アダムミーツイヴ with タイムトラベラー 踏み出よ我が一歩、と人類最後の少年は言った

西木ダリエ

プロローグ 我は校内ゴブリンA その1

 マンションの四階とはいえ、高層マンションに囲まれ、視界が遮られていた。

 いつもながら見晴らしが悪い。


 ベランダのプランターに植えていたウマノスズクサの様子を見た後、十三歳、山羊座のわれ多邑凛一たむらりんいちは、遅刻もせず真面目に登校した。



 教室では、ガヤガヤと何やら騒ぎが起こっていた。


 ここんところ問題になってるあれかと思った。


 ウイルスパンデミックに加え、世界規模で発生していた、月に一度くらいの頻度の大きめの地震。

 地震の被害は、日本では今のところ大した事はなかったが、他国では大きな被害が及んでいた所もあったようだ。


 その地震が、ひと月前辺りから次第に、週一くらいへと頻度を増していた……。



 教室に入って直ぐ、騒ぎの原因を聞かされた。


 男子ひとりひとりアルトリコーダーをチェックしてるから、出すよう言われた。


 目立つ女子グループに居る、学級委員長の仁科千景にしなちひろが、昨日自宅で気が付いたという。


 アルトリコーダーの頭管部(ヘッドピース)が自分のものでないことに。

 いつの間にか、何者かによって、リコーダーの頭管部は持ち去られ、代わりに自分の物ではない頭管部が取り付けられていたとのことだ。


 仁科は自分の頭管部には、油性マジックで自分のイニシャルを書いてたという。

 なるほど。

 仁科と間接キスがしたくて、そんな凶行をか。

 やれやれ、とんだ変態もいたもんだ。そんな変態容疑がかけられたとあっては、名折れというものだ。幾らでも好きなだけ見てもらうか、我のリコーダーの頭管部を。


 リコーダーをケースから出すと、我のリコーダーの頭管部には「CN」と油性マジックで書かれていた。

 ──ど、ど、どう言う事だ⁉︎


 我に浴びせるよう、クラス中から次第に罵声上がった。

 変態だの、キモいだの、痴漢あかんやらセクハラ、引くわーにクソ虫、性犯罪者など……。

 そんな様子に気が付いた仁科は、つかつかと無表情で近付いて来た。

 背が高めでスラっとしており、よく似合っていたロングの黒髪がなびいていた。

 つくづくきれいな髪だな、よほど普段からの手入れは欠かしてないのだろうなと思わず感心していたその瞬間。


 ――パチコ――――ン!


 教室中に響き渡ったその音を良い音だななどと思ったいとま、痛みが走った。


 我の頬を仁科の平手が打っていた。

 クラスの連中がどっと湧いた。

 

 目力の強い目で怒りをあらわにしつつも、冷静にキッと言った。

「もう汚されてもーたわ。思いっきり殺菌消毒するしかないやんか」

 まるで、我がバイ菌まみれの汚ならしい人間のような言われ方だ。


 我にはさっぱり身に覚えはなかった。

 まったくの濡れ衣。このまま黙っていては癪だ。

「だ、だ、だ誰がこのような事をしたのかは、し、し知らんが。冤罪だ。我はハメられたのだあッ!」

 そう言っても、一度燃え上がった火はそうそう消えそうにない。

 ただ我は集中砲火を浴びるだけだった。



 以後、我は妖怪フエナメと呼ばれるようになり、陰キャレベルが更に上がった。

 幼馴染みの日野啓子ひのけいこ、唯一気軽に話が出来る女子、啓子くんにも、無視されることとなった。


 ……まったく、それでなくとも、何故ゆえ日々学校なんぞにヘコヘコと行かねばならないのか。

 あんな暗黒空間へ――と思っていた矢先だった。


 いっそ自宅警備員になってしまいたい。

 早くマイPCを買ってもらいイマジナリー・ガールフレンドにしたい。

 毎日がゲーム三昧の日々とかもいいな。

 もっとも、オカンはゲームを良いものとは思っておらず、ゲームを買うつもりなら小遣いはくれなかったが……。


 紙の本や、画材、ウマノスズクサの苗などは買ってはくれるものの。


 我は、小学八年。

 小学生最終学年であり、来年は、

一年間しかない、高校受験を控える期間の中学に上がる。 

 その後は高校、行ければ大学……。


 小学校に通い始め八年目。

 我ながら、よくそこまで通い通したな、と思う。これ以上、学校なんぞに通い続けるのかと思うとクラクラと気が遠くなりそうだ。


 勉強が好きではない。授業は苦痛でしかなく、成績は全滅だった。まあ、高校まで行けるのかすらあやしいところだな。


「四月は残虐な季節」と言った詩人がいる(某ゲームの受け売りだ。確か、イギリスの詩人だったか)

 四月――春は、人間に例えると思春期だろう。

 つくづく、第二次性徴期というのは残酷だと身に染みていた。

 背は平均程度はあるものの、まるで男らしくなる気配のない、お子ちゃまのような我がからだ。


 女子とキスすらしたことなどないというのに、隣のクラスでは妊娠騒ぎがあった。

 なんだろうか、このやるせない温度差は。

 学校でのささやかな楽しみと言えば、給食とプロレスごっこくらいなものだ。


 ……それにしても、我と仁科のアルトリコーダーの頭管部をこっそり交換などした者の動機はなんだろうか? 

