暗がりの隙間より
夏休み初日、昨晩遅くまで続いたクラスメイトと愉快な団欒のおかげで、未だ眠気が抜けきらない。今年の夏は学院を抜け出してどこへ旅行に行こうか、はたまた何をしようか。想像するだけで楽しくなるような話ばかりだったような気がする。夢うつつな状態でしばらくベッドの上で繰り返し何度も寝返りを打っては、遠くへ霧散しようとしている心地よいまどろみの中へとどうにか戻ろうとしていた。
そんな中、突然爆発音が部屋全体と、私の寝ぼけた頭を揺らした。ベッドから落ちこそはしなかったけれど、気持ちの良い感覚を一瞬のうちに奪われた不快感はその怒りの矛先を音のした方向に向けさせるのには十分だった。
南に向いている唯一の窓に備え付けられた安っぽいカーテンを通り抜けて差し込む日差しが部屋に舞うほこりを照らしている。真っ暗な状態ではそれが部屋中に充満しているように見える。日ごろ掃除をさぼっているわけじゃないのに。
早起きが趣味とかいう変な物好きはいても、こんな朝早くから騒音を立てるような常識知らずがこの学院にいるだなんて思ってもみなかった。壁にかかった時計を見ると時間は午前七時を回る少し前。いつもならもう起床の鐘が鳴り終わっている時間、もう朝食を済ませている時間だ。
けど今は生徒の誰もが待ちに臨んでいた夏休み。毎日時間に追われて満足に寝れてない人もいる中で、誰がこんなことをするのだろう。顔を見てやりたくなった。
窓辺へと近づいて行き薄いレースのカーテンを左右に乱暴に開ける。窓から差し込む夏の朝日に目をくらませながら、四方を建物に囲まれている寮の中庭の様子をうかがう。中庭の隅の方、木陰付近にあるベンチにある三人の姿が目に入った。
「こんな朝っぱらから誰よ、まったく。人の迷惑ってものを考えて……ってなんであいつが」
窓に吸い付かせるように額を近づけると、やけに見覚えのある顔がそこにはあって、彼女の顔を見たとたんに一気に目が覚めた。ろくに魔法が使えない落ちこぼれ落第生と、それとはとは正反対に学園きっての優等生らが一緒にいる。一体何の関係があってその三人が一緒にいるのか全く分からない。私は息を潜めて一層顔を窓ガラスに近づけた。
目を凝らすと、ルクスが芝の地面に膝を着いて何か光っている物を拾い集めているように見える。何かを壊して破片が飛び散ったのだろうか。それにしてはさっきの爆発音は大きすぎるような気がする。一体何があったっていうの。
とはいえ、あの二人が一緒ってことは十中八九あの子の頼みで卒業試験に向けた特訓でもしているのだろう。一緒にいるあの子の友人が一枚噛んでいるみたいだけれど。あんなことしてもあの子のレベルじゃ今さらどんな努力したってもう試験に間に合うわけないのに。
今までの試験であの子が満足に合格点を取れていたことなんて見たことも聞いたことなかった。それは私たちの学年の間では周知の事実だ。
毎回試験のたびに、できもしないのに必死になって魔法を唱えようとする姿が影ではいい笑い草になっている。ただ座学の結果が良いからって試験を免除されてきただけで、それすらなかったら今頃は留年か自主退学を進められていたに違いない。それなのにあの様子ってことは、どうせ最後の夏だけでも、って張り切ってるみたい。どうあがいたってせいぜい他の生徒の勝ち星の足しになるだけだっていうのに。
「何? まぶしいなぁ……どうしたの? こんな朝早くから」
背後から声がしてその場で心臓ごと飛び上がった。振り返ると眠っていたはずのルームメイトが薄いブランケットを鼻までたくし上げて眠たそうな目でこっらを見ていた。さっきの爆音で起きずに日差しがまぶしくて目覚めるだなんてどれだけ深く眠っていたのか、それともただ鈍感なだけなのかは私には分からない。
「な、何でもないよ。ちょっとカーテン開けただけ。今閉めるから」
そう言って窓の外を背中で隠すようにして急いでカーテンを閉めた。完全に締め切っても日差しを全く遮るつもりのないレースのカーテンは一年生の時にルームメイトが買ってきたものだ。当時こそ自分たちの好みだったはずだけど、七年もたってみればいかにも子供っぽくて、とても自分の部屋に取り付けようとは思えない。
「そう、ならいいけど、まぶしいからちゃんと閉めといてね。おやすみ」
大きくあくびをしたかと思うと今度はブランケットを頭までかぶって向こうの方に寝返りを打ってもう一度まどろみの中へ落ちていった。最後の方何て言ってたか聞き取れなかったけど、たぶん「おやすみ」って言ってたと思う。けど、どうやら朝早くから私が窓の外を眺めていたとは思われていないみたいだった。
ルームメイトが再び寝息を立て始めるのを見てその場にしゃがみ込む。バレずに済んで本当に良かった。悪いことをしているわけでも、まして自分のことですらないのに、見られていなかったことになぜかそっと胸をなでおろす気分だ。息を整えるためにゆっくりと深呼吸をして変に脈打っている鼓動を落ち着かせた。
でも、それならどうして他人のことを気にしてビクビクしなくてはいけないのか。それも相手は会の落第生だし、まして自分のことでないのなら見られたって問題はないはず。いつもの調子なら隠すどころか進んで晒上げて談笑のネタにしてもおかしくないのに。自分が感じた根拠のない安堵とそれをもたらしたあの子に対して苛立ちを覚えた。
「才能もないくせに何よ今さら。バッカみたい」
言葉とともにカーペットを殴りつける。カーペットの安いなりのふわふわとした感触とそれ越しにフローリング張りの床の硬さを感じる。せっかくルームメイトが寝入ったのについ声にも力がこもってしまった。それでもまた起きてしまわないかって確認することすらも億劫だ。それにこの状況すらあの子のせいと思うとうんざりしてくる。
ひとまず落ち着くために自分のベッドに戻って腰掛ける。枕もとのナイトテーブルには昨日の夜寝る前に飲んだ薬の薬包紙と水を入れていた水差しがそのままになっている。薬包紙に至っては十枚ぐらい重なっていて薬を飲んだっきり片付けてないのがバレバレ。よくルームメイトに注意されないなって自分でも不思議に思う。
起きたのなら今朝の分を飲まなくては。思い出して棚へと向かった。毎日起床時と就寝前に薬を飲む習慣もだいぶ慣れてきたように感じる。昔こそ粉薬は苦いとか言って苦手だったけど、今はもうそんなこともない。一回分の薬包紙をつまんで取り出す。そういえば、水差しが空になっているのを忘れていた。
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