TS魔法少女は背伸びする

椎木結

第1話 彼は魔法少女になって何を思うか、

『「本物」これでアナタも本物の魔法少女に!!!』2,000yen


 そんな商品を怪しげな露店で発見し、一週間が経った。最初は何それ、最近の返信グッズって露店で売られるようになったの? と怪しげに思い、スルーしていた。


 だが、心境が変わったのは会社に出勤する前に見たニュースが原因である。


『救世主、魔法少女と名乗る彼女らに迫る・・・!!』


 キラキラポワポワキュルルンとした煌びやかな高校入りたて、もしくは中学2、3年生のような容姿の魔法少女達が、これまた人類の敵っぽい相手と戦っている映像が流れたのだ。

 箸は落としたし、口に運んでいた魚の切り身は地面に落ちた。


 まぁ、ここまでなら、まぁ、何とか取り繕い、まぁ、平静を取り戻し、ま、まぁ、会社に向かえるのだが、ほんの少し映った彼女らの腰に装着している、妙に見覚えのあるオモチャに目がいってしまったのだ。


「これって・・・あの露店で売ってたのと同じだよな?」


 と、そこまで考えてしまってはもう仕事も十分に手に付かない。

 久しぶりに上司に怒られ、心配され、コーヒーを奢ってもらったその日の帰り道は何時もにも増して気分が沈んでたり、高揚していたり。情緒がジェットコースター並みであった。


あの、露店に売っていたおもちゃがまさかの本物?


 そんな考えがグルグルと回って、気がつけば何時もの露店の前に立っていた。


「あら、いらっしゃい。最近めっきり寒くなってさ、アタシもさもうここいらで商売するのを辞めようかって思っていた所だったんだ。・・・さぁ、良かったら買っていかないかい?」


 如何にも毒リンゴを渡してきそうな、シワがれた婆さんの笑顔を見ながら風呂敷に置かれたソレを手に取り、迷い。迷う。迷った。

 大の大人がこんな子供騙しに本気になって良いのか? 立派な社会人が魔法少女に夢見て良いのか?


 と、考えていると婆さんが


「お客さん・・・アナタはお子さんとか居るのかい?」


「え? えっと、いないですけど・・・」


「なら、そんな幼女趣味なソレを大の大人が手に取って居る時点で世間体的には変そのものだから、何も迷う必要はないと思うけどねぇ」


「・・・それもそっか」


 客観的に見れば真剣に幼女向けの商品を手に取って悩む独身社会人である。悩む論点がズレ過ぎていた。そして開き直る。

 財布を取り出し、2000円を手渡す。


「領収書はいるかい?」


「え、領収書?」


「そうだよ、領収書。返金には領収書が必要なんだけど、どうなのかい? って聞いてるんだ」


 こんな怪しげな露店で領収書の話が出るとは・・・予想外の言葉に戸惑ってしまうが、されど2000円。だけど2000円である。

 別にそれが本物だろうが、偽物だろうがわざわざ返金しに行く程お金にがめつくないので断る。

 ・・・まぁ、本物だと、一ミリでも考えている時点で、このババアさんが言う通り「世間体的には変」なのだろう。


 だからこそ、胸を張って木佐斗は必要ではない、と答えた。


「そうかい。返金すると言ってももう受け付けないからね?」


 そう言って、言うだけ言って、シワがれたババアは風呂敷を素早く畳んで去っていった。


「そんなに・・・」


 不良品が多いのか? と考えながら止まっていた足を進ませる。一歩、二歩と進みながらその変身グッズの箱を開ける。

 本体はスマホの様な形で、プリキュアも現代チックになったんだなぁ、と思いながら適当にいじる。説明書は見ない派だ。


 適当にいじる、と言っても形はスマホなので、電源ボタンと音量ボタン。ホームボタン位しか押すものはない。見てみたがイヤホンジャックはなかったので、無線接続強制なのだろう。まさか、と思って下部の充電コネクタを見てみるが


「あれ? 充電はどうやってするんだ? まさか、磁気の奴を買えって話じゃないよな・・・」


 あれほどイヤホンジャックを戻して、電源コネクタを一つの規格に纏めろって世間から散々言われて居るのに・・・根本のコネクタ部分を無くしてどうするんだと、思いながら、起動音が鳴る。


