FLYwithYOU 春風女子竜走部物語

きらめくはにわ

春風女子竜走部

第1話1-1

 ここは少し変わった、しかし同時にごくごく一般的な現代日本。

 季節は4月。まだまだ吹く風は冷たいが暦の上ではすでに春。新しい生活の始まる時期である。

 そんな4月の某日。この日は多くの学校で入学式が行われており、それはここ『私立春風はるかぜ女子高等学校』もまた同じであった。在校生が彩ったのであろう正門の華やかなアーチを、真新しいブレザーの制服に身を包んだ多くの『個性的』な少女たちがくぐっていく。

 そんな中その正門を希望に満ちた瞳で見上げる一人の少女がいた。


(とうとう入学するんだ!春風女子!)


 期待に胸を膨らませる彼女の名前は北条ほくじょうみさお。身長は140センチほどで髪型は肩にかかるくらいのセミロング。外見はやや小柄なこと以外は目立った特徴のない『普通』の女学生である。強いて目につく点を言うならば、傍から見てもわかるほどに新たに始まる高校生活に期待をしているということだろうか。

 そんな今にも走りださんほどにわくわくいっぱいの少女みさおはもう一度新入生に配られるパンフレットを見た。そこには学校の見取り図や行事の写真、そして部活動の一覧が載っている。みさおはその部活の欄に目を落とす。今日だけでも数えきれないほどにしてきたその行為。もはやみさおはその部活名がどこにかかれているかまで覚えている。

 下から6番目。そこにその部活名はあった。


 竜走りゅうそう部。


 みさおは再度正門を見上げた。歴史ある正門は静かに、しかし威厳たっぷりにみさおを待っていた。


(私立春風女子高等学校!県内で唯一竜走部のある高校!)


 今までは憧れるだけだった。でももう違う。自分はようやくここまで来たのだ。


(私は飛ぶんだ!)


 そう意気込んでみさおは高校生活の第一歩を踏み出した。


――――――――――――――――――――――――――――――


 ここはごくごく一般的な、しかし少し変わってもいる現代日本。

 時は4月の某日で、今日はまさに多くの学校が入学式を行う日でもあった。そしてその入学式に向かう学生達の姿は文字通り千差万別であった。

 ある者は額から角をはやし、ある者は毛深く、ある者は長い尻尾を器用に腰に巻いている。120センチ程度の小柄な少女もいれば2メートルを超える大柄な少女だっている。誰もが個性的であり、そしてそれが『普通』の世界。そんな中でまた一人『ごく普通』の女学生が『春風女子高等学校』の正門の前に立った。

 背中から立派な羽を生やし、スカートからは逞しい尾が垂れている『普通』の少女。そんな彼女のあえて目に付く点を挙げるなら、入学式当日だというのに目に見えて気分が沈んでいるというところだろうか。


「はぁ……」


 ハレの日に似つかわしくないため息をつく彼女の名前は南谷みなみたに百合ゆり。身長は2メートルにも届くほどで逞しい翼と尾があることから竜系統、竜タイプの人間だとわかる。

 その立派な体格もそうだが腰まで届きそうな長い黒髪や切れ長の目、整った顔立ちは一見すると上級生のようにも見える。しかし制服の赤いタイピンからわかる通り彼女もまたこの学校に入学する新入生であった。そして彼女は先ほども述べた通り入学式当日であるにもかかわらず非常に憂鬱そうな顔をしていた。


(なんで私はこの高校選んじゃったのかな……)


 私立春風女子高等学校。なぜ自分はこの高校に入学したのか。もう何度目かもわからない自身への問いかけ。そしてその答えは当の昔に出ている――何も考えてなかったからだ。何も考えずに家から一番近い高校を選んだから今こうやって悩むことになっているのだ。

 ただこれに関してはいくつかの不可抗力もあった。というのも中学時代の進路を選ぶ時期、ちょうど彼女の周辺でいろいろとごたごたがあったのだ。彼女自身も一時期ふさぎ込むまでに憔悴していたため進学先をじっくりと選ぶ余裕が作れなかった。


(にしてももう少し考えればよかった……よりにもよってこの高校に入るなんて……)


 そう思いながら百合は新入生用のパンフレットに目を落とす。この行為ももう何度目か――何度見たところでそれが消えてなくなるわけでもないのに。

 皮肉なことに何度も同じことを繰り返してきたせいで、今ではもはやその部活名がどこに書かれているかまで覚えてしまった。

 その部活名は下から6番目に載っていた。


 竜走部。


(……)


 もはや縁などないと思っていたその言葉。確認するたびにまるで呪いか何かのようにずんと心が重くなる。

 だがここまで来た以上もう嘆いてもどうしようもない。部活なら入らなければいいだけの話なのだから。しかしそれでもやはり心は重い。百合はもはや何度目かもわからない諦めのため息をついた。


(関係ない……私はもう飛ばないんだから……)


 そう自分に言い聞かせて百合は正門をくぐるのであった。

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