第39話 ぬくもり
私は独りぼっちの窮屈な部屋の大きなベッドの上で、天井の年輪を数えていた。あんなに大好きだった小説も、今では全く読む気が起きない。
「お腹、空いた……」
静かな部屋に、私のお腹の音が響き渡った。重たい身体を起こして、小さな冷蔵庫の中を見る。
「なにもない……」
買い物に行ってないんだから何も入っていないのは分かっていた。けれど、何故かこの中に、何か入っているんじゃないかって期待をしてしまっていた。
「はぁ……」
私は、小さな決心をして玄関の扉を開けた。その時、コツンと小さな物音が聞こえた。ゆっくり扉を閉めて外を見る。すると、ドアのすぐ前にはタッパーに入った肉じゃがや炊き込みご飯など、私の好きな食べ物がたくさん入っているビニール袋が置かれていた。
「日向……?」
私が同棲を始めてすぐに要望した通りにゴツゴツと大きめに切られたジャガイモ。アホみたいに几帳面に同じサイズで切られた人参。日向が作ってくれたものに違いない。タッパーのわきに、小さく紙切れのようなものが見えた。
〈ちゃんと食べろよ?〉
彼の優しくて温かい文字に涙が溢れだす。私はビニール袋を部屋に置いて、そのまま全力で足を動かした。
タッパーはまだ温かった。ということは、まだそんなに遠くには行ってないはず……。
探偵小説でありがちな推理を信じて、ただひたすらに駅までの道を全力で走った。
駅の改札で日向と思われる猫背で少し筋肉質な背中を見つけた。
「日向!」
いきなりの大声に駅構内に居た全員が振り返る。けれど、私が見ている彼の背中は流れに逆らうように、どんどん遠ざかって行ってしまう。
「日向……。ありがとう!」
私は、消えかけている彼の背中に精いっぱいの感謝の気持ちを伝えた。
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