『プリティーマジカルフォン起動! マジカルフィールド展開まで少し待ってね!』


「へぇ、最近のおもちゃってしっかり出来てるんだなぁ。ネジ穴とか無いし、継ぎ目も無い。起動音もスッキリと透き通ってるし」


 そんな事を考えていると画面上に可愛らしいハムスターが出てきた。なんかちょっと黒っぽくて敵キャラっぽいけどまぁ、魔法少女らしく、可愛くデフォルメされた良い感じだ。


『私の名前は・・・ぁハムスター! 今日から君の魔法少女生活をサポートするマスコットだよ! まず、ホームボタンに指を置いて、指紋認証させてね!』


「指紋認証・・・ま、いいか」


 指示通りに指を置き、数秒待つ。次は何度か置いて離してを繰り返してね! と言われたのでそれも指示通りに行う。随分本格的だし、随分露店があった路地裏が長いなぁと思う。


「思うって言うか実際に長くなってるよな、これ。おいおい・・・まさかこれ本物ってパターン?」


 と、思っていると、本物ですよー! と声をかけるように路地裏の隙間から何千倍も見た目を凶悪に変貌させた藁人形が出てきた。


『ワラワラワラワラワラワラワラワラワラワラワラワラワラ・・・』


 壊れたラジオみたいな鳴き声をこぼしながら隙間から顔を出し、ワンテンポ遅らせて飛び出す藁人形。

 何じゃこりゃ、テレビの演出か? 海外ドッキリのオマージュなのか? と考えていたら意外にも相手は悠長ではなく、相当な殺意溢れる右ストレートを放ってきた。


「あっ、あっぶ・・・・へ? ま、マジモン?」


 本物の敵が現れたことで、この端末も本物であると、相対的に証明された訳であるが・・・どうやら指紋認証はタダでは終わらず、4回目のやり直してくださいの表記に苛立つ。


「あー!! もうそろそろ指紋認証じゃなくて、顔認証に一致させろよ!! つか、そんな初期設定は後で各々ができますよ、って感じにしとけって!! なんで、魔法少女の敵が現われて居るのに、こっちは魔法少女にすらなってない状態なんだよ!!!!」


 一般人対人類の敵の構図である。このままの流れで行くと、朝テレビで見た魔法少女が助けてくれそうな感じであるが、生憎と現実はそこまでうまく運ばないらしい。


 と、そんな嘆きの声が聞こえたのか画面に映るやり直してくださいの表示を蹴飛ばす様にして先程の暗黒ハムスターが出てきた。


『確かにそうポヨね・・・』


「ポヨ!?」


 驚く語尾を持ったハムスターに驚きつつも、その驚きを加味して説明してくれない彼。もしくは彼女。


『って事で初期設定は後ポヨ。自動音声認識も後で、アカウント確認も後ポヨ。バックアップのデータは初期設定を後回しにすると戻すの面倒だけど後回しにするポヨ?』


「お、おう! 後回し、後回し! つか何の!?」


 強制的に機種変させられそうになっているこの現状は、携帯会社の策略か。と考えてしまう。恐らく一切の関係はないだろう。


『分かったポヨ。変身するためにはスマホ・・・じゃなくて、プリティーマジカルフォンを構えて、マジカルフィールド接続!! と唱える必要があるポヨ』


「唱える・・・? えっと、こうか!?」


 全速力で逃げている中、振り返りプリティーマジカルフォンを構える。

 仰々しい、この世の憎悪を集めたような形相の藁人形に向け、叫ぶように唱える。


「マジカルフィールド、接続ッ!!!!」


 今年で23になる社会人、佐藤木佐斗さとうきさと魂の変身文言大叫である。

 まだ20台なので、ギリセーフと言えるだろう。まぁ、幼女趣味なおもちゃを片手に叫んでいる23歳男の絵面はちょっと厳しいものがあるが。


 そんな現実を隠すように木佐斗の全身を真っ黒なリボンが覆う。眩い黒の光に包まれた木佐斗にびっくりした藁人形であるが、そんなのお構いなしにと殴る。が、効果は無し。逆にノックバックを食らった。


 そんな背景を知らない木佐斗。目を瞑り、全身を優しく包むような感覚に身を委ねる。黒のヒールにスペードの柄が入っているタイツに包まれた足がリボンの中から出る。そこから徐々に黒のイブニンググローブを着けた細い腕が出て、日曜朝には放映できないような、エロさギリギリのヒラヒラフリルのミニスカ、Cは確実にある胸を支えて居るのか添えて居るのか分からない、服とも言えない布。


