雪の中のかくれんぼ

サトウ

第1話

 僕と彼女


 僕は帰って一緒にゲームがしたかった。どうしてこんなに雪がシンシンと降る中でかくれんぼなんてやりたいと言うのだろうか。

「ねえ、遊ぶんなら家で遊ぼうよ。あ、暖かい部屋でアイス食べるのも良いよ。あれ結構病みつきになるよ」

「あったかい場所で食べるアイスは溶けちゃうんでしょ? 私は溶けないアイスが好き。すぐに溶けてしまうアイスは、食べるのを急かされてるみたいで嫌いよ」

 彼女は僕の方をジッと見つめながら言う。明らかに僕の意見が嫌いだという感じだった。その透き通った目で睨まれると、僕は寒さとは違う震えを感じてしまう。でも、あったかい部屋で食べるアイスは本当に美味しいんだ。だから、僕も自分の意見を曲げない。こういうときには無理矢理にでも体験させて仲間にした方がいい。そうすれば僕も嬉しいし、彼女と一緒にアイスが食べられる。凄く合理的な感じだ。

 僕が心の中で決意を固めていると彼女がため息をついた。

「なんでそんなにニヤニヤしてるの……変なの」

「良いこと思いついたからね。ちょっと笑っただけだよ。で、どっちが鬼をやるの?」

 彼女はそれを聞くと嬉しそうに笑ってくれた。僕はとりあえず彼女とかくれんぼをすることにした。彼女の遊びに付き合ったその後で僕の提案を出せば受け入れてもらえる確率が高くなるはずという考えだった。彼女にそういう協調性みたいなものがあれば良いけれど……

「そうね、私探すのも隠れるのもどっちも得意なの。悩むわね」

 彼女は少し悩んだ後、何故か僕の方を眺め始めた。やけにジロジロと見てくるから僕が何か悪いことをしたんじゃないかって気分になった。

「あなたが鬼をやりなさいよ」

 彼女が少し不機嫌そうにそう言ってきた。

「まあ、良いけど……僕なんか悪いことした? 怒ってる感じだけど」

 僕は思ったことを口にした。すると彼女は何故か僕の頭やら肩を叩き出した。訳が分からなかった。

「寒いでしょ、突っ立てたら。始めましょうよ。私隠れるから、10秒しっかり数えてね。あ、寒いからってあんまりはやく数え終わらないでよ」

 彼女は早口で喋り終えるとすぐに走り出していった。変なのはおあいこ様だなと思いながら僕はしゃがみ込んで10秒を数えた。

「いーち、にーい、さーん……別に声に出さなくてもいいかな」

 一人で公園のど真ん中で大声を上げるのが少し恥ずかしかったから、残りは心の中で数えた。

 彼女を探しに行こうと立ち上がると、10秒のうちに積もった雪が頭やら肩から落ちた。雪が積もってるなら、口で言って欲しかった。あんなに叩かなくたって……

 僕はかくれんぼを始めてすぐに、冬にかくれんぼをしない理由を身を持って知った。数えるときに寒いし、見つけてもらえないともっと寒い目にあうことなんて分かりきったことだった。それに……足跡が残ってしまう。彼女がどこに隠れようとしたのか、一目で分かった。公園に植えられている大きな木の下の方に彼女の足跡が続いていた。

陽太ようた、まだ遊んでたの? もう帰ってきなさい」

 どうやらお母さんが迎えにきたらしい。ちょっと遊びに行くって言ったのに帰ってこないから心配で迎えにきたみたいだ。

「すぐに帰るから、そこで待ってて」

 足跡を追いかけて、木の目の前にたどり着く。足跡はここで終わっているように見えたから、この後ろに隠れている。隠れているはずだった。

 脅かしてやろうと「見つけた!」なんて大きな声を出したのに、そこに彼女は居なかった。周りを見渡しても足跡は確かにそこで終わっていた。何度も木の周りを回って確認してもやっぱり彼女は居なかった。

