声の出せないセイレーン
白兎白
第1話 はじまりのセレナーデ
初めて聴いた音階は、「ラ」だった。
俺、黒須潤一郎は一瞬で彼女の歌声に心奪われた。
一目惚れならぬ、一聴き惚れだ。
その彼女の歌声が頭から離れなくて、俺の脳内を掻き乱した。
気持ちよく伸びる、心のもった歌声。
幸せそうな笑顔。
俺は、名前も分からないその子に、恋をした。
高校1年生の夏、学校帰りの公園で毎日のように歌を練習するその子の存在を知った。
その子も高校の制服を着ていたので、歳は近いだろうとは思っていた。
ただ、話しかける勇気がなかった。
話しかけようと、心に決めたのはその子に心奪われてから、3ヶ月が経った頃だった。
しかし、その日、その子は公園に来なかった。
その日だけじゃない、その日からだった。
俺の恋は、終わったのだ。
そして、1年が経った。
もう、その子の顔すら忘れつつあった俺は、両親の転勤の関係で地元を離れた。
ますます会えなくなるなと思い、俺はその子の事を心の中で封印した。
元々有名な私立男子高校生だった俺。
少し田舎の共学の公立高校の先生方は、喜んで受け入れてくれたらしい。
そして、転入日。
担任の女性の先生に連れられ、教室に案内された。
「はーい、皆席について。転入生を紹介します。黒須君、入ってきて」
呼ばれて、カラカラと教室のドアを開けた。
「黒須潤一郎です、宜しくおねがいします」
「席は、窓側の一番後ろに座ってもらおうかな」
「はい」
とぼとぼ歩きながら、指定された席に座る。
ホームルームが始まった。
正直、眠たくて頭に入ってこない。
だが、みんな真面目に聞いていたので寝るわけにもいかない。
すると、右側に座っていた女子が、小さなメモを渡してきた。
そこには、『よろしくね』と書いてあった。
「あぁ、こちらこそ・・・」
小声でメモを受け取って、女子の顔を見た。
ドクンと、心臓が堯なった。
その女子は、「その子」だった。
忘れかけていた記憶が修正される。
間違いない、間違いなかった。
その子はキョトンとしていた。
そうだよな、俺が一方的に知っていただけだもんな。
すると、また千切ったメモを渡してきた。
『小林こいろです』と、書いてあった。
「あっ、俺はさっきの通りなんですけど、黒須潤一郎です。こいろちゃんって、呼んでもいい?」
こいろちゃんは優しく微笑んだ。
その時、俺は疑問がひとつ生まれた。
こいろちゃんは【声】を出さないのだ。
ホームルームだからかな?真面目なのかな?とも思ったが、聞いてしまった。
「あの、なんで喋らないの?」
すると、こいろちゃんはメモに文字を書いて、渡してきた。
『私、失声症なんだ』
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