 単なる嫌がらせか。

 恨まれるような覚えもない。我は学校内では、まったく目立たぬ陰キャだというのに。透明人間のようなものだろう。


 もはや、陰キャでほぼボッチぎみの我を歓迎してくれるのは、プロレスごっこ衆だけだ。

 二年前まで体操を習いに通ってた我をルチャ(メキシコ流プロレススタイル)要員として迎え入れてくれていた。


 嬉しくて、マスクまで用意したら、バカだと笑ってくれた。

 男らしいからだになるための鍛錬にもなろう。自主的に筋トレも行っていた。

 だが「小八にもなってプロレスごっこかよ」と呆れられ、メンツは減ってゆく一方なので、我が必要とされていたのは、単に人材不足からのようだったが……。


 我々はこっそりと、走り高跳び用の分厚いマットがある体育倉庫を根城にしていたが、

そこも仁科によって発見、チクられてからは、

時々、教師どもが見回りに来るようになっていた。

 落ち着いて遊べなくなり、風前の灯とも言えた。

 


 仁科には、我がちょっと運動できるとか、ちょっと絵が描けるというのが、勘に障ってるのか……。

「鼻毛みたいな取り柄」と評したり「成績は全滅のくせに。現実にはな、未来からネコ型ロボットが助けに来たりせーへんねんで」と言われたこともあった。



 容姿端麗、成績優秀、性格最悪。あったまにくる女子だ。


 我と仁科。

 ファンタジー世界に例えると、とんでもなくハイレベルの麗しき女騎士と卑しき名もないゴブリンAのような感じか。


 ゴブリンを怒らせると怖いということを教えてやりたい。


 我、妄想の世界において魔王となり、姫君たる仁科をさらい、塔の中へと幽閉。

 今宵も我のしもべ、触手ゴブリンたちを放ち、辱めの限りを尽くし、良い声で泣かせてやろう。


 そんな妄想をする日々。


 その内容を図説と解説に、詳細な設定資料も合わせ、

〈卍・シークレットファイル〉と銘打ってノートに描き綴っていた。

 ……いかにも陰キャだな。


 我、まだ十五歳にすらなってないが、個人的にどエロいものを描く分には犯罪ではなかろう。

 要は公にしなければ良い。妄想と同じで何を考えようが個人の勝手だ。

 そんな妄想のヒロイン、贄たる嫁には、専ら仁科千景が打って付けだった。

 出来るだけ仁科のデータを収集していた。よりノートを完全にするために。


 仁科を観察することが、暗黒空間でしかない、学校へ行くことの、もやはたったひとつのモチベーションとなってしまった。

 


 放課後。

 我は、いつも通り、プレハブの体育倉庫でコッソリと行われる非公認プロレス研究部に向かおうと思ったが、

どうだろう。誰も来てない気もする。

 おちおち試合に没頭出来ないのではな……。

 そんな事を思いつつ、ためらっていると――。

 

 校庭を数名のコスプレ集団が走って行くところを見かけた。

 体育館へと向かって行った。

 演劇部か。

 仁科は学級委員長に加え、演劇部部長でもあったな。


 仁科のデータを収集するためのウキウキウォッチしに行くことにした。

 同意のないスマホでの撮影は、盗撮になってしまう。ならば、この目をカメラに脳内録画するまでのことだ。


 体育館の中は、バスケ部の男子と女子たちも使っており、その中に紛れていれば目立たず、

舞台の上と下付近で行われていた演劇部の練習の様子を近くで見る事が出来た。

 部員たちは、全員女子なので、あまり近寄り過ぎると警戒されるのでその辺は注意しつつ。


 部員の一部は、中世ヨーロッパ風の衣装を着ていた。

 まだその衣装も簡易的で完成形でないらしいというのも判った。まだ練習の段階なので、メイクもしていない。

 仁科は今回も裏方か、男役だろうか。

 なんせ、最終学年であり、背が高い方だ。

 ――などと思っていたら、堂々ヒロインだった! 


 大臣の令嬢で、身分的にどうかという感じだが、その国の王子に恋してるといった感じだった。

 普段の仁科とはまた違った感じで、一段と遠い存在、雲の上の人となり、びっくりするほどきれいだった。

 演技も上手かった。演技に熱が入ってるのも伝わってきた。


「仁科先輩、すっごいきれいやね」「性格にちょっと難がある分、演技させると光もんがあるんやろ」

「ホンマ、気合い入ってるね、仁科オフィーリア」

「小学時代最後になるんやし、思い出作りなんやろ、仁科先輩」「文化祭は、あたしら後輩にヒロイン役回してくれるそうやし。たまには、いっつもうるさい仁科先輩に華持たせたってもええんちゃう」「あの鼻につく先輩もこの一年我慢したら、おらんようになるんやし、万歳や」


 ……仁科の性格の悪さは部活の方でも折り紙付のようだ。

 クラス内でも目立つ女子グループに居ながらも同様だった。

 

 ハイスペックかつ意識高い系が鼻につき、生真面目でうるさいところが煙たがられていた。

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