御する術もない ―1
名門魔術学院の朝は早い。たとえそれが休暇中であったとしても。日の出とともに構内に鳴り響く鐘の音は生徒だろうが講師だろうがお構いなしに眠りを妨げる。とはいえ、こんな時間に活動を開始する人間は多くなく、物好きでもなければ再び毛布をかぶろうとするだろう。
人影まばらな、四方を寮棟に囲まれた中庭に二人分の影があった。一人がもう一人を必死に支えるようにして立っている。
しばらく続いた夏らしい天候のおかげで足元を青々と芝が覆っている。時折風に運ばれて鼻を抜ける草のかおりがさわやかな朝を感じさせた。しかし、そんなことを気にする余裕も今のレイには微塵も無く、今にも倒れそうな体をどうにか保っていた。
「レイちゃん、大丈夫? まだキツそうならもう少し時間ずらしてもらおうか?」
「いやいいよ。これでも集合時間遅くしてもらってるのにこれ以上は迷惑だよ。それにもう少しこうしてればマシになるから」
レイの目覚めの状態は今日に限った話でなくとも格別に悪い。平時から低血圧から体に倦怠感と頭痛を覚えしばらくベットの上でうずくまっていないと起き上がることもままならない。そういう体質だと判明してから数年たってもいまだに朝に慣れるような兆しが見えない。今もこうしてティアにすがってようやくいられる状態だ。
集合場所としてルクスに指定された中庭は威圧感を備えた寮棟が四方を取り囲んでいる以外は見通しが良く効く。こうして今二人が立っている日陰も昼過ぎになれば日が差すはずだ。
初夏とはいえ、昼には相当な暑さになるだろうが、今はまだ朝ということもあってむしろ心地よい風が吹いていた。中庭隅にあるベンチにティアに誘導されるようにしてレイは座らせられる。ルクスが来るまでにどうにか体調が戻れば御の字だろう。それまで間に合えばの話だが。
「この体質さえどうにかなれば毎朝こんな目に合わずに済むんだけどね」
「それはそうだけど、これはもう仕方ないよ」
言いながらティアがレイの背中をさする。気休め程度かもしれないが、当のレイからすればわずかに気分が楽になった気がするのも確かだ。両手に顔をうずめ体を前に倒して一刻も早い体調の改善に努めていた。
「あ、あれルクス君じゃない」
ティアが指さす方にわずかに目をやるとこちらに片手を大きく振りながらこちらに向かってくる人影があった。もう一方の手には何やら黄檗色の袋を携えている。
開口一番に「よっ」と軽快な挨拶をするとルクスは手に持っていた袋を芝の上に置いた。
ティアの話曰く、入学当初から魔法や戦闘技能において常にトップクラスの成績を収めているというルクスからは、いかにもという雰囲気が漂ってくる。赤茶の短髪も好印象を与えている。
単純に実技の成績が学科に置き換わったものがレイなのだが、少なくとも今この瞬間も顔を上げれずにわずかに体を向ける程度に留めているところからはトップの風格よりも憐れみのほうが何倍も強く感じられた。
ルクスがベンチのそばに寄るのと同時にティアが立ち上がって二人の間に立つ。
「ルクス君、この子が前に話したレイちゃんね。今はこんなんになっちゃってるけど、いつもはもっとちゃんとしてるから。で、レイちゃん、こっちがルクス君ね」
「朝弱いって話には聞いてたけどこれまでとはな」
「初対面なのにこんな状態で本当に面目ない」
「いいっていいって、もうちょっとだけ準備もあるし良くなったら言ってくれ」
今のレイにはルクスの言葉が何よりもありがたかった。小さく礼を言うと体勢をもとに戻した。一方ルクスは地面に片膝を着いて袋の中身をあさりだす。
「ちょっと遅れて悪かったな。準備してたら意外と時間かかっちまった」
「準備、ってその袋何持ってきたの?」
ティアがベンチから立ってルクスの手元をのぞき込む。袋の中には手に乗る程度の小型のランプがいくつか入っている。見るからにサバイバル用品のように思えたがそのうちの一つに見覚えがあった。
――――魔力ランプ。傍からはガスだとか油を消費して使用するものと何ら変わりないが、よく見ればそれらを補充する口が存在しない。代わりにランプを吊るすための取っ手とは別に横から持てる握り手が付いている。使用者がこの握りを握って魔力を流すことで本人の魔力によって光度や色が変わる炎を灯す。
「入学式の時も似たようなのを使ったよね。あっちはこれと比べ物にならないぐらいに大きかったけど」
「だな。あれは光の強さとか魔力の色を見る方が目的だから照明としてはあまり実用的じゃないんだ。けどまあ今回はあっちを使えた方が良かったかもな」
「じゃあこれでレイちゃんの魔力を見るんだ」
ルクスの説明を聞きながらティアは適性検査のことを思い出していた。この学院では入学式後すぐにクラス分けのために適性検査が行われる。その一環としてこの魔力ランプを用いた性質検査があった。この検査のため専用に作られた大型の魔力ランプは当時のティアたちの身長と同じくらいで、その威圧感からか必要以上に緊張させられるようだった。
「話を聞く限りじゃ魔力の扱いがうまくいってないみたいだったからな。とりあえず現状を知らないことにはどうにもならないと思ってな」
「なるほどね。で、レイちゃんできそう?」
ティアがベンチの方へと視線を向けると先ほどと大して変わらない体勢ながらもわずかに楽そうにしているレイの姿がある。
「うん、だいぶ楽になったし。大丈夫だと思う」
おぼつかない足取りで立ち上がるとレイはルクスのもとへと歩いてくる。左手に魔力ランプを受け取るとその感触を確かめる等にしっかりと握りしめた。
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