第2話 もめ事

うちは男所帯だからとにかくいろいろ汚い。

洗面台、台所、風呂場、水回りがとにかく悲惨になりがちだ。

イスカリオテのユダは、きれい好きではないけれど、それでも目に余ることが多いという。

「ねえ、洗面台はさ、昨日使っていた手拭きタオルであさイチさっと拭けばきれいになるって言ったよね?朝気持ちよく使いたいよね?どうしてそんな単純なことができないんだよ!」

朝食は各々好きなものを食べるし、各々時間帯もバラバラだから、ユダの叱責の対象になるのは本当に運次第なのだ。


ペトロと呼ばれるシモン、アンデレ、それからゼベダイブラザーズのヤコブとヨハネはユダとの付き合いが最古参に近いから、回避の仕方をよく心得ている。


「あれは生理の前になるとヒステリー起こすんだよな。俺もうアプリ管理してるかヒステリー感覚わかってるもんね」

リビングで得意そうにアンデレがスマホを見せる。

「いや、この間は生理後が一番ヤバかった。普段なら気にもしない風呂の排水溝の説教たれはじめてさ。洗面台の髪の毛のつまりもお前のせいだ!!男のくせにひとり長い髪しやがって迷惑だ!とか言われて。いやいや、俺とユダ、髪の長さいっしょなんだけどって。あなたも僕もショートですやん!って。突っ込みさえいれられないくらい怒り狂ってた」

ヤコブは笑い話にしているが、あの日の出来事を笑い話に俺はできないなあと一部始終を見て聞いていたペトロは同情を込めて笑った。

笑いに笑いで反応することもまた、思いやりだよなあなどと冷静に同情しながら。


「女の生理って規則性ないわけ?」

ヨハネがアップルパイを食べている。ポロポロこぼすからとゴミ箱を抱えながら。

「おまえ、ごみ箱抱えてアップルパイ食べて切なくならないの?」

ペトロが顔をしかめる。彼は潔癖症だ。食事中に隣の部屋でルンバが回っている音でも神経質になる。

「別に。俺の姉ちゃんもよくやってたし、合理的だなって」


バルトロマイが夜勤から帰宅した。すでに朝の10時。日曜だと言うのにご苦労様ですと思ったのは、バルトロマイの玄関の開閉音を目覚まし代わりにしているマタイだった。マタイは管理が好きで、ユダの生理だけでなく、それぞれのスケジュールも細かにアプリで管理している。誰に見せるとかそういうボランティア精神ではなく、いかに自分が効率的に他力に頼れるかを追求してのことだったから、マタイの管理能力はサグラダファミリアではいまだ明らかにはなっていない。


「ああ、疲れたぁ。もう11時過ぎてるじゃん、、、洗濯物自分でやらなきゃあ」

なお、サグラダファミリアでは午前9時までに提出されなかった洗濯物は各々の管理下に戻される決まりとなっている。

締め切りを過ぎた洗濯物は市販のジェルボールさえ使わせてもらえない決まりだった。使用可能なのはユダが機嫌のいいときに気分に任せて作った手作り洗剤。すべてにおいて不器用な彼女が作った洗剤だから何かと使い勝手が悪い。

「大丈夫じゃん?ユダまだ起きてないよ?今日あいつの当番だから」

マタイがそれを聞いて、扉を開けた。マタイの部屋はリビングとふすま一つで仕切られている最下層の部屋だったからだ。ふすまひとつで音が筒抜け、人の出入りも多いから睡眠不足になりやすい。

「だめだよ、決まりだもん!バルトロマイ自分でやれよ!!」


突然の登場に各々が驚かされる。なんでユダをかばうんだ?こいつ個人主義だったじゃねえかという視線が注がれる。


昼頃になり、今朝の一部始終を聞いたトマスとフィリポ。

「バルトロマイの洗濯物、結局は自分で洗濯したんだって」

「マタイってそんなにいい奴だったっけ??」

「ほら、この間の借りを返したんじゃない?ユダのワイン飲んじゃったのばれたじゃん」

「ああ。あいつホントバカだよなw白いテープ貼ってあったのなんで気づかなかったんかな?」

大所帯で自分のワインを盗み飲んでいる奴がいる気がするといぶかしがったユダが、ワインボトルに白いテープを貼っておいたのだ。

「たしかに。古典的なのにな」


リビングでくつろぐトマスとフィリポ。

最下層の部屋でマタイが寝たふりをしながらほくそ笑む。


物理的な管理だけは俺の用途に入らないんだよなあ。。。




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