孤独のトイレ

高久高久

――便所に行きたいだけだった

――とにかく便所に行きたかった。


 頭の中は便所でいっぱいになりながら、俺は歩いていた。

 腹がギュルギュルと悲鳴を上げている。空腹ではない。むしろ腹はパンパンだ。そのパンパンの物が出たい、と悲鳴を上げているのだ。


『偶にはこういうのもいいだろ、御手洗』と、知人に昼に本格的インドカレーを食わされたのが原因だろうか。油っぽく、甘いナンを出す店員が全員日本人ではない本格的カレー屋だった。

 実を言うと、俺はああいうカレー屋が苦手だった。妙に甘いナン。マトンとか緑色だったりとか癖の強いカレー。『本格的だから手で食うのか』と手で食べていると、単にスプーンを出し忘れていただけだったという店員。

 誘われた手前、食べないわけにはいかず、無難な物を食べたはずだった。だが口から入れたカレーは今、下の口から出たがっている。


 こういう時に限って、便所が見つからない。コンビニは何処も『トイレ貸していません』の張り紙ばかりだ。店員は一体どうしているのだろうか。ペットボトルトイレなのだろうか。

 商業ビルに入るが、個室は埋まっている。耳を澄ますと中からガサガサと袋を漁るような音がする。居るんだよなぁ、便所で荷物整理する奴。おまけに多目的トイレも埋まっていると来た。不倫でもしているのか、出てくる気配が無い。


――焦るんじゃあない。

――俺は便所に行きたいだけなんだ。

――下の口ケツからカレーを出したいだけなんだ。


 男性用トイレから出ると、目についたのは女性用トイレ。中から人の気配は感じられない。もう我慢の限界の限界、その更にピリオドの向こう側まで来ている。


――ええい! 入ってしまえ!


 俺はそのまま女性用トイレに飛び込んだ。


――中には誰もいなかった。個室というより個室しかないが、全て開いている。

 奥から二番目の個室に飛び込み、俺はズボンを下ろす。


◆    ◆    ◆


――只今見苦しい光景が広がっております。niceしばらくお待ちください。boat


◆    ◆    ◆



――危なかった。後もう少しで、俺は便所ではなく変えの下着を探し求める羽目になっていた。

 ここで俺は、周囲を見回せる程度に冷静さを取り戻していた。


――トイレットペーパーは有る。替えも十分だ。紙が無い、なんてオチにはならない。おっ、おまけにウォシュレットが使えるじゃないか。こいつぁいい。

 ウォシュレットの電源コードに視線を向けると、結束帯のような物でコンセントから外れないようになっている。盗電対策だろう。

 ふとスマホを確認する。バッテリーは十分だ。充電する必要はないな。


――そんな事を確認していたら、腹が減ってきた。

 出すものを出したせいだろう。我ながら現金な腹である。


――よし、ついでだ。ここで食っていこう。


 カバンを漁ると、中からお茶とカレーパンが出てきた。カレー屋のカレーが満足いかなかったので、こっそり購入していた物だが、買っておいて正解だったようだ。


――しまった。便座しかないパターンのトイレじゃないか。これでは手を洗えない。

 仕方ない。お茶で洗うとしよう。2リットルで買っておいて正解だった。


――さて、手も洗った。食うとしよう。

 今コンビニでは色んなカレーパンがある。適当に手に取ったが――果たしてどうなることやら。

 少々大きめのパン。これは――中に卵が入っているのか。

 かぶりつく。む、ウマい。ウマいが……食い辛い。中からとろりとした黄身を垂れない様に食べるのが中々難しい。

 だがウマい……あぁ、ウマいぞ。やはり、日本人向けのカレーが一番だ。自分が日本人だという事を感じられる。


――ドンドンと、扉を叩かれる。

 何だというのだ。人が折角食事中だというのに、無粋な。


「すみませーん。ビルの者ですが、長い間トイレを利用しているようなので声をかけさせてもらってますー。大丈夫ですかー?」


――おっと。どうやら長居し過ぎたようだ。


「……ねぇ、何か良い匂いしない?」

「まさか、中で何か食べてるとか?」

「うわー! 嫌! トイレで物食べるとかありえないんだけど!」


――おやおや、女性の声も聞こえてくる。何時の間にか利用者が増えたのか。

 先程までガラガラだったというのに、利用し始めると人が増え始めるのは一体何故なのだろうか――いや、それは今考える事ではないな。


 さて、食べ終わった事だし、荷物を整えよう。そうこうしている間にも、外からの声は続いている。流すのは……時間が無いな。そのままにしておこう。


 準備を整え、俺は扉の鍵に手をかける。扉は手前に引くタイプだ。

 大きく息を吸って、鍵を開ける。


――思い切り、扉を引っ張って開ける。同時に俺は駆けだした。


「うわっ!?」という驚いた声。男の声だが、恐らく警備員だろう。

 同時に女性の甲高い悲鳴声も上がるが、そんなものお構いなしに、俺は走る。


「ま、待て!」という警備員の声と、後を追う気配を感じる。

 躊躇はしない。したら捕まる。俺は走った。ただただ、走った。


――ビルを出て暫くして、気配が無い事を確認して一息つく。やれやれ、ただ便所に入っただけだというのに。何故追われるのだろうか。


――安心した瞬間、ブルッと体が震える。ふむ、流石に2リットルのお茶は多かったようだ。

 最悪、何処かの電柱でも良いが――便所を探すとしよう。

 そう思いながら、俺は歩き出した。


※多分続かない。一発ネタ故。


いえ、違うんです。違うんですよ。

何が違うのかってのは解らないんですが違うんですよ。

こう、ね。何か思いついちゃっただけなんですよ。本当それだけなんですよ。

後疲れていたんですよ。疲れと深夜の勢いが私を狂わせたんですよ。

でもこれを公開する勇気は誇らせてほしい。きっと昼くらいに後悔するから。

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孤独のトイレ 高久高久 @takaku13

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