旅立ち かえりはほど知れず ④



 ティーセットを持って現れたミュリエルが、其れ等をテーブルの上に置いた後、木崎に寄り添うように腰を下ろすと、二人そっと互いに顔を見合い、一つ頷いてから口を開いたのはミュリエルの方だった。


「ダフネが……娘は、ダフネと言います……言いました。事件が起きたのは、ダフネが十六歳の時のことですが……其の前に、我が家に件のアンドロイドが来ることになった事から、順を追ってお話します」



 ――我が家に『オネイロスSDR647』が来たのは、事件の起こる二年程前、当時使役していたアンドロイドが古くなったのとダフネの成長に伴い、其れ迄の子守特化型アンドロイドから汎用性アンドロイドへ買い換える事になったのが、きっかけでした。


 新旧沢山の、アンドロイドロボットが在る中で『オネイロスSDR647』に決めたのは、最新型であったというのが理由の一つになります。此れから長い付き合いになるのだから、というのでしょうか。


 ……もう一つの理由は、此方が最もな理由でした……ダフネが其の仕様を酷く気に入った事にあります。


 何しろ『より人間に近いアンドロイド』と云うのが当時の謳い文句ですから。ええ、確かに、此れ迄のアンドロイドと『オネイロスSDR647』は遥かに一線を画すものでした。 


 プロモーションでは、『オネイロスSDR647』は学習能力の向上も目覚ましく、主人マスターとの親和性は此れ迄の比では無く、其れ故に、愛情や信頼を交換し合うことも可能と、声高らかに唱えていたのを今でも覚えております。

 加えて『オネイロスSDR647』は此れ迄には無かった、其の外見を、自分好みに細かに特製出来るという点。


 以前のアンドロイドは、人間を超えた美しさがありましたし、其れを求められておりましたよね。何故なら、アンドロイドに不可欠な超然とした美は、広く流通させる為、誰もが好ましく思うよう個性を削ぎ落としたものである必要があったと理解しております。過去に於いては、不気味の谷を越えるに必要だった所為でもありますが。

 其の為、数種のパターンは在るものの、アンドロイドの外見は黄金比率に沿った完璧な美を有するもので、其の所為でいずれもが似通い、各々の個性というものに於いては皆無でありました。

 ところが『オネイロスSDR647』の外見は、此れ迄通りパターンから選ぶのも可能でしたが、其れだけでなく、細部に至るまで自分好みに特製出来る。以前の様に髪の色や肌や目の色は勿論の事、顔の造形、目の形、鼻の形、パーツの位置や、黒子ほくろ雀斑そばかす、身体の大小、極端を云うなら傷跡や皺でさえも。


 今や当たり前となっているアンドロイドの外見の特製。

 ダフネは、其処に特に心惹かれたのです。


「……お嬢さん、いえ、ダフネさんが、其処までアンドロイドの外見にこだわったのには、何か理由があるのですね?」


 黙って聞いていたコバヤシが、不意に口を挟んだことで、夢から醒めたような顔を一瞬覗かせたミュリエルだったが、深く頷くと、ほんの少しだけ笑顔を見せた。


「ええ、そうなんです。ダフネは一人っ子でしたから、兄弟姉妹に憧れがあって。だから……もっと幼い頃は、弟や妹をねだっておりました。でも、夫婦間で子供は一人、と決めていたので……何故、頑なに……あんなに弟妹を望むダフネに……どうして」


 唇が震え笑顔が歪み、言葉に詰まるミュリエルの肩を木崎が抱き寄せるのを前に、コバヤシが、続く言葉を待っていた時だった。


「兄弟姉妹の存在の有無が、『オネイロスSDR647』の購入動機や其の後の事故を左右することは、有りません」

 突如として響き渡るリュカの声は、静かな部屋に薄い氷の膜を張った。

 人間を、ミュリエルを庇う為の発言であったのかもしれないが、しかし、堪らず口を開いたのはコバヤシである。


「リュカ、其の通りだ。そんな事は誰だって分かっている。でもね? 分かっていても、もしかしたら、と考えるのが僕たち人間なんだよ。兄弟姉妹が居たら『オネイロスSDR647』を購入しなかった。そしたらあの事件は起こらなかった。其の可能性を排除し得ないと考えてしまう」

「可能性、ですか? アタルの言葉は、蓋然性がいぜんせいの乏しい推測に過ぎません」

「……リュカ。そうじゃないんだ」

「良いんです、コバヤシさん。我々の感情は所詮、アンドロイドには通用しないのです。どうあってもアンドロイドは機械でしか無い。稚拙なヒト真似でしかない機械相手に我々は、愛情や信頼を交換し合っているになって喜んでいる。そうでしょう? 滑稽にも目や鼻が有る様に見えさえすれば、生き物でなくとも、何だって愛着が湧く我々は、愚かな生き物なんですよ」


 むべなるかな、吐き捨てるような木崎の語気の荒さに、コバヤシの身体は怯むよう固まってしまうのであった。

 一拍を置き、木崎の手にミュリエルの手が重ねられる。顔を上げたミュリエルは、コバヤシを真っ直ぐに見ると「ごめんなさいね?」微笑みを浮かべた。


「アタルの身体的反応は、木崎さんの発言によるもので、貴女が謝る必要は有りません」

「リュカ……」

「そうね。そう……でも……此の言葉は木崎の胸のうちの言葉でもあるの。わたしが木崎に代わって声に出しているに過ぎない。……リュカ、といったかしら? 貴方がしなくても良い謝罪をしたと、わたしを守ろうとしている事も、コバヤシさんを守ろうとしている事も、分かっているわ。そして、コバヤシさんも、此のわたしの言葉の意味を分かっている。ねえ、コバヤシさん。わたしは、あの事件から、アンドロイドとは哀しい機械ロボットだと思うようになりました……わたしの此の感情は木崎とは、分かち合えません。おそらく、此れからも。木崎は、怒りの方が強いのでしょう……いえ、裏切られたと云う失望でしょうか」


「……哀しい?」


「ええ、そうです……お話の続きをしましょう。そうしたら、わたしの言わんとするところを、もしかしたら、コバヤシさんは分かってくれるかもしれませんから……我が家の『オネイロスSDR647』はダフネの希望から、ダフネに良く似た女性になりました」


 ダフネは弟妹ではなく、姉、を『オネイロスSDR647』から創り出したのです。





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