第11話 ボクの違和感
「ただいまぁ」
玄関の扉を開けて、リビングに向かって力なく帰りを伝える。
「おかえり」
そのリビングからは、気の抜けた飛鳥の小さな、無感情のその言葉が聞こえてきただけだった。
「日向。遅いよ。晩御飯は?」
手元の本から一切目を離すことなく、当然のように言ってくる飛鳥に少しムッとした感情を覚えたが、グッと堪えて、
「ごめん、今から作るね」
と作り笑いで優しく返して、夕飯の支度を始めた。バイトの後、疲れ果てて帰ってきてからの料理は苦痛以外の何物でもなく、この環境に身を置いて初めて母の大変さが身に染みて分かった。
「痛ッ」
普段は絶対にしない、包丁で指を切るということが起こったが、
「大丈夫~? ばんそうこうはあそこだよ~」
と、飛鳥はあまり気にしていない様子でソファーから動かない。見ての通り、取りに行ってくれる気配もないので、僕は自分で棚の戸を開けて、自分でばんそうこうを傷口に貼った。
「飛鳥、出来たよ」
「はぁ、遅い。ていうか、今日の晩御飯、ちょっと地味じゃない?」
飛鳥は本にしおりを挟んで、ダイニングチェア移動してすぐにそう言った。
飛鳥は良くも悪くも正直なのだ。思ったことはすぐに口に出してしまう。そんな飛鳥の事を深く理解しているはずなのに、僕の心の中では怒りが沸々と沸き上がっていた。
「ごめん。初めてのバイトで疲れちゃって」
「ま、いいや。いただきます」
飛鳥は不服そうにそう言って、料理を口に運んだ。この日の料理では、天使のような微笑みを見ることは出来なかった。
「で、家庭教師のバイトはどうだったの?」
口の中のものを飲み込んだ後、あんまり興味がない様子で聞いてくる。
「大変だったよ。けっこう疲れた」
小さくため息を零すと
「そっか、お疲れ様」
飛鳥は無表情、無感情で、ロボットみたいにそう言って、白米を口に運んだ。
――こんなとき明里さんなら
今日、初めて会ったばかりの彼女の顔が頭に浮かんでしまう。そんな弱い自分がいた。
「ごちそうさま。お風呂、先いい?」
「いいよ、行ってきな? 僕はお皿洗っちゃうから」
僕は飛鳥を見送って、シンクに残り物のない食器を持って行った。
「俺が思い描いてた同棲って、こんなだったかな……」
今日、家を出るまであんなにも楽しくて、夢見心地だったこの生活が、途端につまらなく感じて、大切な人生を空費しているような感覚が、僕の心を蝕んでいた。
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