「何してんの、あんた。木の周りなんてグルグル回って。はやく帰るわよ」

 母が大きくて、白いため息をついた。僕は呆れた様子のお母さんに説明した。

「かくれんぼしてたんだ。いつも寂しそうに公園で遊んでる女の子がいるでしょ? 一人だとやっぱり寂しいだろうと思って、この頃一緒に遊んでたんだ。今日はかくれんぼしてて……探さないと。見つけてもらえないと寂しいし、寒いでしょ」

 お母さんはまだ呆れた顔をしていた。

「いつもって……小学校の帰り道でってこと?」

「いや、公園で遊んでいるときに帰りが遅いとお母さん迎えにくるでしょ? そのときだよ」

 お母さんが呆れた顔から、少し優しい顔になった。

「そう、それじゃ帰りましょう」

 お母さんが僕の手をつかみ、そのまま公園から連れ出そうとする。何だか様子がおかしい。

「だから、見つけないといけないんだって。このまま帰ったらずっと隠れたままになって可哀想でしょ。それにアイス一緒に食べる約束したから」

 僕はお母さんを止めるために嘘をついた。まだ、一緒に食べる約束は出来ていない。僕の嘘を聞くとお母さんが凄い速さで僕の方を振り向いた。その顔は、今まで見たことがない表情を浮かべていた。何か苦いものを無理矢理食べさせられて、それでも笑顔を浮かべていなければならないときにしそうな顔だった。それぐらいいびつな笑顔だった。

「こんな寒い日に、アイスなんて食べたいの」

 何故か母の顔がどんどん青ざめていく。どうして? いつも部屋で食べてるじゃないか。スーパーで買う時も仕方がないって笑って許してくれるじゃないか。もしかして、外で食べると思ってるのかな?

「別に外で食べる訳じゃないよ。いつもみたいに部屋で食べるんだよ。あの子は、外で食べるアイスは溶けないから好きだって言ってたけど……」

 お母さんが僕の手を離した。

「やっぱり、やっぱり彼女なのね。私が探せなかったから、でも私のせいじゃない、私のせいじゃないわ。だって、本当に隠れるなんて思わなかった。冷蔵庫なんて探す訳ないじゃないの、場所だって曖昧だったんだから。私のせいなんかじゃない」

 お母さんが何かに怯えるように、狂ったように独り言をぶつぶつ言っている。しまいにはしゃがみ込んで泣き始めた。僕には何がどうなっているのか分からなかった。

 シャクリ。僕の後ろで、シャーベットのアイスをひと齧りしたような音が聞こえてきた。それも、僕の耳元で。

春子はるこはいっつも泣いてばかり」

 僕が振り返ると、彼女がいた。アイスキャンディーを手に持ちながら僕の方を見つめている。

「ねえ、アイス食べる? これ、私のお気に入りなの」

 彼女が僕の方にアイスを差し出してきた。僕の後ろからお母さんの嗚咽おえつが聞こえてきた。ただ、恐ろしかった。彼女の差し出したアイスを見つめる。次に彼女の顔色をうかがった。彼女はいつもの透き通った目で、僕を見つめている。彼女の機嫌を損ねるのはよくない気がした。僕が彼女のアイスを受け取ろうと手を差し出すと、彼女はその手を引っ込めてそのままアイスをひと舐めした。

「バカね、ヨモツヘグイって知らない? 家に帰って辞書でも引いてみなさい」

 彼女が僕の方を呆れた顔で見ながら言った。

「次、私が鬼をやってあげようか」

 シャクリ、と彼女はまたアイスを口の中で噛み砕いた。

「私、良い隠れ場所知ってるの。森に捨ててあった冷蔵庫なんだけど」

 彼女はニヤニヤした顔で続けた。

「誰にも見つけてもらえないからね。かくれんぼで、一等賞が取れるわよ」

 僕の後ろでドサッという音と悲鳴が聞こえてきた。振り返るとお母さんの上に雪が乗っかっていた。木に積もっていた雪が落ちてきたみたいだった。慌てて雪をどかした。お母さんは僕を見るでもなく、ずっと震えている。