 魔法少女ではなく、魔法少女のコスプレをした女優とも言える姿になった木佐斗、改めキサトが出る。


 何故か頭の中で流れていた文句を言う。


「闇夜の使い、キサト。マジカルな漆黒で浄化してあげるわっ!!」


 若干のフリーズの後に、理性を宿す。

 頬が赤く染まる。


「・・・『わ』じゃねぇ、どう言うことだこれは!!?? 何故俺が女になってる!!!???」


『嫌なら男に戻せるけど、どうするポヨ?』


「いや、嫌じゃ、ないケド、さ・・・」


『なら何の問題も無いポヨ、さぁ、悪魔を浄化するポヨ!!』


 決して俺に女体化の趣味があるわけではない。ただ、人は皆、心に愛を求める生き物である訳で、ただ、俺の場合は求めるのではなく成るに変化しただけである。

 まぁ、回り回って、本質はそっちのケがあるのだろう。



 色々と考えながらめちゃめちゃスースーする衣装にドキドキしながら動きが遅くなったように感じる、スローモーションな藁人形の腹部に全力の右ストレートをぶつけ、吹き飛ばされた藁人形を強靭的な足腰で追って、踵落としをお見舞いする。心持ちは格ゲーのキャラである。心の中の視界では、右上にコンボ数が表示されている。


 そんな獅子奮迅のような動きを見せる彼、いや彼女を見てポヨは言葉を漏らした。


『嬉々として嬉しそうポヨ。赤らんだ表情は、恥ずかしいよりも、もっと別の変態よりな前向きの感情が見えるポヨ』


 変態であった。

 まぁ、中身はとにかく、見た目は高校3年生ほどの成熟した女体であり、夜の様な黒髪は、両サイドを三つ編みにして後ろ髪に流している女子力高めな髪型だし、胸は確実にCはあるし、身長は木佐斗を引き継いでいるのか172であり、手足はすらっとしているモデル体型だ。

 見てる分には誰も損しないので特に問題はないだろう。木佐斗も喜んでいるので、これが平和と言うべきものである。


 暴力に対しての高揚か、それとも自身の姿に対しての高揚か。おそらくその両方だろうなぁ、とポヨは結論付けた。



 時間にして1分弱後、藁人形をボロボロのわら束に変え、マジカルフィールドへ養分として変化される様をじっくりと眺めながらキサトは暗黒ハムスターに質問をする。


「・・・で、変身解くのってどうすれば良いんだ? またスマホを構えれば戻るのか?」


 そんな言葉に


『戻らないポヨ。・・・露店のババアに散々言われたと思うけど、忘れたちゃったポヨ? 若年性?』


「じゃ、若年・・・って、戻らねぇってつまり・・・」


『そうポヨ。死ぬまで、もしくは敵の親玉「メッチャワルイヤーツ」を倒すまで元の姿には戻れないし、元の世界に戻れないポヨ』


「・・・その死ぬまでって、ゲーム的な死?」


『純粋な死ポヨ』


 と、そう告げられたキサトの表情は絶望? 悲観? いやいや、歓喜である。


 別にそこまで不満はなかったが、半ば強制的に労働から解き放たれるという快感。現世からのしがらみ。たまに来る、ちんこやキンタマへの打撃ダメージが無効になる! そして今の姿は誰もは羨む完璧美少女!

 と、そうであるなら悩む必要はない。これからはスキップしながら生理用品を買いに行く日々が始まるのだと、その綺麗な顔にはイヤラしい笑みが浮かんでいた。


「って事は、まず、この世界で生活するための衣類とか、下着とかを調達しなきゃいけねぇよなぁ・・・?」


『この服は永続的に殺菌されているので着替える必要はないポヨ』


「・・・」


『ちなみにこの端末は低燃費かつ、空気中のマジカルエネルギーを動力源にして居るので、ポヨが四六時中キサトの事を監視出来るポヨ』


「・・・」


『あと、電源のON、OFFもないポヨ。だから安心して困った時は相談して欲しいポヨ』


「えっと、そのもしもトイレするときは離れてもらう事って・・・」


『別に監視と言っても見てるだけなので、それが気にならないんだったら特にナニしても構わないポヨ。それが僕達が君達契約者に送れる最大のプレゼントポヨ』


「・・・ちょっと、その物陰に」


『見てるだけポヨ』


 このマギカルフィールドの説明は30分後に行われた。

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