第13話 トンネルを抜けるとそこは乱世であった

「お姫様だーれだ!」

王様ゲームとはみんなが楽しめる卑猥な男尊女卑のお遊びだと思っていた。俺の見識の狭さはユダと出会ったことによっていよいよ白日のもとにさらされていくわけだ。俺は浅はかだった、馬鹿だった。世界は広かった。そして、時代によって善悪や常識も変化することを俺はこの初期お姫様ゲームによって理解することとなった。


ここは俺たちのシェアオフィス。言っておくが、シェアハウスではない。私的な空間ではないオフィスである。しかも、「貴社」「御社」「弊社」を使い分けるような、非常にオフィシャルな場でもある。内輪話さえ命取りになるこのシェアオフィスで、卑猥な遊び王様ゲームの発展系、地獄の隷属お姫様ゲームが日夜繰り広げられている。



「お姫様だーれだ!」

最初に返事をしたものは、おおむね被害を最小限に食い止めることができた。だから誰もが我先にと返事をしたがった。

早い者勝ち、残り物になど福がない。

「ユダー!」


ユダの隣の席を位置取りしがたるのは、声だけのお返事ではなく、ユダの手を握って手をあげて「ウィナー」と自分を見せつける意味もある。

物理的に遠ければ、その勝鬨をあげることが困難であるからだ。


俺はいつも場所どりに失敗しない。普段の付け届けが功を奏して、ユダのお気に入りとなっているから、隣にくることをユダは許容している。


「オッケー!ごきげんよう、ヤコブ!私はユダ、よろしくね」


シェアオフィスに不穏な空気が流れる。ピリつく。それぞれのBluetoothイヤホンを盗みながら戦況を確認し合う。ゲームがはじまれば離脱は許されない。離脱を許さない凄みが彼女のお姫様ゲームにはある。


どういうことだ?勝鬨をあげれば解放される手筈じゃなかったのか?いつルール改変がされた?どういうことだ?

疑念と疑心がうずまくオフィス内。お茶を取りにいくことさえも駆け引きが繰り広げられる。疑心暗鬼によって、幸運にも先方から電話が来たものはオンライン会議を近くのカフェに変えたほどだった。


「あ。お、おう、ごぎげんよう、ユダ」

仕様書をあわててめくる。仕様書の指示によれば、ご挨拶のあとの「よろしくね」には「ごきげんよう」で答えればいい筈だ。

いや、確認してから答えたほうがよかったか、、、、


ユダの表情が読みきれない。笑顔なのか?それとも無表情なのか?応答がない。

Bluetoothジャックを頻繁に行うが真意がわからない。

時間にして1分もなかったはずだが、俺は生きた心地がしなかった。


「タダイ、、、、」

ユダの泣き声が聞こえた気がした。まずい!!これは本当にまずいことになった。


狂喜乱舞したのは次の当て馬を恐れていたタダイだった。

戦況がひっくりかえる。当て馬から昇進した勝ち馬に乗れ!!

アンデレもバルトロマイもヨハネもマタイも誰も彼もがタダイの席に駆け寄る。


畜生!!畜生!!日和見主義の外様どもが!!!


悔しさに唇を噛み締める俺を見下すように通り過ぎていくシモンペトロ。くそ!!あいつだけは俺の腹心だと思っていたのに!くそ!!


「あのね、ユダにプリンセスってつけてくれなかったの、あのカス、、、」

36のクソババアがなんで一人称が名前で、しかも冠にプリンセスつけろって要求すんだよ、気持ち悪ぃんだよ。

心の中であらんかぎりの暴言をぶつけてみるが、世の中に放り出すほどの自信が俺にはない。

かつてユダに言われたことを思い出す、

「女々しい野郎だな!持ち物も小せえんじゃねえんか!!??あ!?見せてみろやっw」


完全にセクハラだ。あれは完全に逆セクハラだった。。。泣き寝入りをしたんだ。俺はあの時、、、、

悔しさが募る。


そうだ、今は一人称を名前で呼んでいるくせに本性は男だったじゃねえか!こいつ!!よく見ると髭も生えてるし、毛深いし、ガタイもでかい。だから俺はなかなか逆らえない。くそ!今だって、肩をすくめて小柄を演出しているけれど、革ジャンを着ればアーノルドシュワルツェネッガーと見まごうデカさなのに!!ユダを馬鹿にする言葉が出てこない。恐怖によって俺の言葉は失われているのかもしれない!


絶え間なくタダイたちが俺を糾弾する。

「それはお可哀想でしたね、プリンセスユダ。もう大丈夫ですよ、僕たちは味方ですからね。お心を安らかに」

「あのもののことは早くお忘れになったほうがいい。国外追放にいたしましょうか?」


俺はなおも罵倒する適当な言葉が思い浮かばず黙っている。


ユダは嘘泣きをはじめた。なんて茶番だ!なんて惨劇だ!こんなの誰も面白くねえじゃねえか!みんながわかっているはずなのに!くそ!!なんで誰も「ノー」と言えないんだ!言いたいことも言えないこんな世の中に誰がしたんだ!!


「プリンセスは民のことをお考えか?」


シモンペトロが毅然とユダに歯向かう。

なんてことを!!!シモンペトロ、なんてことを!!それは自殺行為だよ!大丈夫だから、俺は大丈夫だから。そんな特攻隊員顔負けの自爆行為、お前ひとりがしたところで何も変わるはずがないじゃないか!

親心が芽生え、俺はシモンペトロの肩を抱いていた。俺なんかどうなってもいいからと涙を必死に堪えていたように思う。


「え?」

トゥンクという音が聞こえた。水が一滴落ちて、波紋が広がり、ユダの瞳がハート型に変容していく。


「なぜ、ヤコブが黙っていると思われる?」


「え?」

大地のひび割れに清水が染み渡る。ユダの心をシモンペトロが鷲掴みにする。

もはやタダイたちもあっけに取られている。


「ヤコブの声なき声を聞くべきである」



その日を境にお姫様ゲームは王子様ゲームに変わった。

いかにユダの「トゥンク」をゲットできるか。いかにユダのわがままを恋心に変化させられるか、それがゲームの大筋のルールとなっている。


王子様に任期はない。永続的な独裁政治というわけでもない。

戦国乱世のはじまりであった。







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