第3話


「お、お姉さん?」

「そ、久しぶりね。如月ちゃん」


 シスターはそう言って如月に笑顔を見せる。その笑顔は、昔と何も変わっていない。


「あ? なんだ。知り合いだったのか」


 瑞樹は意外そうな顔で如月を見た……が。


「ああ、でも。何度かここに来てないと、あの時思い当たらないか」


 そう言って一人で「納得」と頷いた。


「あの時?」


 その時の瑞樹の声は独り言の様に小さいモノだったはずだが、ちょうど言い争いをしていたため、隣にいたシスターはそれに反応した。


「あ、ヤベ」


 シスターが聞き返した事により、瑞樹は自分の失態に気がついたが、もう遅い。


「何かしら? その『あの時』って」

「え、あー」


 シスターは笑顔で「大丈夫よ、怒らないから」と言っているが、そのまとっている雰囲気は明らかに怒っている。

 それが分かっているからなのか、瑞樹は冷や汗を流してこちらの様子を窺っている……というのは如月から見てもよく分かった。


「あ、あの!」

「どうしたの? 如月ちゃん」

「そっ、それについては私から説明します。そっ、そもそもの原因は私のせいでもあるので」

「あら、どういう事かしら?」


 如月にそう尋ねるシスターの目は、つい先程まで瑞樹に向けていたモノよりも随分と優しい。


「えと。じっ、実は……そもそも私がここに来たのはその、ストーカーに追われて……」

「ストーカー!?」


 シスターは驚いた様子で「どういう事?」と瑞樹の方を見る。


「あー、ちょっと前に『怪異』が絡んだ事件があったんだよ。で、如月はそれに巻き込まれて、ここに助けを求めて来たんだ」

「それで? だっ、大丈夫だった?」

「はい。事件も無事に解決しましたし、それがきっかけでお手伝いもする様になりました」


 笑顔で答える如月に、シスターは「そっかぁ。それなら安心ね」とホッと胸をなで下ろし……。


「それで? お手伝いって?」


 そう如月に重ねて尋ねた。


「簡単なお茶くみとか探偵業の補佐とかしてもらっている」

「へぇ、危険な事はさせてないでしょうね」


 簡単に仕事の内容の説明をする瑞樹に対し、シスターは瑞樹に迫る。


「あっ、当たり前だろ」

「そらなら良いけど」

「それに、如月の友人にも釘を刺されているしなぁ」

「え、明日香がですか?」


 コレに反応したのは如月だ。


「まぁ、大事な友人だからな。気持ちは分からんでもない」

「そっ、そうですか」


 確かに、明日香は如月が心配でわざわざこの教会に足を運んだくらいだ。これくらいの事は……と瑞樹は納得している。


「あら、お友達?」

「ああ、この間初めて会ったんだが、あの暁グループのお嬢さんだった。それに、もしこいつに何かあったら……と考えるだけで報復が怖い。後、話をしている限り。姉貴も相当如月の事を気に入っているみたいだしな。そんなヤツを危険に晒すかよ」

「あら、よく分かっているじゃない」


 瑞樹はそう言いつつ「まぁ、最初の事件の時は……ちょっと危なかったけどな」と、心の中で思ったのは内緒だ。

 もし、そんな事を今ポロリとでも言ってしまったら……簡単に揚げ足を取られてしまう。その後の事を想像するだけで怖い。


「――にしても、姉貴たちは昔から面識があったんだな」

「そうよぉ。私がシスターに成り立ての時のちょっとだけの間だったけど」


 如月が最初にストーカーをされた時に真っ先に教会が思い浮かんだのは「この人がいる」という気持ちもあったからである。


「如月ちゃんが小学生の頃に何度かね。でも、中学に上がる頃には見なくなったから、心配していたのよ」

「すみません」


 そう言って如月は謝るが、シスターは「いいのよ」と笑顔で慰める。


 ちょうどその頃の如月は、母親から「この高校以外進学は認めない!」と言われて死にものぐるいで勉強を始めたくらいだ。

 最初の頃は「明日は行けるかも」と多少の余裕はあったが、自分の現状を知って以降は教会に来ている余裕がなくなった。


「ほぉん」


 シスターが昔話をしていると、瑞樹はどことなく「面白くない」といった表情を見せた。


「?」


 しかし、なぜ瑞樹がそんな表情を見せるのか……如月には全く分からず首をひねる。


「へぇ?」

「なんだよ」

「いいえ? ちょっと面白いなぁと思っただけよ。まさか、あんたが人並みの感情を見せるなんてねぇ」

「……悪いかよ」

「まさか! 姉としては嬉しいモノよ?」


 シスターがそう言うと、瑞樹は「そうかよ」とそっぽを向いていたのだが、如月からは聞こえなかったため、余計に首をかしげる事になった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「で、何しに来たんだよ」

