家の子がほとんどで、特殊な研究……それこそ人体実験などを行おうものならば、家同士で抗争が起こってもおかしくはないが。人間に対して実験を行う際、孤児ならば問題ないだろうという外道は少なからずいる。
しかしアルマはぴしゃんと声を荒げた。
「それは禁術法の規制対象だったはずですが?」
「ああ、そうだ。魔法の人体実験は、今は規制対象になる……もっとも、禁術法もあまりに穴だらけだから、いずれ法律は改正されるだろうし、人体実験の区分はもう少し細やかに分けるべきだろうがな。しかし、人体実験ばかりが禁術対象だった訳ではない。行っていた魔法の実験だが……あの施設では魔眼の研究を行っていた」
「……魔眼、とはいったい?」
「ほとんどは、家系の魔法だ。家系の魔法は基本的に魔法使いの一族独自の魔法を目に込めたもので、門外不出でよその魔法使いでは扱いきれないものだが。あの施設はよりによって、魔眼を独自開発して、それを孤児に取り付ける実験を行っていた。幻想動物にゴルゴーンがいるな?」
「ゴルゴーン……たしか目を合わせたら石化する呪いが発動するっていう?」
「そうだ。魔眼はその手の呪いを、詠唱や魔法道具なしで発動させる魔法を目に宿すというもの。魔法道具の消費もなく、詠唱時間もかからない魔法の極意と言ってもいい」
「ですが……そんな手間暇かからない魔法を目に宿すって……」
魔法だって知識があればいいというものでもない。
アルマのように妖精郷に誘拐された反動で妖精の言葉を解読できるようになった例は稀だし、奇跡のようなものや魔力がなかったら、本来は使えるものではない。
そして一見便利なように見える魔眼だって、本来は真帆使い家系の門外不出の魔法の極意のはずだ。そんなものをわざわざ孤児を集めて人体実験していたのだって。
リー教授は続ける。
「……普通は目に魔力を無理矢理溜め込んだ末に魔法を行使するなど、目の神経が死んで失明する。魔眼を守る家系は、大概は数世代かけて目に魔力を定着させるものだ。それこそ、野菜や家畜の品種改良を数世代かけて行うのとおんなじだ」
それにルーサーは顔を引きつらせる。それはあまりにも、人間を人間と思っていない行動に思えたのだ。それにアルマは短く言う。
「今でも魔眼を守っている家系なんて、そこまで多くないし、ましてや孤児を引き取っての人体実験は今は禁止されているもの。禁術法も本来はその手の人体実験を禁止するために発令されたのに、あれもこれもと手を広げ過ぎたせいで、ザルみたいな法案になってしまったんだから」
「う、うん……でも、あれ?」
ルーサーが知っている限り、エイミーは元気な上に目もよく、失明の危機にあるとは思えなかった。
それにリー教授は溜息交じりに、謎の薬草茶をひと口飲んでから続けた。
「だが、彼女は本当に奇跡の上に失明を免れて、魔眼が定着した成功例だったが……彼女が宿した魔法は厄介極まりないものだ」
「なんですか? 彼女が宿した魔法は」
「……妖精眼」
「アルマ?」
唐突なアルマの言葉に、ルーサーは振り返った。彼女がこれだけ怒っているのは、自分の存在を全て奪い去った妖精と対峙したとき以来だった。
「彼女、妖精眼のせいで、妖精郷の干渉を受けていませんか?」
「やはりテルフォードはわかったか。妖精学者の愛娘の妖精学者ならなあ」
魔眼の説明は今受けたが、妖精眼なんて聞いたことがなく、ルーサーは目を瞬かせた。アルマは努めて冷静さを装っていたが、怒りでピンピンと跳ねた癖毛が爆発しそうになっていた。
「……前にも言ったと思うけれど、妖精学の中でも、妖精郷の存在は確認できても、誰も行ったことがないから、詳細が未だに不明なの」
「それは言っていたし、アルマが研究しているのだって、その妖精郷に関することだよね?」
「ええ……妖精は人間の記憶できちんと認識できない。ただ深層心理を自由自在に操る、呪文詠唱も魔法道具も一切なしで魔法を行使する……」
「あれ、これって……」
「そう。妖精の魔法の使い方と魔眼の魔法の使い方が似通っていると気付いた人が、魔眼を利用して妖精郷を観測しようと試みた実験の成果が妖精眼だけれど、そもそも私たちが召喚している妖精だって、あくまで妖精郷から呼び出している影よ。妖精の影を使っても妖精の本体に接続することはできないし、そこから妖精郷にアプローチをするのは不可能なのだけれど……その妖精眼が定着したってことは、エイミーには妖精郷に接続できる素質があったんでしょうね。でもあなたも知っているでしょうルーサー」
何度も何度も口酸っぱく言っているが。
妖精は人間の理屈に合わせてはくれない。彼らはあくまで、本能でしか行動しない。
そんな生き物に無理矢理接続するようにされてしまった人間は、どんどんと人間の理屈からずれていってしまう。
「それはまずいんじゃ……」
「まずいのよ。というよりも、そんなまずい子がどうしてオズワルドに?」
「フロックハートのいた施設だが、当然ながら一から十まで禁術法に引っかかる。そのため、彼らは荷物をまとめて逃走してしまったよ……成功例のはずの、フロックハートを残してな」
リー教授の言葉を、ルーサーは苦々しい気持ちで聞いていた。
いいように使われ続けた末に、捨てられた。
それがあまりにも身勝手に思えたのだ。
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