「嘘よ、はやく帰りなさいよ。今日は寒いもの」

 僕の耳元で彼女がささやく。

「遊んでくれてありがと」

 振り返ると彼女はもう公園の出口の方にいた。出口まで走っても何秒もかかるはずなのに……彼女は僕に手を振ると、その姿を消した。公園の出口までの足跡など、ひとつも無いのに。


 春子の記憶


 お母さんは子供の頃から泣き虫だったの。昔から、姉の後ろに隠れてばかりの泣き虫だった。でも、私はあまり姉が好きではなかった。姉は私と違って自分があって、自由だったから。ちょっと嫉妬してたのかな。

 陽太に変なこと聞かせてごめんね? でも、我慢して聞いてほしいの。

 そうね、姉は冬にアイスを食べるのが好きだった。自分が好きだという事や自分で決めた事は他人の目なんて気にしない人だったから、他の子から変な目で見られても平気な顔でアイスキャンディーを舐めていた。姉は私にもアイスを食べさせようとしたの。流石に断ったけどね? でも、姉はそんな一言で諦める人ではなかった。それを知ったのは結局死んでしまった後だったけれど。

 そう、あの日私達は皆でかくれんぼをした。寒い雪の降る中で。地域の子供皆で集まったから何十人って人数でやったの。公園だけじゃ足りないからって隠れる範囲を大きく決めた。森の方も秘密基地を作っていたから、隠れる範囲に入れることにしたの。その秘密基地を作るのに、私達も参加していたの。その時かな、偶然森に捨ててあった冷蔵庫を見つけたのは。その冷蔵庫は中途半端に地面に埋まっていて、それを見た姉は「こんなとこに穴を掘って埋めるくらいなら、普通に捨てればいいのに」なんて、嫌なものを見る目で冷蔵庫を眺めていた。確か、秋ぐらいに見つけたの。でも、私は冷蔵庫のことなんてすっかり忘れていた。秘密基地を作る方に目がいっていたから。

 それで、かくれんぼの話に戻るけれど、私と何人かの子が鬼役で、姉は隠れる側だった。姉が私に「どこに隠れたほうが良いと思う」なんて鬼役の私に聞いてきた。私は森ならそんなに人が探しに行かないと思ったから、森の方がいいんじゃないって言ってしまった。姉はいつもの様にアイスキャンディーをかじりながら、「確かにあそこなら見つけられないかもね。春子以外には」姉はそんなことを言って去ってしまった。その時の私は何の事を言っているのか理解できなかったけれど、特に意識することはなかった。あの時、冷蔵庫の事だって分かっていれば、姉は死ななかったのに。

 ……私達鬼役がどうにか半分くらい見つけた頃だったかな、何人かの隠れていた子が何時までも見つけてくれないからって出てきたの。それに雪も始めた頃より強くなってきたからもうやめにしようって事で、捕まった子と皆で残りの隠れた人達も探したの。だいたいの子が捕まって、中には先に帰ったという子もいた。でも、そこに姉は居なかった。私が森の方で隠れていたという子に姉を見かけなかったか聞いたけど、誰も見かけて居ないと言っていた。それで、森に隠れたと言っていたから皆で森の中を探した。姉の名前を読んだけれど、結局彼女が出てくることはなかった。それで、皆がきっと帰ったんだと言ったから、私も家に帰ったのだと思った。……そう必死に思い込んだ。結局、私はみんなと一緒に家に帰ってしまった。

 家に帰ると、鍵がかかっていた。姉は帰っていなかった。姉は気まぐれな人だから、きっと何処かで寄り道してるんだと、私は姉の帰りを待った。

 10分がやけに長く感じた。30分は私を地獄に落とすには充分過ぎるほどの時間だった。そうして、ようやく私は冷蔵庫の事を思い出した。姉は冷蔵庫に隠れている。そのことに気が付いたのは、分厚い雲に隠れた太陽が沈んでしまう頃だった。私は家を飛び出して、森へ行った。新雪は足跡を少しばかり消していた。でも、まだかすかに足跡が分かった。けれど皆で探し回ったから、もう姉の足跡などどれなのか分かるはずがなかった。

