第54話 やわらかい時間
「夢じゃないよね?」
あまりのしあわせな時間が怖くなって日向に訊く。
「ほっぺでも引っ張ってみる?」
彼がそう言うので、私は日向のほっぺを。日向は私のほっぺを思いっきり引っ張った。
「痛ッ!」
「痛い!」
冬の乾いた空気に、バカみたいに大きな声が響く。
痛みのおかげで夢ではないことが分かって、お互いの視線がぴったりと交わる。目を合わせただけなのに、私たちの間には小さな笑いが生まれる。
「あ、こんな所じゃ寒いよね。あ、上がって?」
日向の紅くなったほっぺを見て急に寒さが押し寄せてきた。私は、固くなった表情筋を使って、たどたどしい言葉で日向が借りてくれたこの部屋に日向を上げた。
「信じられない……」
やっぱりまだ、目の前の状況を素直に呑み込めない。さっき、夢でないことは分かったはずなのに……。
「もう一回、つねってみる?」
そんなことを言った私に、日向はイタズラっ子みたいな笑顔を浮かべて意地悪くそう言った。
「いい……」
その笑顔を見てなんだか安心して小さく拒否した。
記憶に残るかわからないくらいくだらない会話なのに、今の私にはかけがえのない、とても大切な、尊いものに思えた。それほどまでに私は、日向のことを求めてたんだと、改めてそう思った。
「明日はクリスマスだね?」
「そう、だね」
少しの沈黙が、この部屋の空気を支配する。
「あの……」
「あのさ……」
日向と偶然、声が重なってしまう。私たちの間にはまた、小さな沈黙が訪れた。
「日向、先に……」
「いや、飛鳥の方が先に……」
これじゃあ埒が明かない。だから――、
「それじゃあ、一緒に……」
わけはわからないけどそんな提案をする。そうして二人で一緒に大きく息を吸って、
「「明日、イルミネーションを見ませんか?」」
二人で、一字一句違わない言葉を口にした。
「同じこと考えてたんだね?」
「そうみたいだね」
また、小さな笑いが生まれる。すごくあたたかくて、穏やかな時間。
「明日は、一日中。一緒に居てくれませんか?」
彼の不安気で、小さな問いかけに私は素直に笑って、
「うん!」
そう大きな声で言って、勢いよく日向に抱き着いた。
勢いのまま、自然な流れでベッドに倒れこんでしまう日向。
わたしたちは、そのまま二人で身を寄せ合って一つのベッドで眠りについた。
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