第10話


「事件……ですか?」

「ええ」


 如月が尋ねると、シスターは小さく頷く。


「実は私と瑞樹の母はね。今の私の様にフリーで祓っている人だったの」

「え、じゃあ」


 ここで如月は嫌な予感を察知した。


「おおむね如月ちゃんが思っている通りよ。ただ、母はまさか瑞樹がそんな事に関わっているとは思っていなかったでしょうし、その当時はそもそも『怪異』が視えるとも思っていなかったはず」


 なぜなら、両親が聞いた時に瑞樹はそれに無反応だったから。


「母はある周辺でやたらと『怪異』を見る様になっていた事をずっと不審に思っていた。そして、ようやくある場所に巨大な『怪異』がいる事を突き止めたの」

「え、巨大な?」


 シスターの言葉を聞いて如月は思わず聞き返した。


「ええ、さっきも言った通り。基本的に『怪異』は一つだから」

「で、でもさっきの話じゃ『怪異』を一つ祓うのにものすごく体力を使うって……まさか!」


 如月が思わず大きな声を出すと、シスターもそれに同意するように頷く。


「母は、その経験から二つや三つの可能性はあると考えてはいても、まさか十を超えるとは思っていなかったはずよ」

「じゃ、じゃあ」


 シスター曰く、瑞樹さんたちの母親は……何とか全ての『怪異』を祓う事は出来たモノの、最後の最後で『怪異』の抵抗に巻き込まれる形で亡くなったらしい。


「当然『怪異』が絡んでいるから表向きは事故として処理された。崖からの転落死って事でね」

「……瑞樹さんは」

「死亡現場の痕跡辿って行き着いた先を見て愕然としたでしょうね。そして、自分が集めた全ての『怪異』がいない事にもすぐに気がついたでしょうね」

「……」


 如月は言葉を失った。


「瑞樹は自分を責めたわ。自分のせいで……ってね。でも、そんな失意の中にいる私たちの前にあいつは平然と現れた」

「……」


 ここまでの話を聞けば、その場に現れたのは大方想像が付く。


「あいつは、瑞樹に向かって『もう少しだったのに、残念でしたね』と言ったの」

「もう……少しだったのに? え、それって」

「瑞樹は椎名に『怪異と人間は分かち合える』と言っていたそうよ。そして『そのためには君の力が必要』だとも。でも、瑞樹の力なんてあいつには必要なかった」

「え?」


 一体どういう事なのだろうか。この話を聞く限り椎名は『怪異』と話が出来る瑞樹には通訳の役をして欲しいと言う意味で、瑞樹に近づいた様にしか思えない。


「あいつ。椎名は瑞樹と同じように話せる人間だったのよ」

「! それじゃあ、どうして」

「私たちの母の存在が邪魔だったからよ」

「え」

「母は知る人ぞ知る名の知れた人だった。たまに海外からの依頼が来るほどのね。それが彼にとっては邪魔だったのよ」

「そんな……」


 そんな事で人の親を殺していいのだろうか。


「瑞樹は本当に人と『怪異』は仲良くなれると信じていた。でも、あいつはそうじゃなかった。現場となった屋敷にいた『怪異』たちを焚きつけたのも、母に存在をワザと目に付く様なマネをしたのも全部あいつだった」

「……」

「そして、あいつは最後に瑞樹に向かって『怪異』を放って姿を消したわ」

「え『怪異』を放って……って、大丈夫だったんですか?」


 如月が食い気味に聞くと、シスターは「ええ、大丈夫よ」と笑顔を見せる。


「そのタイミングで瑞樹は祓える様になったみたいだから」

「そっ、そうですか」


 それを聞くと、如月はホッと胸をなで下ろす。


「母が祓う時に使っていたモノを瑞樹がちょうど持っていたからね。どうしてか……は知らないけど」

「そうですか」


 シスターはあえて言葉を濁したが、多分。その理由は何となく分かっているのだろう。


「でも、瑞樹が『怪異』を祓ったのはその時だけみたいね」

「え、そうなんですか?」

「少なくとも私が知る限りわね」

「そんな事よりも、瑞樹は消えた椎名の行方を捜す事を優先している様ね」

「じゃあ、あの探偵業を始めたのも……」

「おそらく、そうでしょうね」


 シスターの言葉に、如月は何も言えなくなってしまった。そんな如月をシスターも気にかけ……。


「私たちの父は仕事に奔走したわ。とにかく私たちを育てないとってね」


「お父様は」

「いつも仕事で忙しい人だった。母が亡くなった後も一生懸命に働いて働いて……そして亡くなったわ」


「そうですか」

「シスターになると決めたのは父が亡くなった後の事よ。あ、私と瑞樹の顔のほくろは母と一緒なのだけどね」


 そうシスターは笑っていたが、ここで如月は「ある事」を思い出した。


「あの」

「ん?」


「実は秋華咲学園に通っている人が瑞樹さんのほくろを見て、何やら驚いていたのですけど……」

「ああ。多分それは母の家が名家で、このほくろはその証みたいなモノだから」


「名家……ですか」

「ええ。母は外国出身なんだけど、なんでも古くからの由緒正しいお家だそうで。だからまぁ、父と結婚する時はもめにもめたらしいわ」


 確かに、ごくごく普通の会社員と名家のお嬢様とではかなりもめそうだ。


「父が亡くなった後。初めて母方の祖父母とも会ったわ。でも思わず笑っちゃった。だってものすごく母に似ていたんだもの」

「そっ、それで」

「私たちを見た瞬間、ものすごい勢いで謝られたわ」


「え」

「今まで何もしてこなかった事に対してね。母の仕事も元々は、その家が生業としていたモノを母が継いで亡くなった様なモノだし、父が亡くなったのは仕事のし過ぎによる過労だったから」


「……」

「まぁ。最初は今更何を……って思ったけど、生きていくためにはお金が必要だったのも事実だった。だから、せめて瑞樹が成人するまでの養育費を下さいって言ったのよ」


 しかし、そのお金は今も振り込まれているらしい。


「それで罪滅ぼしをしているつもりなら、それでいいわ。しかも、その家の証とも言えるほくろを見て、何かしらの繋がりがあるんじゃないかってすり寄ってくる輩もいるし……まぁ、何かと役に立っているのよ」

「そうですか」


 なんだかんだで、シスターも瑞樹もたくましい……如月は夕焼け空に照らされるシスターの横顔を見ながら、そう思った。

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