 姉が木に目印を付けていたことを思い出したけれど、もうその印すら見えないほどに夜はやって来ていた。

 私は怖くなって家に帰ってしまった。家に帰っても、姉は居なかった。

 私は家に帰って泣き喚いてばかりいた。ようやく母が帰ってきて、私は泣きながら事情を説明した。それから皆で姉を探した。警察の人とか町の消防団の人とかで。私は家で留守番するように言われた。もしも、姉が帰ってきた時のために。

 ……姉はやっぱり冷蔵庫の中に隠れていた。見つけた時にはもう冷たくなって死んでいたそう。姉の横には食べかけのアイスキャンディーが溶けずに残っていた。それが姉の形見みたいなものだった。もう溶けてなくなってしまったけれどね。その横にね、他のアイスもあったの。私の好きなバニラアイスが。姉は私にアイスを食べさせる機会を探っていたみたい。

 陽太。かくれんぼをするときは、必ず全員見つけて帰るのよ。でないと、陽太が言ったみたいに寂しい思いをさせてしまうから。

 お母さんはずっと後悔しているの。あの時、探し続ければよかったって。怖がりなら別の怖さを感じればよかったのにって。姉を失う怖さを思い浮かべれば良かった。

 でも、もう遅いのよね。姉は死んでしまって、あのアイスキャンディーとバニラアイスは……とっくの昔に溶けてしまったのだから。


 私の残滓


 私は春子が数を数え始めた途端に森の方へ駆け出した。足の速さには自信があったから、きっと森には十分間に合うくらいに着くと私は確信していた。私は用心深いから、最短で冷蔵庫のある木の根元には向かわない。わざと遠回りをしながら森の中を進む。最短で進んで足跡で見つかったらなんだか恥ずかしいから、私は前日の夜にコッソリ家を抜け出して、わざわざ靴に板を付けたものを近くの木に用意して置いておいた。そのおかげで、私は足跡がつかないように冷蔵庫へ辿り着く。

「流石白物家電、雪景色は完璧なカモフラージュになるわね」

 私はこれでいいかと思ったけれど、念には念を入れて木の周りと冷蔵庫の周りに雪を敷き詰めて段差を無くした。こうすれば木の周りが盛り上がってるだけに見えるだろう。そうして、私は冷蔵庫の中に片足を突っ込んだ。でも、これだと少しヒントが少ない気がした。木にまきつけてあるピンクのビニール紐だけでは春子は気が付かないかもしれない。私は普通の靴に履き替えて冷蔵庫から後ろ向きに足を出した。こうやって深く足跡を付けていけばあの妹でも分かるだろう。何歩か足跡をつける。降る雪に負けないように、念入りに踏み込んだ。これでしばらく足跡は消えてなくならない。私は冷蔵庫の中へと隠れた。

 冷蔵庫の中は意外に広かった。多分家庭用じゃなくて、もっと大きなスーパーとかで使うやつなんだろう。私はワクワクしながら、春子を待った。冷蔵庫の中でアイスを頬張っている奴なんて私くらいだろうな。私はそんな妄想を浮かべながらお気に入りのアイスを食べる。

 全速力で走ったからだろうか、なんだか眠くなってきた。ちょっと一眠りしようかな……いや、これは空気が薄いんじゃない? 私は合点がいった。冷蔵庫が密閉されなかったら、多分それは冷蔵庫の役割を果たさないし。

 私が冷蔵庫のトビラを開けようとした時、ドサリという音と共にトビラへ重みがかかった。木から雪が落ちてきたのだろう。どうにかトビラを少しだけ開ける。5センチ位の隙間が出来た。でも、それ以上開くことはなかった。少し不味い事態が私を襲っている。でも、春子がすぐに来るだろうと思った。いつも私の背中を追いかけているあの子なら、きっとわたしをすぐにみつけてくれるだろうから。

 わたしはポケットにいれていた春子のバニラアイスを出した。わたしを見つけたときのご褒美に、上げるつもりの、バニラアイス。わたしは眠ってはるこをまつことにした。

「はやく、わたしをみつけなさいよ」

 わたしは、すこし、ねむった。

 

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