第8話


「本当に、ごめんなさい!」

「いっ、いえ。私は……気にしていないから」


 あの後。明日香は一度家に戻り、教会へとやって来た。まさか、いきなり謝られるとは、如月も思っていなかったが。


「で、あいつらはなんだ」

「あいつら……ああ。あの縦巻きロールですか」


 明日香は「はぁ」とため息を零しながら紅茶を飲む姿は……なんと言うか、大変様になっている。


「……」


 同じモノを飲んでいるはずなのに、この違いは何だろうか。そう思いつつ、如月も紅茶を飲む……が、実はここまで紅茶なんて飲んだ事はなかった。

 だから、いつも仕事の依頼人に如月が出しているのはお茶だったのは、ここだけの話しである。


「おお、暁もそう呼んでいるのか」

「何がです」

「如月を値踏みしていた女だよ。縦ロールって呼んでんだな」

「ああ、まだ『縦ロール』なら良い方ですよ。もっとひどいあだ名を付けている人は『ドリル』ですからね」


 特に興味もないのか明日香はサラリと言いつつ「美味しいですね。コレ」と紅茶を一口飲む。


 しかし、瑞樹にとってはかなり面白かったらしく「ドリルって!」と言って盛大に吹き出した。


「ドリル」


 でも、言われて見れば……確かに彼女の髪型が『ドリル』がくっついている様に見えなくも……見えなくはない。


「でも、あれだろ。あいつは花城カンパニーの人間だろ?」

「人間……と言いますか、三人兄妹の末っ子だったらはずね」


 コレも興味がないらしく、明日香は思い出すように言った。


「やっぱりか」

「知っていたのですか」

「いいや? あの学校に通えるくらいの人間で暁にケンカ腰で話しかけてくる人間なんてそうそういねぇだろうなと考えたら、それくらいの家だろうと思っただけだ」


 そして「もしそうじゃなければ、よっぽどのバカだな」と言って笑う。


「それにしても、相当な事を言われていたな。如月」

「はい!?」


 まさかここで話しかけられると思っておらず、完全に油断していた如月は驚きの表情のままカップから口を離す。


「いっ、いやぁ。でも、まぁいつかは言われるとは思っていましたし」


 そう、塾にいる時も「なんでお前が暁さんの友達なんだ」と言いたそうな視線は今まで何度も感じた事がある。

 しかし、明日香に言ったとはいえ、本人がいる前で言われたのは初めてだ。


「そんな事はないだろ」

「え」

「つーか、それで暁も怒ろうと思っていたぐらいだしな」

「……」


 瑞樹がそう言いながら明日香の方を見ると、明日香はどことなく照れくさそうにしている。


「そう言や、あの女はいつも暁に対してあんな感じなのか?」


 先程の様子を思い出すように瑞樹は明日香に尋ねる。


「私に対しては……そうですね。ただ、他の人に対してはもっとひどいです」

「ひどい?」

「ええ、自分の家の権力を笠に着ているのか……とにかく偉そうで人に雑用を押しつけるのは当たり前で……それでいて揚げ足を取って。とにかくイジメています」

「ほぉん。それでお前さんはそれのフォローをしているってワケか」


 瑞樹は納得した様に頷く。


「別にフォローではありませんよ。困っている人がいれば助ける。手伝う。当たり前です」

「ただ、あの女はそれが面白くないワケか」

「そうみたいですね。何度か邪魔をされた事があります。ただ、彼女自身からされた事はありませんね」

「あの様子を見ると……相当な数に恨まれていそうだな」

「……」


 明日香の様子からただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、瑞樹は「うぅん」と唸った。


「あの、場所が場所だったのでよく分からなかったのですが」

「ん? ああ、黒いモヤか」

「えと、はい」

「黒いモヤ?」


 そう言えば、明日香は『怪異』の話を詳しくは知らない。それに、昨日は自己紹介だけで帰ってしまった。


「ああ、如月の言う『黒いモヤ』っつーのは……いや、最初から説明するわ」


 今回の一件は明日香にも多少は関わりがあるので、瑞樹は如月にした様な説明を一からした。


「あの、でも。確か『怪異』って亡くなった人が関係してるって言ってましたよね。いくらたくさんの人に恨まれていたとしても……」


 そう如月が言うと、瑞樹は「いや」と考え込む様に言う。


「? 違うのですか?」

「ああ、そういった事をする人間はイジメをゲーム感覚でしているのと変わらない。しかも、相手が打てば響く相手であればなおさらだろう。その上、縦ロールの家は金持ちだ。娘のした事をもみ消すくらい造作もないだろう」

「あの。そっ、それってつまり……」


 如月は『ある可能性』に思い当たり、思わず瑞樹さんを見る。


「なぁ。コレはあくまで可能性の話だが、ひょっとして……」


 そして、瑞樹は……二人の会話を聞きながら万年筆を見ている暁の方へと視線を向けて話しかける。


「ええ、それで間違っていないわ」


 瑞樹が全てを言う前に暁は肯定した。


「明日香」


 万年筆を大切そうに見る暁の視線は……優しい。そして、その視線と言葉が意味する事を……如月は何となく察した。

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