「え?」

「姉貴が連絡もなくいきなり帰ってくるとか、なかっただろ」


 瑞樹に指摘されると思っていなかったのか、シスターは「えーっと」と言って上を向く。

 こういった時は大抵何かを考えている場合が多いのだが、コレは瑞樹もこういった時同じような態度を取るので、ういったところを見ると「やっぱり姉弟きょうだいなんだな」と感じ、どことなく微笑ましくなる。


 しかし、大体そう思っているのは当事者ではない人間。つまり、如月だけだが。


「……」


 そして、ふと二人を見比べた時。今までは知らなかったが、二人の顔には同じ位置にほくろがある事に気がついた。


「ほら、あれよ。仕事のしすぎだから帰国しろって言われてね」

「……取ってつけた様な言い方だな」

「あら、お休みは大事よ?」


 そうは言いつつも「でも、シスターだから休めって言われてもねぇ。なんか違い様な気がするんだけどね」と苦笑いを見せる。


「たっ、確かに」


 言われて見れば「シスター」に「休み」というのはあまり連想が出来ない。


「あの、ところでシスターは海外に何をしに行っていたのですか? 研修……の様なモノでしょうか?」


 如月の質問に対し、シスターは「えーっと、そんなところよ」となぜか如月から視線をそらしながら答える。


「あ、そういえば。さっき『怪異』って話になったのに、如月ちゃんはあまり怖がる様な事がなかったわね」

「あ、えと。それは……」


 シスターは思い出した様に如月に尋ね、今度は如月が視線をそらす番だった。


「それは。あー、さっきも話しただろ。ストーカーの話」


 対応に困っていた如月に助け船を出すように答えたのは瑞樹だ。


「ええ」

「それで、どうやら『怪異』が視える様になった上に、敏感になっちまったらしい」


 瑞樹がそう言うと、シスターは「えぇ!」と驚く。


「如月ちゃん。だ、大丈夫?」

「? はい」


 如月はシスターにものすごく心配されたが、本人としては特に気にしていない。

 いや、全く気にならないというワケではないが、色々と瑞樹に教えてもらいながら多少の事に目をつむってしまえば特に問題なく生活出来ると知った。

 現に、こうして生活出来ている。


「しかも、こい……じゃなかった。如月の普段着ているコートは父親の遺品らしくてな。どうやらそういった『怪異』」や『負の感情』から守ってくれているらしい」

「そうなの。あの方が如月ちゃんを守っているのね」

「知っているのか?」

「そりゃあね。だって、最初にここに如月ちゃんを連れて来たの。その人だから」


 そう、最初に如月をこの教会に連れてきたのは如月の父で、その理由は「小学校に入ったら、お父さんもお母さんも仕事が忙しくなってしまうから」だった。

 多分、如月の父親はその当時、如月と同じくらいの年の子供たちが教会でよく集まって遊んでいたのを知っていたのだろう。


「で、そのストーカーの一件で『怪異』を見たらそうなっちまったんだよ」

「なるほどね」


 シスターは納得した様に頷いた。


「あ、あの」

「うん?」

「雪子さんはいっ、いつ頃からシスターは海外に? それと、瑞樹さんは一体いつから……」


 如月はずっと気になっていた事を二人にぶつけた。


「ああ、それは二……いや、三年くらい前から探偵事務所を開きたいって話を姉貴に相談して……」

「それで教会の一室を貸し出してから数ヶ月経ったくらいに海外からお声がかかったのよ。ただ、今まで支援で救われていた人がいたのも聞いていたから、なしにするワケにもいかなくてね。それで――」

「その支援活動を継続する事を条件で、しばらく教会の留守を預かる事になったんだ」


 二人に説明を受けて、如月はようやく経緯や聞きたい事が分かったらしく「なるほど」と頷いていると……。


「おー、珍しい人間がいるな」


「!」


 シスターや瑞樹。ましてや如月の声でもない年齢を感じさせる男性の声が教会の中で響く。


「あ、おやっさん」

「お、お久しぶりです」


 教会の中にいた全員が振り返ると、そこにはおやっさんが「おう!」と片手を挙げて立っており、瑞樹はおやっさんと同じように手を挙げ、如月は頭を下げた――。

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