第120話 人魚の涙

 おじいさんに宿の場所を聞いて宿に入る。すると小さな女の子が迎え入れてくれた。水色の髪をしている女の子なんだけど……どこかで見たことがあるような?


「い、いらっしゃいませ。何名様ですか?」

「二人よ。一部屋で良いわ。そうね、とりあえず一週間分止めて頂戴。あなたはパパとママのお手伝いかしら? 偉い子ね」


 カトレアちゃんが返事をしつつ女の子の頭を撫でる。いや、両親はきっと……。


「パパとママじゃなくておじいちゃんとおばあちゃんの手伝いだよ! だってパパとママは……」

「あ、ごめんなさい」


 カトレアちゃんも気付いたみたいだ。恐らくこの子の両親は海賊に連れてかれて……。


「アイリを置いて旅行に行っちゃったんだもん! もう三年近く帰ってきてないし! お姉ちゃんもどっかいっちゃったし……」


 連れてかれて無いんかい! いいことだけどさ……いや、子供を置いて三年も開けてる時点で良くないか。

 ってアイリちゃん? は部屋の案内も鍵も渡さずに従業員の部屋に入っちゃった……どうしよ。


「お、お姉さんたちごめんなさい。部屋まで案内しますね」


 おっと、すぐに我に返ったらしく戻ってきた。


「アイリちゃん……だよね? アイリちゃんはずっとお手伝いしてるの?」

「そうだよ。おじいちゃんに家の外に出ちゃダメって言われてるから家のお手伝いしかやることないの」

「そっか。アイリちゃんは我慢してて偉いね」

「えへへ。これが鍵です。ごゆっくりどうぞ」


 アイリちゃんの頭を撫でてあげると喜んでくれた。そのまま部屋につき鍵を受け取る。部屋に入ったら早速カトレアちゃんと作戦会議だ。


「問題が多すぎるわね。どれから手を付けるつもり?」

「うーん。情報集めるまでは決めきれないけど領主様からかなぁ」

「あら、意外ね。クラーケンか海賊って言いだすと思ってたわ」


 私が戦闘狂って言いたいのかな? 間違ってはないけどさ……。


第一村人おじいちゃんがさ、海賊がこの町の領主を傀儡にしている。って言ってたでしょ? もし領主がくずで金に目がくらんで……って場合は後回しにするけど、脅されていたり魔法で操られたりしていたとしたら先に助けて味方につけた方が後処理をしやすいと思ったの。どうかな?」


 領主が変わってない言いぶりだったから脅されたか買収されたかだと思うんだよね。でも、そう簡単に買収されるような人を陛下が起用するとは思えないんだよね。


「一理あるわね……。領主の後に海賊とクラーケンをまとめてぶっ飛ばすのね?」

「そのつもり。まずは情報収集をしないとだけどね」

「じゃあ下の酒場に向かいましょう」


 スペースを使わずに宿に泊まった理由の一つがこれだ。酒場が併設されてる宿なら情報が集まりやすいはず! 他にも現地の食事が食べたいとか街中にスペースの入り口を作ると人の迷惑になりそうだからとかの理由はあるけどね。スペースの入り口は魔力感知が無いとどこにあるか分からないのに空間の切れ目になってるから普通の人が知らずに通過しようとすると見えない壁にぶつかることになる。それに何もない空間から人が出てきたら騒ぎになるからね。念のためってやつさ。


 カトレアちゃんと二人酒場に行くと水色のひげを蓄えたおじいさんがマスターをしていた。渋い雰囲気出てるのになんだかファンシー……。絶対に似合わないはずの組み合わせの渋さとファンシーさのはずなのにめちゃくちゃ似合ってる……。


「絶妙に似合ってるわね……」

「不思議だね。あの人以外だと絶対違和感ありまくりだよ」

「ほっほっほ。これはこれはレディたち。ありがとう。お礼に一杯サービスしてあげましょう」

「「あ、ありがとうございます……」」


 聞かれていたらしい……。褒め言葉で良かった。そしてそのままお酒を出してくれた。普段お酒を飲まない私でも香りから高そうなのが分かるんだけど……


「レディたちにはこのお酒が人気なんだよ。人魚の涙ってお酒なんだけどね。優しい味わいで女の子の心を鷲掴みさ」

「……」


 カトレアちゃんが絶句している。カトレアちゃんもそこまでお酒を嗜んでなかったと思うんだけどな? あ、飲みやすいし美味しい。一瞬で飲み終わってしまった。お酒なのに海の旨味が凝縮されていて、それでいてさっぱりしているね。いくらでも飲めちゃいそう。


「サクラ。いくら普段飲まないからと言っても人魚の涙くらいは知っておきなさい。グラス一杯で家が建つ値段よ」

「ごふっ」


 思わず吹き出しそうになってしまい慌てて口を閉じる。そんな高いものを吹き出したら怒られる。


「ほっほっほ。サービスなのでお気になさらず。最近は客が来なくて寂しかったんだけどね。そんなときに可愛らしいレディたちが来てくれたから嬉しくてね。年寄りのお節介さ。たんと飲んでおくれ」

「では一杯だけ……」


 恐る恐るグラスを口に近付けるカトレアちゃんをみていたずら心が湧いてくる。今脅かしたらどうなるかな?


「モフモフが一生できなくなると思いなさい」

「…………トツゼンオドロカシタリシナイヨ」


 マジのトーンで怒られた……。脅すのを止めて人魚の涙をしっかりと味わう。あ、二杯目はちゃんとお金を払ったよ。


「驚いた。レディはお金持ちなんだね……」

「この子は陛下にもお気に入りにされてるくらい力を持ってるからね」

「うんうん。何か情報を貰えたらこの町の役に立つかもよ?」


 残念ながらこの酒場に私達以外の客は来てないけどマスターなら何かしらの情報を持っててもおかしくないよね?


「そうかい。でも情報を扱うものとしては迂闊に情報を漏らすわけにはいかないんだ。いくら陛下のお気に入りだとしてもね?」


 ぐぬぬ。ダメか。冒険者ギルドもないし一軒一軒家を訪問するわけにはいかないしどうやって情報を集めよう。


「ほっほっほ。だからこれはわしの独り言さ。領主様は今まで外に出て領民と活発に接触していたのにここ半年はずっと屋敷に引きこもっているみたいだね。風邪じゃなければいいんだけど……。たしか領主様が体調を悪くしたのはギルバードって名前の人が領主様に会ってからだったかな? そうそう、ギルバードといえば後四日もすれば帰って来そうだね。町が荒れないといいけど……。逃げようにも留守の間はクラーケンを海に放し飼いしているし、内陸側に逃げるしかないね。隣町まで徒歩では行ける距離じゃないし高価なものは全て没収されているなんてことがなければねぇ……。レディたち? 飲み終えたら早く宿に戻って三日以内に町を出ていきなさい。安全が保障できないからね」


 情報を教えてくれた……のではなく大きな独り言を呟いたおおじいさんにお礼のチップを渡す。


「おや? サービスだといったつもりなんだけどね?」

「素敵な時間をくれたからそのお礼だよ」

「ほっほっほ。喜んでくれたなら良かった良かった。油断大敵だからね?」


 おじいさんの言葉を受けつつ再度も私達は宿の部屋に戻っていった。

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