彼女の証言

 ルーサーの問いに、エイミーは答える。


「具体的に言うと、人から『したら駄目』ってことをしてしまう瞬間があるの」

「ええっと……?」


 やはりルーサーにはピンと来ないが、エイミーは困った顔で続ける。


「あたしも全然記憶がないんだ、自分が人に怒られた瞬間のこと。気付いたら怒られているから」

「待って。なにかやらかしたときの記憶がないの?」

「そうなの」

「それって……」


 ルーサーは思わず、彼女にぷらんとアミュレットを揺らして見せた。彼女はそれに少しだけ仰け反った。


「ちょっとルーサー……なに?」

「……わかった。このことは僕の友達……に相談してみるよ。君の証言をそのまんま伝えてもかまわないかな?」

「大丈夫。ありがとうねえ」


 ルーサーは曖昧に頷くと、少しだけ足早に寮の自室へと帰っていった。ルーサーの持っているアミュレットは、アルマからもらったものだった。呪いよけの小屋にかけられているものと同じ、妖精避けのアミュレット。それにエイミーがわずかにとはいえど反応したということは。


(彼女がかけられている呪いは……妖精がらみか?)


 そもそも、彼女がなにかやらかしたときの記憶がすっぽりと抜け落ちているというのも気になる。ルーサーはバクバクとした心臓の音を耳にしながら、どうやってアルマに相談を持ち込むかを考え込んだ。


****


 食堂を使う時間は、基本的には学年ごとであり、もし学年が違うもの同士で一緒に使うとなったら、昼食時くらいしかない。

 ルーサーは授業前にアルマを捕まえるべく、急いで朝食を食べ終えると、召喚科の彼女の個室前に駆け足で待つことにした。廊下を走ったら基本的に教師に怒られるため、駆け足とは言っても競歩くらいのものであった。

 しばらく座り込んで待っていたら、ちょうどアルマがやってきたので、ガタンと立ち上がると、アルマは不思議そうな顔で寄ってきた。


「どうしたの、ルーサー。朝っぱらから」

「アルマ。ちょっと相談があるんだけどいいかな?」

「……またなにか厄介事に巻き込まれたのね、あなたも。いいわ。部屋に入ってちょうだい」


 アルマはルーサーの手を取って急いで個室に招き入れると、彼に椅子を勧めた。


「それで、今度はどんな厄介事に巻き込まれたの」

「……同じ魔女学科の子から、呪われたんじゃないかって相談を受けたんだ」

「あらまあ……ずいぶんと難しい話になりそうね」

「あれ? 魔女学科って、僕みたいな普通科からの転科か、訳あり家系の人しかいないから? でも彼女……今回相談を受けたエイミーはそもそも、魔法使いの家系の子じゃないんだけど」

「……あなたまた女の子から相談を受けたの」

「そうだけど……アルマ?」


 一瞬ものすごくじっとりとした目でルーサーを睨んだアルマだったが、すぐにいつもの森の賢者を思わせるポーカーフェイスの彼女に戻った。


「……まあ、お人好しなのがあなたのいいところなのだから、よしとしておきましょう。それで、彼女のなにが問題なの?」

「それが。彼女は妖精に近くなるって自分で言っていた。念のために確認したけれど、彼女は妖精避けのお守りにも反応していた」

「……待って。それって最近?」

「そこまでは聞いてないけれど。彼女曰く、ときどきとんでもないことをしているらしいんだけど、やらかしたときのことを全く覚えてないって。だから困っているんだと」

「これは……ちょっと厄介な話かもしれないわね。ルーサー、私が前に魔女学科にいる人たちの話をしたのを覚えているわね?」

「ええっと……家系の魔法は他で研究できないから、オズワルドに保存管理も兼ねて来ていると。でもエイミーはそもそも魔法使いの家系じゃないけど」

「それも言っていたわね。彼女は一般家系の人なの?」

「いや。彼女は元々孤児の苦労人だよ。施設から学校に進学したと聞いているけれど」


 アルマはそこまで聞いて、何故か親指の爪を噛みはじめた。それにルーサーは怪訝な顔で彼女を見る。


「アルマ?」

「落ち着いて聞いて頂戴ね。まずこの学校は、魔法の素質がなかったら入学できません」

「そう言っていたね。僕の元にも召喚状が来たから、それで入学したんだし」

「ええ。ただ、普通の方法だったら、施設に召喚状を送るのは不可能なの」

「あれ。魔法の素養がある人を選んで送ってるんだから、施設でも問題ないと思ったんだけど」

「基本的に魔法の素養のある孤児は、即魔法学院の保護下に入るから、施設に魔法の素養のある子はいないはずなの」

「そうだったの……?」


 それは初耳だったので、驚いてルーサーは目を見開くと、アルマは大きく頷いた。


「魔法の素養のある子が根無し草だったら、どんな悲劇が見舞われるかわからないから。基本的に一般家系の生活が安泰している子は、魔力を暴走させて大惨事を起こしたりはしないけれど、孤児の場合、しかも魔法の教育も基礎教養も受けてない子を放置していた場合、いつ暴走するかわからないから。火薬を無知な子の前に置いておけるかって話だわ」


 火薬は、下手に石を投げ入れただけで爆発する場合がある。防ぐには火花だけでも爆発することを教えないといけないが、無知のまま火薬が危ないものだと理解できる人間はまずいない。

 魔力を持つことは、魔法の責任や危険性を教えることとワンセットでなければいけないのだ。

 アルマは続けた。


「だから魔法学院が保護して、魔法のことを教育する。素養があればそのまま魔法使いになるし、素養がなくても魔力なしで知識のみあればいい魔法執政官になる道だってあるしね」

「なるほど……あれ、でもそれだったら、そうしてエイミーは施設出身なのに召喚状が届いて……」

「それだけれど。彼女の出身施設っていったいどこ?」

「知らない」


 ルーサーが首を横に振ると、アルマは「はあ」と溜息をついた。


「どう考えたって、その施設が黒だわ。そして彼女の呪い体質だって、その施設が関わっていると見ていい。そのエイミーって子に会わせてちょうだい」

「アルマ?」

「……妖精に呪われている子は、さすがに女の子だからって放っておけないもの」


 そうアルマは癖毛のピンピン跳ねた髪を翻しながら立ち上がった。

 ルーサーは彼女のその優しさが好きだ。彼女は悪態をついても、時々問題発言をしても、妖精が関わると途端に狂暴的になっても、困っている人が困っていたら、どれだけ悪態をついても行動を起こせるのだから。

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